「やなコーハイだよお前」

「よお、ユウ。毎度毎度ごくろーさま」

「そちらこそ。どうですか、今年は」


 部下が二人も同じ食堂の片隅にいるとは知らず、リツは、見つけた友人の隣に座った。盆には、本日のAランチなどが載っている。

 全体的にひょろりとしたミムラ・ユウは、リツの盆の上に載った緑色に満たされたコップに、げ、と声を漏らした。


「まだ飲んでたんですか、それ。というか、なくなってなかったんですか」

「あ? あらゆる野菜が入ってんだぞ? 体にいーんだぞ?」

「…俺の知る限り、そんなもん飲んでんのはセンパイとその親父さんくらいです」

「そーかあ? ま、どーでもいいけどよ。リタは?」

「今年は不参加です。隊長陣と違って、教官陣は全員ってわけじゃないですからね」


 実技の審査員は、主に全十隊の隊長と学生を教えている教官によって行われる。

 年度上旬の一大行事でもある。そのため、ミムラの属する第二部三課は、その準備と進行にかかりきりだ。

 それも、とりあえずは明日で一区切りだ。


「でもよー、いっつも思うけど、教官はどいつに当たるか無作為で隊長は部下外すってどうよ」

「まあ、昔っからの習慣みたいなものですから。見たかったんですか? たしか、三人とも今日でしたね」

「ああ。リタが言ってたんだろ、試験とかで実力出しにくいって。知ってる顔でも見りゃ、ちったあ落ち着くかと」

「うわ」


 ミムラは、定食についていたみかんをむく手を止め、目をむいた。

 まじまじと見つめられたリツは、白米をかき込みながら顔をしかめた。胡乱うろんそうに、見つめ返す。


「…んだよ?」

「いや…珍しいですね、センパイがそこまで肩入れするなんて」

「肩入れするほど居残った奴がいねーだろーよ、今まで」

「そうでもないでしょうよ。キラ君でしたっけ、三ヶ月くらいでしょう? そのくらいなら、他にもいましたよ。そりゃセンパイが仲間に対して情に厚いのは知ってますけどね」

「…っとに、やなコーハイだよお前。鋭いったら」

「別に、だからどうとは言いませんよ、俺は。あなたのやることに口出しするのは、リタに任せてますから」


 半ばそっぽを向いて、リツは口の中の物を飲み込んだ。

 リツとリタは、学生時代以来の友人だ。小言や説教なら、新しく聞かなくとも山ほど在庫がある。


「チクんなよ」

「言うまでもないですよ」

「…知ってんのか。って待て、なんで責められんの俺? いい人ってほめられるとこじゃねーの?」

「極端から極端に走りそうで怖いんですよ、センパイは。それでなくたって敵が多いんだから」


 むうとうなり、リツはおかずをつついた。


「だってさー。危なっかしーんだもんよ、あいつ。俺もあんなだったかなーとか思っちゃってさ。あー、ヤダヤダ、年取ったな俺も。…で、どーだった? どうせ知ってんだろ」

「教科書通りの正攻法と問題児ってところですかね。ああ、一人分でよかったですか?」

「嫌味いらねーよ。って…え、問題児?」

「双方ほぼ無傷で捕獲。指示は処理とだけだったので悪いことはないはずなんですけどね。今回、どのみち殺す予定の妖異ばかり投入してましたから、それに眉をしかめたのが数人。まあ、一人馬鹿受けしてましたから、とりあえず大丈夫でしょうけど」

「試験会場じゃなく、処理場かよ」


 ケッ、と口を尖らせ、リツは頬杖ほおづえをついた。一般市民も混じったざわめきの中で、不機嫌そのものの空気をまとう。

 ミムラは肩をすくめ、空になった盆を持ち上げた。


「お先に。また、飲みに来てくださいよ」

「ああ」


 ひらりと手を振って、リツは友人で親友の夫を見送った。

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