自分の部下優先して何が悪い

 雨音が聞こえる。


 目を開いてようやく目を閉じていたと気付いたルカは、すぐには状況をつかめずにいたが、すぐに腕の中を確認した。

 ――よかった。

 気を失ったままのフルヤと、失神したらしい手の中の小鳥に安堵の息を吐き、呟こうとしたルカは、かすれてほとんど声が出ないと知って苦笑した。

 背が鉄板でも載せたように重い。

 痛みはおそらく麻痺して、ただ、感覚のない自分の体でなくなったようなものとしか感じられない。

 今、鼠にでも襲われたら終わりだなと思いながら、ルカは、苦労して身体をフルヤの上からのけた。

 小鳥は、草地の上に出来る限りそっと転がす。下手に握り続けていると、つぶしてしまいそうだ。


「っ」


 さすがに背を地面に投げ出すのは躊躇ためらわれ、うつ伏せで地面にぶつかったら、一瞬、息が止まった。

 幸いというべきか、意識を失った時間はあまり長くはなさそうだった。ルカの頭上で、小雨に消されながらも爆発の後の炎がくすぶっている音と気配がある。

 気付けばルカの口にあてていた隊服の布がないが何ともないから、芳香の妖異はどうにかできたのだろう。


「っ、く…っ」


 一度体勢を整えようとしたら、逆に体が重みを増した。鈍い痛みまでが感じられるようになり、追い打ちをかける。

 ルカは、それでもどうにか体を起こしたものの、膝を抱えるのが精一杯で立ち上がれない。刀を杖代わりにしようにも、手放していて手元にない。


「――」


 くきからぜた花を呆然と見つめ、徐々じょじょに、ルカは笑いの発作に襲われた。

 あれだけ疲れていたところに、火事場の馬鹿力で思っていた以上の体力を上乗せしたようだ。

 それなら立ち上がれないのも道理で、そのまま死んでいてもおかしくはなかった。

 喉は干乾びてほぼ声にならず、笑ったことで体が揺れ、せっかく起こした体が倒れた。痛いし、体力もないのに、ルカの笑いは治まらない。


「――ルカ! おい、生きてるか、何だこの痙攣けいれんは?! ルカ!?」

「た…ちょ…」


 何故か服がこげているが、リツが確かに目の前にいた。わざわざ濡れた地面にいつくばるようにして、ルカに目線をあわせる。

 笑いが退いた。


「フル、ヤ…が…」

「知るかっ、自分の部下優先して何が悪い、とにかくお前生きてんだな、薬ッ、ああどこあるかわかんねーっ、ソウヤ、早く来いよっ」


 怒ったように慌てふためいた声と、膝をついて隊服のあちこちを探りまわっているのがわかる。

 ルカは、安堵して気が遠のきかけ、はっと気付いた。


「たい、ちょ…」

「あっ、水、水あった、とりあえず飲め!」


 言葉ほどには乱暴でなく、口に携帯用水筒の飲み口があてがわれる。おかげでいくらかはましになったが、煙にやられたのか、喉に違和感は残った。


「――たいちょう」 

「何だ?!」

「ね、が、のこって、ます」

「ね?」

「はな、の、ね。うごき、ます、あれを――」

「わかった。――ソウヤ、ルカとそっちの新人たのむ。スダ一佐、まだ対象の根の部分が残っているようです。一任、願えますか」


 優しくでていった感触を残し、リツはきびきびと立ち上がった。ほとんど入れ替わりでソウヤがルカとフルヤのかたわらにやって来る。


「ルカ君、痛いところはあるかい?」

「………はい」


 どうしてこんなところまで軽口が叩けるんだろうこの人は、と、ルカはいっそ尊敬の念をいだいた。

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