囚われの⑧ページ

 

 大膳は語る。

「そうだ、私たちは、ペルゼデール・オークションというありもしない秘密結社の名を騙ったのだよ。そうすることで、本家たるペルゼデール・デュワイス兄弟団を挑発し、その挑発に乗って来たならばその証明になり得ると思ってね」

「お、お父様……それじゃ」

「そうだとも。その噂を世間に垂れ流すことで、私たちなりの証明は終わった。だからこそ、私たちは決起した。本当にペルゼデール・オークションという政治的結社を引っさげてね。我々はもう、見知らぬ誰かに陰から操られるような世の中を作らせないため、という前提にな」

 小紋はもう、返せる言葉が見つからない。

 何を隠そう、小紋はこの一連の騒動を巻き起こした張本人と相対している。それがなんと、表面的にはペルゼデール・オークションと事実上敵対関係にあるヴェルデムンド政府の高官を務める鳴子沢大膳長官であり、小紋にとっては実の父親なのだ。こんなことが許されるものだろうか。

「小紋よ。だが、今現在、私たちの予想を超えた出来事が起きている。それは、本家による我々の組織の乗っ取りだ」

「の、乗っ取りって?」

「ああ、我々に……いや、正確には政治結社ペルゼデール・オークションという組織自体に、様々な角度からの乗っ取り工作が入っている。その手法は恐ろしいことに、今まで人類が経験したことがないような手口だ」

 ここで大膳が言う乗っ取り工作とは、いわゆるスパイによる組織の掌握を示している。どうやら彼らは、途方もない相手を敵に回してしまっているようだ。

 小紋は、今までのやり取りで得たことがにわかに信じられなかった。わが父ながら正気の沙汰とは思えない内容だからだ。

 まして、小紋の知る父の性格をして、この生き様である。まるで獰猛な熊さながらの立ち居振る舞いを感じてしまう。

 小紋が、そんな感傷に浸り込もうとしている矢先、足音も立てずに先程のプロテクタースーツを纏った女性憲兵が戸口から擦り寄ってきた。

「長官。今先程、ミシェル・ランドン率いる暗殺部隊が、セシル・セウウェルの駆る白蓮改によって全滅させられました」

 大膳は、それを耳にした途端に一瞬だけ沈黙したのち、

「相分かった、クリスティーナ君。ゲオルグ博士には、次の作戦行動に移るように伝えてくれたまえ」

「了解致しました」

 女性憲兵は、大膳の言づてを預かると、また音もたてずに陽炎のように暗闇の中へ消えていった。

 小紋は、今のやり取りで、ここが本当に地球なのだと確信した。もしここが地球でなく、まだヴェルデムンドの世界なのであれば、大膳はわざわざ間者と通じて言づてなどするはずがないからだ。つまり、互いの居場所が三次元ネットワーク通信で繋がっていないことを示しているのだ。

「さて、小紋よ。私はあの世界に還る。お前はもう、今までのことは忘れ、こちらの世界で天命を尽くすのだ。それが父の願いだ」

「な、何言ってるの? 何勝手なこと言っているの、お父様! いやだよう! そんなの嫌に決まっているじゃないか! 僕はそんな勝手なことを言うお父様なんて大嫌いだ!」

「嫌ってくれていい。私はお前に、いや、お前だけには幸せになって欲しい、生きていて欲しいのだ。さらばだ小紋よ!」

 大膳はその言葉を残すと、大きな体を揺らしながらその場から消え去った。彼が消え去った場所から、白い靄のような時空の歪みが確認できる。

「お、お父様、なんでこんなことに……」

 小紋は、これまでにもない喪失感と絶望感に打ちひしがれて、ただ膝をついて倒れ込むしかなかった。



※※※






 

 

 


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