マジマさんが死んじゃいますっ

 どうにか落ち着いて謝ろうと顔を上げかけたところで、頭に手が置かれる。かき回すように乱暴にでられた。


「た、隊長?」

「事務のいい加減も役に立つもんだ。なあルカ、笑っとけ。妙な因縁だとか重い身の上だとかあったところで、暗いかおしてていいことなんてねーよ。笑ったからっていいことがあるかはわかんねーけど、俺はそっちのが好きだぜ。なあ、ウタ?」

「ぴ」


 ルカの生い立ちを知るはずのないウタまでが、楽しげにルカの頬まで飛び上がる。

 ルカは、ゆるみかけた涙腺に、慌ててまばたきを繰り返す。そうして、笑いすぎて出ていた涙と一緒に、乱暴にぬぐい取った。


「お時間を取らせました。すみません、行きましょう。――ありがとうございます」

「だーからかしこまらなくていいってのに」


 ぼやくように口にするが、ルカは、リツが顔をそむける前に、その頬がうっすらと赤く染まっていたのを目にしていた。

 嬉しさに、体が温まったような気分になる。

 そんな風に和やかに廊下を歩いていた二人は、だが、名指しでの館内放送に顔を見合わせることになった。一部三課が、至急にと二人を呼んでいる。


「何か、急変したんでしょうか」

「さっきはのんびしりたもんだったけどなー。何やったんだか」


 言って、リツは走り出した。

 狭い建物内のことなのでほめられたことではないが、ルカも、肩に乗ったウタが落ちないように隊服の中へ入れ、後に続く。

 地下の目的地までの道すがら、何人にも驚いたように見られたが、走るな、と一喝されたときでさえリツが立ち止まらないのだから、ルカも、心の中でだけ短く謝ってすませた。

 幸い、誰にぶつかることもなくたどり着く。


「十一隊リツ二佐とキラ準尉、到着しましたっ、開けるぞっ」


 略式で名乗りを上げ、二人は――笑い転げる中年男の姿に、目を丸くした。


 第一部一課は、妖異の研究を行っている。

 そのため、二人が足を踏み込んだ部屋には色々なものが積み上げられているのだが、何より、入り口真正面の割れにくい透明板を埋め込まれた部屋に目がいく。

 男が一人、その向こうで笑い転げている。


「――何やってんだ、マジマの親父?」

「リツ先輩っ、待ってました早く何とかしてくださいっ、マジマさんが死んじゃいますっ」

「お、おお…?」


 珍しくリツが気圧けおされ、目が泳ぐ。ルカもびっくりしたが、注目がリツに集まっている分が気が楽で、周囲を見るだけの余裕もある。

 部屋の左右も別の部屋に繋がっているのだろう扉があるが、とりあえずは無視しておいていいのだろう。

 そこでようやく、男が笑い続けているのに声が聞こえないことに気づく。

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