第75話 最終試練 その弐
猛吹雪吹きすさぶ氷原に、三つの人影があった。
タカシとサキ、そして大男。
さきほどまで、嬉々としてアンケートをとっていた少女は、忽然とその姿を消し、代わりにその場に、異質な
男はフードのように被った毛皮の下から、相手を睨み殺すかのような、鋭い眼光を覗かせ、タカシとサキの両名をじっと見据えている。
「なんでいきなりこんな変態を……おかしいだろ、説明しろ!」
『説明も何も……、これが最終試練よ。あなたたちは、ただ目の前にいるシロを倒しなさい』
「……いや、シロっておまえ。もしかして……、ずっとおまえの頭に乗ってた、あの白猫のことか? これが?」
『ええ、そうよ。シロもまたネコ科』
「ネコ科って……、もしかして、さっきのあのアンケートって――」
『それについての説明はしていなかったわね。種明かしすると、第一の質問で――コホン、第一の問題で、猫派か犬派か聞いたでしょ?』
「このおっさんが猫に分類されてたまるかァ!!」
『なによ、この子は紛れもなくアタシのシロちゃんよ、文句あるの?』
「文句しかないわ! せめてもっとこう……、ライオンとかトラとかさァ! あるだろう!」
『はい。文句の受付は行っておりませーん』
「なんでだよ! 改善案だろうが!」
「はいはい! んじゃあ、サキちゃんから質問!」
『どーぞどーぞ』
「ちなみになんだけど、あん時犬って選択したら、誰が出てきたの?」
『そりゃもちろん、シロちゃんよ』
「選択の意味!?」
『もちろんあるわよ。シロちゃんの語尾が「ワン」になるの』
「いらねえよ! しかも、なんだその微妙なマイナーチェンジ……。てか、こいつ喋れるのかよ!」
「
「喋ッちャッたよ!!」
「はい。じつはワタクシ、この姿になると喋れるのでございます」
「が、外見の変態加減に似合わず、口調は紳士っぽいな……」
「ふほほのほ、紳士的な筋肉などとお褒め頂き、光栄の至り。ワタクシの上腕二頭筋及び、三角筋も狂喜乱舞しております」
「前言撤回だわ、この変態……褒めてねえっつの」
『あ、そうそう、これで最後の試練なんだけど、最後だから種明かしさせてもらうわ』
「助かる……って、言いたいけど、嫌な予感しかしない……」
『二つ目の問題は、この氷原を見てもらったらわかると思うけど、場所の選択よ。それで最後の質問は
「は?」
『パリパリ……、それじゃあ頑張ってね。終わったらまた……通信してあげるから。パリパリ……ズズズ……』
「待て、おまえ今なんか食ってんだろ!」
『な、なんのことかしら? ……ちょっと、なんでおせんべい食べてる音まで拾ってんのよ……使えないマイクね……ブツッ……』
「聞こえてんだよ!!」
「最終試練、それはワタクシめを打倒すること。ワタクシを完膚なきまでに、叩きのめし、屈服させればあなたがたの勝利。晴れて、ここを出てることが可能となり、我が主より正式に通行の許可が下りるでしょう。……ですが、もし、万が一ワタクシめの前に膝を折り、敗れるようなことがあれば、あなたがたは永遠に、ここから出るこは叶わなくなってしまいます。
「戻ることすらできねえのか?」
「はい。あなたがたは正式な手順を踏まず、ここへと参られた。それがどういうことかは……、説明などしなくても、聡いあなた方であればご理解いただけるかと」
「もうここに来た時点で生者でも死者でもないから、行かせることも、戻ることもできないってことか?」
「左様にございます」
「……それで、永遠にって意味か」
「永遠に――で、ございます。失礼、少々話のほうが長くなってしまいました。天地分隔門、番猫シロ。参ります」
シロはそう言うと腰を落とし、拳を構えた。
「肉弾戦か――」
「ッ!? ルーちゃん! 横に跳んで!」
「へ」
サキの合図で、タカシとサキが左右に跳ぶ。
パァン!!
