では、不倫か?

「キラ」

「わ」


 気付けば、ルカの隣には当たり前のようにスガが立っていた。気付かなかった。

 スガは、ひっそりと腕組みをしてルカを見た。歩こう、とうながして先に立つ。半ば口実ではあったが、着替えて来なければ。


「ヒハラというのは、ヒハラ重工と関係が?」


 軍と深く関わる企業の名を、スガはさらりと口にする。そこまで珍しい名字ではないから、誤魔化そうと思えばできた。

 だがルカは、思い詰めたような顔をしたスガに、嘘をつく気にはなれなかった。

 幼い頃から知っている人の顔を、思い浮かべる。さすがに、出会ったときからでは随分とおもわりしている。


「社長夫人、だよ」

「では、不倫か?」

「…は?」

「だってそうだろう? ヒハラの家に妙齢の女性はいなかったと思ったが、まさか夫君がいるとは。キラ、お前もつらい恋をしているのだな」


 ――納得した。

 ルカは、何とはなしに脱力して、苦労して息を吸い込んだ。


「スガ君。マキさんは僕の恋人じゃなくて、いて言うなら姉なんだよ」

「何? だが、この間街で仲が良さそうに――」

「多分それ、マキさんの妹。施設を手伝ってくれてて、僕はその荷物持ちについて行ってたんだ」

「何?」

「僕もマキさんも、家族に恵まれなくて施設で育ててもらったんだ。だから、家族みたいな人。でも、安心していいよ。隊長のことも、そういう風には見られないから」


 顔色の変わったスガに、苦笑気味に言い添える。返ってきたのは、疑わしそうな視線だった。

 肩をすくめて、前を見据える。

 口実とは向こうもわかっているだろうが、ただ着替えるだけに長々と時間をかけるのはどうだろう。

 そういえば、フルヤの実技は終わっただろうかと、そんなことも考える。

 そうして、飽きずにじっとこちらを見つめるスガに、とうとうルカはため息をこぼした。


「僕が好きな人は、他にいるから」

「誰だ?」


 そこまで訊くか。

 予想通りではあったが心中でため息を落とし、ルカは階段を下りた。スガも、並んで下りる。


「スガ君が見かけた彼女。マキさんの妹」

「――しかしそれなら、マキ殿も恋愛対象になるのでは?」

「彼女は、マキさんとは別に育てられてるんだ。だから、僕が出会ったのも割合最近のこと。彼女にまで家族感覚はないよ。納得できた? できなくても、これ以上言いようもないけど」

「ふうん。そうか」


 どことなく不満そうではあるが、とりあえずは落ち着いたようだ。

 ルカは、そんなスガの様子を見て取りながら、後でユリに話をしておこう、と思った。

 言い逃れの口実に使ったとなると少し怒るかもしれないが、逆に、マキによく似た顔は笑顔になるかもしれない。

 お友達が出来てよかったね、と言われそうなところが少々しゃくだが。

 ちなみにユリに好きな人をたずねれば、少なくとも今はためらいなく、施設の子どもたち、との返事があるだろう。マキと違い親元で育てられた彼女は、愛情に飢えていたのだから。


 ぴぴ、という耳元のさえずりに、あ、とルカは声を漏らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る