また書類ためてるよこの人

「隊長に構っていられるほどの余裕はあるのかな、スガ準尉。それほど力があるとは思ってもみなかったね。かろうじて足を引っ張らずにいられる程度かと思っていたけど、それほどなら副長をやるかい?」

「そういう問題ではありません」

「それじゃあどういう問題なのかな。十一隊を支えているのは、実質、隊長一人だ。それを助けたいなら、せめて並ぶくらいの力がなければ役者不足だよ。さあ、どうする?」

「――練習室、行って来ます」

「行ってらっしゃい」


 きびすを返したスガを見送ることもなく、ソウヤは隊長席の書類を手に取って自席に着く。いつもの光景だ。

 だがルカの知る限り第十一隊がこんな空気になったことはなく、ヒシカワを見ても、戸惑いと諦めの眼差しを返されるばかりだ。


「サクラちゃん」

「はい」


 呼ばれたのはヒシカワだが、つい一緒になってルカもソウヤを見る。そこには、苦笑いが浮かんでいた。


「ミヤビ君、追いかけてやってくれるかな。あのくらいなら放っておいてもいいから、できたら、でいいよ。頼める?」

「はい」

「あ、僕も」

「ルカ君はこっち手伝って。また書類ためてるよこの人。少将がいる間くらい大人しくデスクワークしてるかと思ったのに、はじめだけだったとはね」


 呆れたような声は、いつものソウヤのものだ。ほっとして、律儀に練習室へ行くとげて立ち上がったヒシカワを見送る。

 後方で、ため息が聞こえた。


「悪いね、びっくりしただろう。こっちの山、サインがあるのとないのと、どこに出すやつかで分けてもらえる?」

「はい」


 まさか機密は混じっていないだろうなと、おそるおそる書類に手を伸ばす。リツは、変わらず応接用のソファーでぼうっとしている。


「ソウヤ先輩、隊長は…」

「参るね。十一隊の解体なんてうんざりするほど聞くけど、どこかよほど信頼している筋からでも打診があったんだろうね」

「え?」

「確実な情報として聞いたから、っていうなら、俺が全く知らないのが妙だし、そういうのならこの人は真正面から喰ってかかる。それをやらずに呆けてるんだから、厄介な」


 心底面倒そうに、ソウヤはため息をつく。が、その手はてきぱきと書類を仕分けているのだから凄い。

 ルカは、一枚一枚間違えないよう、ソウヤよりもずっと時間をかけながら書類を分け、合間にリツを見た。

 ぼんやりと座っているだけの姿に、どうも調子が狂う。いつものような、いるだけでも放っている眩しいような存在感が感じられない。

 ソウヤを見ると、こちらはルカを見ていたものか、目が合った。


「まあ今は、充電期間ってとこかな。そのときが来たらいつも以上に振り回されるから、覚悟しておいたほうがいいよ」

「…先輩は、隊長とは長いんですか?」

「え? いや、五年…六年に足りないくらいかな。それほどの付き合いでもないよ」


 それにしては随分とリツを理解しているような気がしたが、考えてみれば、リツが兵団で働き始めたこと自体が七年ほど前に過ぎない。リツとソウヤでは、学生時代も重ならないはずだ。

 まあ、何かと事細かに気づいて情報の収集も整理もお手の物のソウヤにしてみれば、人の言動把握も簡単なのかもしれない、とも思う。

 親しさの度合いは必ずしも時間ではなく、スガのように、一度の出会いで一直線に、という慕情だってあるくらいだ。

 ふと気づくと、ソウヤがいやに近くに立っていた。

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