激突の②


「あの危険な人物、ミスター・ハザマを野放しにしてしまったのは計算外でした」

 ゲオルグ博士が大膳に向かいながら、さも残念そうに語った。

 二人は、大膳の執務室で各寄留地の制圧状況を窺っている。

「まあ、野生動物を飼うということは、それなりのリスクがあるということだ、ゲオルグ博士。彼は私たちの手に負える存在ではなかったということだよ」

「こうなると分かっていながら、瀕死の彼を蘇らせることはなかったと思いますが」

「いや、彼は私にとって劣等感そのものなのだよ。そんな男を見す見す死なせてしまうのは忍びなかったのだ。天才科学者たるあなたには、この気持ちは理解出来んでしょうな」

 恥を忍んで語る大膳の眼差しに、一抹の寂しさというものが滲み出ている。

「分からなくもありませんよ、長官……いえ、今は内務執政大臣とお呼びした方が良いか。私はどんなに周りから天才とはやし立てられた所で、あの実行力には到底及びません。そういった意味では、内務大臣においても同等かと……」

 ゲオルグ博士の言葉は大膳を励ますつもりで放ったものだ。だが、当の大膳にとってその言葉は彼を益々深みに陥らせてしまう。

「ゲオルグ博士……、あなたは罪な人だ。それは私にとって最高の痛みを伴う殺し文句だ」

 彼はそう言い放った後、深いため息をつき両肘をついてうなだれてしまう。

 無論、ゲオルグ博士に他意はない。ただ、彼を鼓舞したかっただけなのだ。

「すまない、ゲオルグ博士。これからという時に私が弱気になってしまっては元の木阿弥だな。ただ、私はあの男……羽間正太郎とはまるで違い、どこぞの長官であるとか内務大臣であるとか、自分自身がそういった後ろ盾がなければやっていけない器量の男であることが、どうしても引っ掛かってしまってね」

 大膳は、ペルゼデール・オークション建国以来、この地を完全平定するために急を要する様々な手を使った。

 特に反感を買ったのは、やはりベムルの実を使用し、各寄留地に脅しをかけた手口だった。

 ベムルの実は、このヴェルデムンドの大地で災厄を起こす実とされる禁断の果実そのものである。その禁断の果実を大量にぶちまけると脅しもされれば、大抵の寄留地は降伏せざるを得ない。

 だが、その禁断の手口に異を唱えた男がいた。言わずと知れた羽間正太郎である。

 彼は、新国家ペルゼデール・オークションが発足されるや否や、大膳らの下から失踪した。まだ、意識を取り戻さぬ烈太郎と共に。

 だが、彼は威圧的なベムルの実の強行作戦が実行されるや否や、烈太郎無しの生身の体一つで民衆を決起させ、鮮やかな抵抗戦線を打ち出してきたのだ。

「彼は、私のように後ろ盾があっての行動ではない。行動があっての後ろ盾を呼び込んだ男だ。人間としてこの差は大きい」

「考えすぎです大臣。あなたが今まで行ってきたことは、我々人類にとってとても有益なことです。もっと自信をお持ちになった方が」

「確かに有益であることは相違ないがね、ゲオルグ博士。そんな私は、あの男に娘を取られまいかと日々怯えながら暮らしているウサギのように小さな男なのだよ」

 










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