第三章【騎士の哀歌】

①ページの騎士

 ※※※


「何をやっているの、勇斗!! どこを見てるの? こっちではないわ、よく見て敵を狙って!」

 厳しいセシルの叱責が五時間も続くと、さすがに年若い黒塚勇斗でも肉体的に堪えてしまう。いや、それよりも精神の方が持ち堪えられずにいる。

 彼らはここ一カ月の間、フェイズウォーカーのシミュレーションルームに籠りっきりになっている。無論理由はと言えば黒塚勇斗自身のフェイズウォーカー乗りとしての技術向上のためだ。

 彼は、あの黒い嵐の事変以来、これからの時代の稀代の英雄だとかペルゼデールの光明だとか謳われ、ペルゼデール統治のプロパガンダとして象徴的な立場になっている。

 しかし、彼には事実的にはそれを受け入れられるほどの実力も無ければ、世界を変えようという程の野心すらも持ち合わせてはいない。ただ一つだけ持ち合わせていたとすれば、それは自らの境遇に対する恨み節があるのみである。

 勇斗はこの一カ月余り、そんな状況に飲み込まれて自分がどれだけ惨めな人間かという事をとことん思い知らされたのである。

 彼は数日もするといてもたってもいられぬようになり、付き添い人として任されていたセシル・セウウェルにすっかり事情を話した。

「……なるほど、そういう事だったのね。ならばいいわ、私がこれから出来るだけあなたをバックアップする。幸か不幸かは分からないけれど、私は体の80%程を機械にして強化しているわ。その分、あなたを鍛え上げるための役に立てるかもしれない」

 そう言って彼女は、勇斗につきっきりでフェイズウォーカー乗りとしての基礎や戦略を叩きこんでいるのだ。

「大分以前よりマシになったわね。それでもやっぱり、あなたは人工知能に判断を任せ過ぎよ。本来、判断はパイロットが行うものなの。それを任せきりになってしまったら、例え人工知能と言ったってパンクを起こしてしまうわ」

 黒塚勇斗がペルゼデール・オークションに所属して以来育てているのが、人工知能“早雲はやぐも”である。その早雲とて、経験的には黒塚勇斗とさほど変わりがあるものでもない。

 勇斗は、あの氷嵐の晩に遭遇した烈風七型と呼ばれる黒い機体の驚愕すべき動きを思い出さずにはいられない。

 あの一瞬にして目の前から消え失せてしまうキレのある動き。速さ。そしてあのアトキンスでさえ舌を巻くほどの判断力。さらに野獣のように迫りくる力。

 どれを取っても今の自分には付け入る隙など一ミリたりとも見当たらない。

 まして、毎日身を粉にして訓練の相手をしてくれているセシル・セウウェルにすら歯が立たない状態なのだ。これをして、第五寄留のエース部隊“ペルゼデールクロス”の隊長の名を冠するなどと恥以外の何物でもない。

「それでもあなたは、もう我々の象徴的部隊ペルゼデールクロスの隊長なんだから、そのつもりでやっていかなければならないのよ」

 セシルは、準備室に入るや否やいきなりパイロットスーツを脱ぎ始める。

「セ、セシルさん……」

 彼女の半身が露わになった姿に、勇斗は無意識に目を逸らした。

「あら、もう慣れたかと思ったのに。黒塚君は若いのねえ」

「そ、そんなこと言われたって、やっぱり、その……」

 セシルさんだってまだ若いじゃないですか。勇斗はそう言いたかった。

 だが、彼女の体の約八割は機械に置き換えられている。しかし、機械に置き換えられているとはいえ、一目見ただけでは女性の体そのものなのだから、若い勇斗には刺激が強すぎるのだ。

「ねえ、私、以前と違ってよく話すようになったでしょ。これもきっとあなたのお陰かもしれないわ」

 彼女は戦闘服用のブラとパンツのみの姿になり、勇斗に近寄って来た。何となくだが、首筋の辺りにだけ汗がしたたり落ちている。

「きっとこれもあなたのお陰よ。あなたの世話をするようになってから、何となくだけど人生が少しだけ良くなってきたような気がするの。これは誰かが言っていたことだけど、人間って他の人の為に何かをすると自然に頑張れるものなのね」

 勇斗が彼女に直接聞いたわけではないが、以前からセシルの生い立ちには耳を塞ぎたくなるような噂が後を絶たなかった。

 勇斗は、彼女が副作用の懸念される肉体の異常改造を繰り返してしまう理由がそこにあることを何となく分かりかけていた。

「こんなにきれいな人なのに……」

「えっ、何か言った?」

 勇斗は、セシルが振り返って答えようとした時には、彼女の体を強く抱きしめていた。

「く、黒塚くん……駄目よ、私あなたを受け入れられる体じゃない」

 と言いつつも、セシルは絡めた手を握り返してくる。

 セシルの体の表面に自然な体温は感じなかったが、小さく可愛らしい顔の表面からだけは緩やかに体温が上気してくるのが分かる。

 勇斗は、込み上がる思いのたけを彼女の唇に流し込んだ。そしてセシルは、勇斗の込み上げる思いを唇で受け入れた。





 


 

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