激突の⑧

 その正太郎の勘は間違いではなかった。

 本来、生物の意志というものは一か所に集中し過ぎると、まるで引き波が混ざり合うように過剰に反応し合うものである。

 正太郎には、目の前の一触即発の状況とはまた別の集中した意思が、彼の野生的な本能に何かを訴えてきているらしいのだ。

「この、体の奥底から危険を察知するような感覚。これはまるで……」

 彼の全身に鳥肌が浮き立っている。何かが起きる前触れだとしか思えない。

「両軍の睨み合いはまだ続いているってことは、ベムルの実は割れちゃいねえはずだ」

 そこで割ったら最後、交渉は自動的に決裂したことを示す。その上で戦闘が行われる筈である。

「しかし、この辺り全体を包み込むような殺気めいたものは、一体どこから湧いてくるんだ……!?」

 輸送機に設置してあるレーダーにも反応はなく、収音センサーにも怪しい物音は感じられない。このヴェルデムンドの大地で百戦錬磨の彼ですら、このような感覚を覚えるのは初めてだった。

 さすがにこの不可解な感覚によって、正太郎はパニック寸前であった。彼のような鋭い感覚を持った男ゆえの非常に耐え難い重荷なのだ。

 人間は無意識が九割を占めると言われている。

 羽間正太郎のような生まれ持って鋭い感性の持ち主ともなれば、その無意識による感受性は絶大である。

 逆に、鋭い感覚を有していなければ、この時点で何も気付くことがなく、現在の正太郎のように耐え難い重荷のような感覚に苛まれることはない。

 しかし、彼自身は分かっていた。それゆえに、己自身がネイチャーの道を選択し歩んできたことを。

「落ち着け羽間正太郎、落ち着くんだ。俺の全身にある全ての感覚が、勝手に何か危険なものを察知している。だが、俺の意識自身がそれに気づいていないだけなんだ。自分の体の感覚を信じろ。そしてそれに気づくんだ……」

 正太郎はその場でそっと目を瞑り、自分自身に言い聞かせた。そして彼は、自分自身の肉体と語り合おうとした。

 彼の経験則からすれば、この状況を理解できていないのは、己の意識が過剰な状態だからである。

 肉体から来る無意識が、特別に危険な何かを察知しているにもかかわらず、自我の意識が危険な物から勝手に遠ざけようとしてしまう差異によって、その正体を見えなくさせてしまっているのだと思っている。

「それ程までに俺は弱い。弱いから現実にある何かを無意識に避けようとする。それではだめだ、だめなんだ。昔から俺の役目は現実を直視すること。いつもそうだっただろ、なあ悠里子――?」

 

 

 

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