転属願いって知ってっか?

「…見かけによらず早とちりだな、お前」


 溜息ためいき混じりの声に、ルカは咄嗟とっさに声が出なかった。一瞬、頭が真っ白になる。

 呆れられたり馬鹿にされたりするのはともかく――しみじみと「早とちり」と言われるようなことを言っただろうか。


「とにかく頭上げろ。で、どっか座れ。来客用のソファーか副長のとこが座り心地いいぞ」

「――え、いえ、あの」

「いーから座れって言ってんだろ、しゃべりにくいんだよ。ほれ、そこ座れ」

「ええっ?」


 うろたえている間に、細いのに力のある手で、副隊長の席から引っ張ってきた椅子に押し付けられる。真正面には、こちらも引っ張り出した隊長の椅子。

 何故か、隊長の机の横で椅子に座った二人が膝を突き合わせることとなった。


 間近で見ると、リツのまつげがいやに長いことや、瞳が闇さえ凌駕りょうがしそうに黒く澄み切っていることに気付いてしまう。肌のきめ細かさまで目に入る。

 ルカはいまや、ヘビに睨まれたカエルの心境だった。


 が、リツはにっと笑うと、気安くルカの肩を叩いた。


「そう悲壮なかおすんなって。ソウヤがいねーから茶も出ねーけどいいな?」

「は、はい?」

「んじゃ、もっかい言うぞ。俺は、転属願いか辞表を出すなら早くしろ、つったんだよ。転属願いって知ってっか? ここじゃない、あっちの部署に移りたい、って希望だ。まあ出したからって必ず通るわけじゃねーけど、新人だしな。一時いっときとはいえ上司になったえんだ、根回しくらいしてやるよ。あー、一、二隊はさすがにできねーけどな。ちなみに、三部のどっかなら即日おっけー」


 にっこりと、リツは笑う。


 兵団は、全十隊三部の構成になっていて、その下に各班が属する。基本的には隊が実働、部が裏方となる。

 第一隊が指揮をになう本部で、第二隊から第六隊までは諜報や擁護などの特殊技能を必要とし、第七隊以降は戦闘部隊とも呼ばれ、東西南北の地域を分割して受け持つ。

 一般的に、第一隊と諜報の第二隊がエリート、人々の目に付きやすい警護の第三隊が花形とされる。


「でも…」

「いいか? 初日にも言ったろ、ウチは兵団の鬼子おにごなんだ。いや、仲間はずれとかみそっかす、のが合ってっかな。何せ、元は禁忌の十隊の生き残り。臨時ですぐに立ち消えるはずの隊だったんだから」


 その話は、ルカも聞いている。


 兵団は、全十隊。

 にもかかわらず、第十隊はなく、研修にも組み込まれず人数も極端に少ない上に定まった担当のない第十一隊がある。

 以前、ルカがおそるおそる疑問をぶつけると、人の良さそうな笑みを浮かべた副隊長はあっさりと明かしてくれた。

 いわく、二十数年前まで、第十隊は存在していたらしい。担当は、妖異の飼育。むしろ部で行いそうな内容だが、危険度が高いためか隊として設置されていた。


 その第十隊が、ある日、壊滅した。


 隊室とは別に与えられた飼育小屋の中は血と人肉だらけだったというが、薬品でもこぼれたのか炎上したため、目にした者は少ない。

 生き残った隊員は、当日外出したり休みを取っていた数人を除くと、わずかに二人。

 そうして、受け皿に急遽第十一隊が作られ、第十隊は欠番とされた。 


 その経緯を思い出すが、ルカにはそれがどうリツの話に繋がってくるのかがわからない。思わずリツの顔を見ると、肩をすくめて返された。

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