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「どこから話せばいいものだろうか……」

 と、大膳は大きな肩を揺らしゲオルグ博士に目配せをした。

 ゲオルグ博士は、ふむ、と一言相づちを交えると白いものが混じったカイゼル髭を指でつまみ、

「そうですなあ長官。ミスターハザマは、まだ昏睡から目覚めたばかりの状態ですし、あまり無理に話を詰め込み過ぎても具合が悪くなってしまうかもしれません。ここは率直に私たちの目的をお話しておくべきではないかと」

 大膳はそう助言されて、一度考える素振りをしてからまた喉元に言葉を押し戻した。それは彼らにとって気の長くなるような戦いがあった所以なのだろう。あふれ出てくる言葉を一括りにまとめるので精一杯なのだ。

 男は敷居を跨げば七人の敵あり、と昔からよく言い伝えられている。それは、あの戦乱の中心にいた羽間正太郎一人に限られたことではない。この目の前にいる鳴子沢大膳長官にしても、エルフレッド・ゲオルグ博士にしても中身は同じこと。人はやり遂げる目的が困難であれば困難である程、敵の数も増えるし難敵も増える。 

 大膳は大きく深呼吸をした。そして全ての迷いを取り払った真剣な表情に直り、

「羽間君。キミは五年前のあの戦いをどう見ているのかね? いや、この世界をどう見ているのかね?」

「はあ? 何だよそれ。何言ってんだよ鳴子沢さん。いきなり政治哲学の話題振られても、こちとら話が全く見えて来ねえぜ。そんな話の振り方ってあるかい? それじゃあ聞いてるこっちの方が引いちまうってもんだぜ」

 あまりにも脈絡のない突飛な言い様にさすがの正太郎もたじろいだ。 

 すると大膳も幾分か慌てて、

「す、すまんすまん、それはすまんかった。なんちゅうか、私は昔から交渉下手ちゅうか、説明下手ちゅうか、いかんなあ」

「まあ、だから外交官の仕事ではパッとしなかったんだろうけどよ。でも、もうちっとマシな話題の振り方考えてから話そうぜ、鳴子沢さん」

「そう言ってもだな、そりゃ商売人を生業としているキミからしたらそうかもしれん。昔キミと出会った頃から常々思っておったんだが、キミは口先から生まれ出てきたような所がある。私にそんな器用な真似をして見せろというのは酷なものだよ」

「へへっ、そりゃどういう意味だい? まるで褒められてんのか貶されてんのかよく分からねえ言い草だな。全く親子ってのはどうしてこうも似るもんかね。アンタの大事な愛娘からもよくそんな言い方されちまうんだけどよ」

 正太郎は、この目の前の誠実だがとりわけ生き方に不器用な大男と、ちんちくりんの漂々とした可愛らしい成人女性のイメージを重ね合わせてついつい笑みがこぼれてしまった。

 すると大膳はキョトンとした表情で、

「小紋と私がそんなに似ているかね?」

「ああ、そっくりだね。顔かたちはチワワとグリズリーほどの差があるけどよ。どっちも目と鼻の数だけは同じだろ。そのぐらい似てるって感じだな」

 それを横で聞いていたゲオルグ博士が声を殺したまま腹を抱えて悶絶している。

「ど、どうにもキミには昔から敵わんな……。そういう所、今後の為にも勉強させてもらうか」

 大膳は、咳ばらいをしながら顔を真っ赤にして言葉を取り繕う。

 そんな打ち解けた状況を見計らって、

「でよ、鳴子沢さん。アンタの言ってた目的ってのは何なんだい? また戦争でもおっぱじめようとでも言うんじゃねえだろうな」

 と、正太郎は真顔で質問する。

 彼の口調は軽いのだが、あまりにも核心を突いた言葉に大膳は半ば心をえぐられた気分になる。

「本当にキミには敵わんな……まったく。ま、まあ、掻い摘んで言えばキミの言う通りそんなところだ。だけどね、羽間君。キミは大きな勘違いをしている」

「俺が勘違い?」

 正太郎は眉間にしわを寄せた。

「ああ、勘違いだ。キミは多分、あの五年前の戦乱がヴェルデムンド新政府側の考え方と、キミたち自然派を代表する人々の考え方のぶつかり合いだと思っているだろう?」

「ああ、まあな。ていうか、それだけ単純な考え方や主義主張の集まりでなかったことは俺も承知しているつもりだが?」

 それを受けて大膳も、

「それは私も分っている。たとえ一つの集団が同じ考えで寄り集まったとしても、それが純粋に全く同じ動機や目的でないことなど珍しいことではない。いや、その逆の方が不自然なんだ」

「じゃあ、一体全体鳴子沢さんは何が言いてえんだよ?」

 すると大膳は一旦口ごもり、また意を決するように口元を引き締め、

「キミはなぜ、日次ひなみ博士やそのご家族があの事件に巻き込まれたのか、考えたことはあるかい?」

「なっ……! なんでここで日次博士の名前が出てくるんだよ!?」

 正太郎は言葉に詰まってしまった。まさかその懐かしい名前が、大膳の口から出てくるとは思わなかったからだ。

 その様子を伺っていたゲオルグ博士が、いきなり割って入り、

「ミスターハザマ、戦争は、アナタの知っている日次一家が亡くなられる以前から、もうとうの昔に始まっていたのですよ」




 

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