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「おっ、猛獣使いナースのお通りだぜ。そらみんな開けて開けて!!」

「キャー!! 野獣の目をした反政府テロリストのお通りよ! あたしあの目で身籠らされちゃったりしたらどうしようかしら!!」

 正太郎とクリスティーナが通路を渡ろうとすると、こんな揶揄まがいの台詞がまかり通ることも珍しくなかった。

 一目見ただけでは職員であるとかエージェントであるとか技術職であるとかの区別はつかなかったが、どの連中も見た目だけは顔立ちも良く品性も悪くない。

「なあクリスちゃん。俺ァ、発明法取締局って言うからには、坊ちゃん嬢ちゃん育ちのおしとやかなエリートばかりがいるもんだと思ってたが、なかなかどうして威勢がいいもんだな」

 重石を引きずりながら、脂汗を流し流し歩む正太郎。

 そんな彼を見向きもせずに、

「ええ、そうですね。ここは所詮エリートとは言っても、地球での出世街道からはぐれた実力主義の猛者ばかりの集まりですから。そういう意味では羽間さんとどこか気の合う人たちも多いんじゃないでしょうか。まあ、みんなストレスの塊みたいな人達ばかりですからね。言わせておけばいいんです」

 と、クリスティーナは冷ややかに答えた。

「言われてみれば、鳴子沢さんもそうだったな。あの人もどっちかって言えば、地球では出世街道のはぐれ組だったらしいけど、こっちに来て偉くなった典型だもんな」

「羽間さんは少し勘違いをなさっています。鳴子沢長官は本来そのようなお方ではありませんよ。ただ、お人柄が良すぎて時々損をしてしまうことがあっただけです」

「ふうん。クリスちゃんは結構昔から鳴子沢さんのこと知ってんの?」

「ええまあ。父との関係で子供の頃から……って、羽間さん! あまり私事であるとかの話はここでは厳禁ですよ」

「おっとすまねえ。いつもの癖で」


 正太郎とクリスティーナは、これからフェイズウォーカー格納庫へ向かう予定であった。

 無論、正太郎の相棒である烈太郎に会いに行くのだが、烈太郎は正太郎と同様あの黒い嵐の事変以来、沈黙したまま起動しなくなっていた。

 しかし、起動しなくなったとは言っても、外観的な破損も内部的なエラーが見られるわけでもなく、ただ自らが起動を止めてしまったという状態なのだ。

 あの日、事の次第をマリダから連絡を受けて、鳴子沢長官はアトキンスを始めとした方天戟部隊を制圧するための一個中隊を派遣した。しかし、その制圧部隊が現場に到着した時には生き残りの方天戟部隊はおらず、大破して燃え盛る8号機の近くで負傷した正太郎を確認したのと、起動を止めてしまった烈太郎がそこにいただけであったのだ。

 その後、制圧部隊は彼らを回収し現場検証を行った。しかし、その様子を記録したデータは三体の大破した方天戟に残ったもののみで、その後の動向は全て謎のままなのだ。

 正太郎の記憶はあの爆発の前までであるし、マリダに至っては戦闘現場に直接いたわけではない。よって、爆発後の現状を知っているのはアトキンスと追いかけっこをしていた烈太郎のみである。

 しかし、その烈太郎は先述したように、あれ以来沈黙を保ったままなのである。

「んったく、バカ烈の野郎。機械のくせに、おセンチにも程があるぜ」

 正太郎が、一望できるウィンドウからだだっ広い格納庫を覗き込む。

「噂には聞いていましたが、羽間さんの相棒である烈風七型――烈太郎君は、本当に人間みたいな心を持っているのですね」

「ああ。まあ、それが長所であり、それが最大級の欠点なんだけどな」

 そんな彼の表情を窺って、

「いかにも憎めないって感じですね。とっても可愛がってるって感じがします」

 クリスティーナは少しだけいつもの雰囲気を醸し出した。

「まあな。キミのような女性には分からねえかもしれねえが、男ってのはいつになっても子供染みた考え方を持っていてな。同じ戦場で命を懸けて戦い合ったり生き残ったりしちまうと、何だか互いに無二の存在に思えて来ちまうところがあるんだ。言って見れば、子供の頃の遊びの延長みてえな、そんな感じだな」

「女好きな羽間さんでもそんな風に思っちゃったりするんですか?」

「はあ? 何言ってんだよ、クリスちゃん。だから女ってのは……。いいかい? クリスちゃん。それとこれとは別だよ。中にはそういう奴もいるかもしれねえけど、少なくとも俺ァ男同士で性的な魅力を感じたりはしねえよ。ただ、野性的な生存本能として優れているとか勝っているとか、そういう所を互いに尊敬し合うような感じだな。動物で言えば、獲物をどんだけ獲れるかとか。どんなに危険な状況でも生き残ってこられたとか……」

「なんか子供みたいなのですね」

「そうだ、だから言ったろ。男はいつになっても子供なんだとさ」

 正太郎は、動かない烈太郎を見ていると、にやけ笑が止まらなかった。お互い何らかの傷を抱えながら、それでもどうにか生き残ってしまった。それだけに、この先に何かが待っているのだと思うだけで、無性に武者震いがして仕方がないのだ。




 


 

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