あまり嬉しくない


 スガは、二人分の視線を浴びて、舞台役者のように手を広げた。


「誰も彼も、狂人でも見るような目をする。親や家柄やの権力に胡坐あぐらをかいていた坊ちゃんが特権を捨てようとするのはそんなに妙か? 俺だってあんなところ、好きで生まれたわけじゃない!」


 言いながら激昂したのか、声が大きくなる。

 今寮に残っている人数は多くはないはずだが、それでも何人かが何事かと顔をのぞかせていることだろう。

 部屋の中にいるルカたちには誰が耳を澄ましているのかまではわからないが、注目されている気配くらいは判る。

 スガが立っているのが部屋と廊下の境界線上ということもあって、先ほどの声は、外にもよく聞こえたに違いない。


「とりあえず入って閉めろ。見世物にはなりたくないだろ」

「どうだっていい! むしろ、皆に聞いてもらったほうが話が早いくらいだ!」

「そんなに聞いてもらいたきゃ街頭演説でもしてろ!」

「何を――!」

「そこまで!」


 大声ではないがきっぱりと割り込んだルカを、今や立ち上がっていたフルヤも身を乗り出していたスガも、ぎょっとしたかおで見つめた。

 その隙に、とりあえずスガを部屋に引き込んで戸を閉める。今度ばかりは、真っ直ぐにため息が落ちた。


「フルヤ、一緒になって話題を提供してどうするんだよ。スガ君も、本当にそれでいいのか、少しは落ち着いて考えて。とりあえず、座れば?」 


 床にもう一つ引っ張り出した座布団を示すと、スガは素直に腰を下ろした。

 ついつい施設の子供たちに対するような言い方になってしまったが、反感よりも戸惑いがうかがえた。勢いが消えると、ルカも困ってしまう。


「…ええと」


 フルヤと目が合うと、ふっと、遠い目をした。


「あー…姉ちゃん思い出した」

「俺は、サリー…乳母だ」

「…あまり嬉しくない」


 ルカの呟きに、他の二人が噴き出した。それを合図にしたかのように、空気がやわらぐ。

 自分の分の座布団も引っ張り出して腰を落としたフルヤの視線にも声にも、もうとげはなかった。


「手続きはしたのか?」

「ああ。後で荷物を持って来る」

「そうか。サクマのヤツ、退院したら驚くだろうな」

「退院?」

「この間の騒動で足滑らせて…いつだっけ、退院」

「明日じゃなかった?」

「あ、まずい、あいつのベッド片付けないと。お前のとこもだな」

「フルヤは荷物広げすぎなんだよ。僕のところまで物置きにしかけたし」

「細かいこと言うなって」

「――フルヤ・タクトか!」

「…やっと思い出したか」

「いや。今キラがフルヤと呼んだし、お前がサクマと言ったから。名札を見たし」

「……。よし、忘れんなよ」


 のんびりと雑談が続く。もし先ほど顔をのぞかせた人たちがめ事を期待していれば拍子抜けだろうなと、ルカは少しおかしくなった。

 窓からゆるりと流れ込んできた風に、今日の予定を思い出す。

 ルカが立ち上がると、二人が訝しげな視線を浴びせてきた。


「布団、干してくるよ」

「どうしてもやりたいのか」

「せっかくの天気だしね」

「んじゃ、ついでに荷物の移動だな。手伝ってやるんだ、布団はお前が二組運べ」

「フトン?」


 ルカは手伝わせるつもりはなかったのだが、フルヤが当たり前の顔をしてよくわかっていない様子のスガを動かし、自分も動いている。


「ナンパ、いいの?」

「このきでいけるかって。あ、でも飯は外な」


 ルカとフルヤが一組ずつ、スガが二組、それぞれ布団を抱えて移動する。三人は再び、居合わせた人々の注目を浴びることとなった。 

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