このまま繰り返しても同じだろ

 真っ赤な上着は、脇の近くの三連の止め具をはじめ、袖口や胸をぐるっと回るベルトなど、意外に装飾が多い。

 生地もたっぷりととってあり、その上前身ごろは、二枚を重ねてある。

 これらは、武具や防具、薬品などを仕込みやすくするためと、緊急の際に布を破いたりベルトを抜いたりして流用できるようになっているためらしい。


 勿論、いくら必要なものであっても身軽が第一ではあるのだが、妖異よういを中心に封鎖してしまうと、原則として、外部からは髪の毛一本差し入れられず、内からも砂粒一つ持ち出せないのだから仕方がない。

 しかし、それはそれで必要物資もまとめて放り込んでおけば良さそうなものだが、そのあたりは先人たちの経験で何かあったのだろう。

 実際、戦闘部隊では、隊服は消耗品だと聞いた。戦闘で傷むのも当たり前だが、応急処置に使うことが多いのだという。


 隊服の基本的な作りは同じだが、各隊で多少の差はある。形状もだが、目立つのは色だ。

 第一隊は白地に金や銀の縫い取り。

 第二隊は黒。

 第三隊は紺に色糸の縫い取り。

 第四隊は白。

 第五隊は緑。

 第六隊から第九隊までは黄で、縫い取りの色が順に青・白・赤・黒。

 そして、第十一隊は、赤。


 下衣も同様で、また、上着と同じ意図でポケットや止め具が邪魔にならない程度に多くついている。


「――今ので十回、死んだな」


 床に引っくり返っているルカを見下ろし、リツは、いっそ嘆息した。

 ルカにはフル装備と言いながら自分は、上着だけをしかも前身ごろを少しいじって、前を開けてただ羽織っている。長い髪は、ひとまとめにわえていた。


 封鎖中の状態と妖異を疑似体験できる訓練室の一つに、二人はいた。


 昨夜の反省とリツは言ったが、昨日と似た状況を用意され、繰り返すこと十回。

 結果はリツの言う通り全敗で、少女に擬態した妖異に、ルカは何度も反撃も虚しく、あるいはその間もなく攻撃されている。

 鉄板入りの鉢金はちがねまできっちりと締めたルカは、汗だくになっていた。


「んー。どーすっかなー」

「…まだ…、やれ、ます…!」

「いや、このまま繰り返しても同じだろ」

「っ、だいじょうぶ、ですっ」


 リツが、困ったようなかおをした。そして、ため息を落とす。ルカの胸に、波のように焦りが押し寄せた。


「まだ…やれます…!」

「いーから、ちょっと休め。すぐ戻るから、とりあえず汗いとけ。風邪ひく」


 さり気なく、鉢金を持って行かれる。

 扉の開閉音がしたが、ルカは身体を起こすことすらできなかった。


「…くしょ…っ」


 知らず、悔し涙がこぼれる。

 大見得おおみえを切ったくせにこのざまは何だと、責める声がする。それは、いつものようにルカ自身の声だった。


 女の子の姿をしたものが妖異と判っても、それが擬似的に作られたものだと判っても、ルカの攻撃はかわされ、逆に襲撃を受ける。

 痛みこそないが、武具に力を持っていかれ、攻撃を受けるとどうしても体が備え、それ以上に心が疲弊する。

 十回目など、武具の発動すらできなかった。

 武具の発動は、巷で言われるようにやはりある程度は意志の問題で――ルカには、情けないとしか思えない。


 ルカは、床に倒れたまま天井を見上げた。

 擬似的に閉鎖空間を生み出す装置のスイッチをリツが切っていったのか、はっきりと白い。だが、涙でにじんでいた。

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