②ページの騎士
「何ですって!? この俺が、今度の軍事式典のデモンストレーションに!?」
第五寄留副司令官デイビッド・アコースの一言に、黒塚勇斗は焦りを覚えた。
「そうだ、あのヴェルデムンドの背骨折りとも呼ばれた羽間正太郎を倒した貴様なら、民衆の前でその力を示すのも容易であろう。我ら秘密結社ペルゼデール・オークションの悲願は、誰もが平等で安全に暮らして行ける世界の構築だ。その為には、この世界に十五もある寄留地の平定と、先住する肉食系植物から民衆の身を守ることだ。そして、これらの民衆をそのリスクから遠ざけるために結成された象徴が、貴様らのエース部隊ペルゼデールクロスなのだ。ユート・クロヅカ。貴様が与えられた役目を存分に果たす時が来たのだ。大いに励め」
大勢の前でのブリーフィングというものは残酷であった。なぜなら、この状況で上官の言い様に従わざるを得ないからだ。もし今、その申し入れを断ったり情けない言いわけで回避しようものなら、たちまち勇斗の信頼は地に落ちる。
自分だけが地に落ちるのならまだいい。しかし、彼にはこのひと月の間、全くの後ろ盾もなく信頼を寄せてくれている部下もいれば、掛け替えのない存在になりつつあるセシル・セウウェルもいる。無理をしてでもこの話を受ける他はない。
「いいじゃないの黒塚くん。いいえ、クロヅカ隊長。あなたは以前より数段強くなったわ。それは細かい技術や判断力はまだまだだけれど、何かこう、前より意気込みみたいなものが変わって来たわ」
ブリーフィングルームを出るや否や、セシルが肩を突っつきながら寄り添ってくる。
「ええ、まあ。セシルさんがそう言ってくれるならそうなんでしょうけど……」
「何言ってるのよ、もう。あなたが私たちの隊長なんだからしっかりしなさい! どのみちデモンストレーションの相手は、この世界の肉食系植物なんだから楽勝よ。それでも不安ならお姉さんが守ってあげるわ」
他の隊員に聞こえぬように肩を寄せ合って話すものだから、周りにはより一層二人が親密な関係であるように映っている。
そんな様子を気に入らない目で見ているのが、ペルゼデールクロス部隊の隊員の一人であるミシェル・ランドンである。彼女は表面的には明るく大らかな性格のように見えるが、部隊の中でも人一倍向上心があり人一倍野心家でもある。
先日、たまたま昔世話になった花屋の女主人エオリア・クロフォードの家に遊びに行った際、偶然に出くわした鳴子沢小紋とマリダ・クラルインを逮捕したことで彼女の地位も数段向上したところだった。
ミシェルはこれを機会に、その上へ上へと昇り詰めたい欲求に駆られている。
(あの機械女め、ユート隊長にミックスの分際でありながら色香で取り入りやがって……)
と思いつつも、彼女自身も隊に入る時点でヒューマンチューニング手術を受けた口である。
そのお陰で、ペルゼデール側から指名手配を受けていた小紋やマリダを、二人に悟られぬうちに通報出来たのだ。ミックスに付与された三次元トータルネッティング通信を使用して。
あの時、エオリアに二人の事を指名手配人であることを告げると、即座に拒否された。だが、ミシェルは、
「エオリア母さん。このままあの二人を見過ごすようなら、あなたも重罪人として連行します」
と言って脅したのだ。
ミシェルは、あの鳴子沢小紋という同年代の娘とマリダ・ミル・クラルインという完璧に近いドールが憎くて仕方なかった。それは、二人の心底から来る天真爛漫な明るさや朗らかさだけではなく、何より子供の頃から本当の母親のように信頼を寄せていたエオリア・クロフォードが彼女たちに心を許していたことだった。
その信頼をぶち壊したい――
そんな衝動に駆られた彼女は、即座に憲兵を呼び逮捕させたのだ。
(セシル・セウウェル……。あの機械女の位置はあたしの物よ)
彼女はセシルの背中に熱い視線を送っていた。
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