空気のはじける音。
シロの繰り出した拳は、命中こそしなかったものの、空気を振動させ、破裂させた。
シロがさきほどまで立っていた場所には、未だにシロの姿がある。
残像。
シロの速すぎる正拳突きが、残像を――音を置き去りにする。
「なるほど、これを躱しますか」
「ルーちゃん! 後ろに!」
「ちっ……!」
シロが一瞬にして、タカシの目の前に移動する。
さきほどの場所には、やはり残像が取り残されていた。
シロは流れるような足さばきで、後ろ回し蹴りをタカシに叩き込んだ。
その軸足は蹴りの衝撃を吸い、ギャリギャリと、氷原を大きく抉っている。
タカシはなんとか、
「まだです」
シロは吹き飛ばされている最中のタカシに追いつくと、拳を振りかぶった。
「まずはひとり――」
「させないって……の!」
バシィィン!!
サキの投げつけた突剣が、シロの意識をタカシから逸らせる。
シロは飛んできた突剣を、素手で叩き落とした。
タカシはシロの追撃を食らうことなく、氷原に頭から突っ込んだ。
「……なるほど、貴女から先に潰したほうが得策のようだ」
「はは……、ルーちゃん、こいつ、やばいよ……」
◇
『タカシさん、大丈夫なんですか? 勝ち目あるんですか?』
「いや、ちょっとヤバいかもな……、あの生身でこの戦闘能力だ。こっちは魔法が使えないとなると、これは完全にあいつの独壇場だ。一旦、策を練らないとな。……デフさんを思い出すわ」
『でも、あのシロって人……、あれ? この場合、ヒトって呼んでいいんでしょうか?』
「……どうでもいーよ」
『あのシロって人、デフさんよりも速い気がします』
「実際そうだろうな。力はデフさんのがまだ上かも知れないけど、その分、あの速さはシャレになってねえ。魔眼を使えないぶん、対応するのすら難しい」
『なんですか? それ?』
「え? まあ、大層な名前だけど、やってることは視力強化だよ」
『ほえー。そんなことできるんですか。わたし乱視なのに、タカシさん眼鏡とかかけないのって、そういう理由だったんですね』
「あのな、結構前からやってただろ……」
『すみません、魔法に関しては疎くて……』
「おまえは何についてなら聡いんだよ。とにかく、あいつ対策だな。あの速度をどうにかしんねーと……」
『その前に、ここから出ませんか? いつまでも雪の中に突き刺さってたら、勝つ以前に戦いにすらなってないですよ』
「いや、さっきから出ようと思ってんだけどな、思ったより深く刺さったみたいで、もがけばもがくほど突き刺さっていってる気がして、あえて何もしてないんだ」
『なんなんですか、それ……。とにかく、サキさん一人に任せておくわけにはいかないでしょ。ふざけていないで、はやく脱出しましょうよ』
「はいはい。ここに居たら隠れられて、考えられて、一石二鳥だったんだけどな……」
『「ハイ」は一回!』
「うぜえ……」
そう言ってタカシはものぐさそうに体をよじり、雪の中から脱出した。
「さて、サキはどこで戦って――」
タカシが言いかけて、閉口する。
遠くのほうに、二対の影が見えた。
影の正体はサキとシロ。
シロは片手でサキの顔面を、目を覆い隠すように握っており、体ごと宙に浮かせていた。
サキはそれに対し、両手で自らの胴ほどの太さはある、シロの腕を掴んでいる。
「サキ――」
「終わりです」
シロはそう言うと、端から見てもわかるほどの力を腕に込めた。
ミシミシミシミシ――バキィッ!!
骨の砕ける音が、吹雪の中を貫き、タカシの耳まで届く。
タカシの呼びかけ虚しく、サキの腕が力なく、だらんと垂れる。
シロが手を放すと、サキはそのまま、ドサッと氷の上へ堕ちた。
サキはピクリとも、その場から動かない。
「サキ……! おい、冗談止めろよ……!」
サキの反応はなし。
タカシの声だけが、虚しく吹雪の中へ紛れ、消えていった。
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