第74話 最終試練 その壱


「さ、サキ……、おまえ、もしかして気づいて――」


「なーんてね」


「……は?」


「そういう昔ばなしもあったよねー、って話。懐かしいなぁ」


「な、なんだよ……、驚かせやがって……」


「ん? なんでルーちゃんがそんなに驚いてんの?」


「いや、そりゃおまえ……、急に変なこと言うからだろ、元から酷かったポンコツ具合が、さらに悪化したのかと思ったんだよ」


「えー? なにそれー? ひっどー」



 サキはそう言いながら、クスクスと笑ってみせた。



「んーまあ、でもさ。それだとしても、別にアリかなって」


「……なにが?」


「だから、ルーちゃんがじつはルーちゃんじゃない、別人格だったって話」


「……仮にだけど、もし、それが本当で、オレがルーシーじゃなかったら、どうするんだよ?」


「どうもしないよ?」


「え?」


「うん、どうもしない。べつにサキちゃん、外見とか気にしないもん。サキちゃんが好きになったのは、あくまでもサキちゃんの目の前にいるあなた・・・。それが仮にルーちゃんじゃなかったとしても、サキちゃんはきっと、あなたを好きになると思う」


「……それが、男だとしてもか?」


「男? えー? なんでそこで男が出てくんのー? ルーちゃんほんと、どうしちゃったのさー」


「………………」


「むぅ……。いつになく、真剣ってかんじ? ……じゃあ、こっちも真剣に答えるけどさ、さっき言った通りなんだけど、それは関係ないよ。……ていうか、むしろ、それがもし男の人だったら……、嬉しいまであるんじゃない、かな?」


「ま……まじかよ……」


「うん。いくら外見にこだわらないっていっても、やっぱり男と女ってどうしても違ってくるからね。もちろん女の子で、年下で、かわいいかわいいルーちゃんは好きだよ? だけど……さ? やっぱり、いくら好きでも、できることって限られてくるしさ。あーあ、男勝りなルーちゃんがほんとに男の子だったらな……って、思ったことはある……かな? ……て、なんだこれ、恥ずいな……なんでこんなこと言わせてんの……」



 サキはくるっとその場で反転すると、タカシに背を向けた。

 さきほどの発言がよほど恥ずかしかったのか、林檎のように紅潮した頬を冷ますように、手でパタパタと扇いでいる。



『な、なんか、わたしも恥ずかしくなってきました……』


「お、オレも……」


『ったく、なんでタカシさんはそんな質問したんですか? サキさんに惚れちゃったんですか?』


「いや、特別理由はないけど、なんか知りたくて……」


『そういうどっちつかずっていうか、煮え切らない態度、止めたほうがいいですよ。ハッキリ言って、迷惑この上ないですからね。とまあ、ここまで言っておいてなんですが、どのみち、それはわたしの体ですので、女性と恋仲なんて発展しても、許さないんですけどね。パパはそんな子との交際なぞ、反対だ!! って、つき返してやりますとも』


「うるせーな。そんなんじゃねえって言ってんだろ。……とりあえず、試練はこれで終わりかな?」


「ど、どうだろね? さっきの女の子、出てきてないみたいだけど……あ、ところでさ、サキちゃん、どうよ? 強くなってたっしょ?」


「ああ……、てか成長しすぎだろ。これがもし味方じゃなくて、敵だったら、早いうちに確実に処理してたな」


「コワッ!? なんてこと言うんだ、このルーちゃんは」


「まあまあ、それくらい頼もしいってことだよ。おまえを連れてきてよかった」


「ふ~ん。それって、もしかして、プロポーズってやつ? 謹んでお受けさせていただきます!!」


「ちがうわ! ……てか、ほんとになんも起きねえな……寝てんじゃねえだろうな」


「あれじゃない? 二階に上がってこい的な感じなんじゃないかな?」


「あー……、あるかもな。たしかに階段があるしな。とりあえず、上ってみるか」


「おうよ!」





 爽やかな、それでいて少しだけ乾燥した風がふたりの頬を撫でる。

 宮殿の大階段を上がった二人の目の前に広がるは、広大な草原。

 草原はの草は陽の光を照り返し、健康的に青々と茂っている。



「な、なんで……屋外?」


「はぁ……、まじでなんでもありかよ……」


「第一の試練、突破したのね。おめでとう」


「うわあ!? なんて恰好してんだ! おまえ!」



 突如として、タカシとサキの目の前に少女が現れる。

 少女は動物の毛皮のみを身に纏っており、さきほどとは打って変わり、開放的になっていた。

 そして頭には相変わらず、白い猫がちょこんと、大人しく座っている。



「これがここの正装よ。あなたも着てみる?」


「……いや、それよりも今おまえ、第一って言ったか? もしかして、このふざけた試練って――」


「ええ、まだ続くわ。……それに、いまふざけたって言われたから、さらなる試練も模索しているわ」


「試練って、おまえが考えてるのかよ」


「……失言だったわね。今のは忘れなさい。これはお願いではないわ、命令よ」


「なんでだよ!」


「じゃあお願いするわ。忘れてくださいませんか?」


「……そういう問題か?」


「頭下げてることだし、忘れてあげようよルーちゃん」


「……そういう問題か?」


「では、忘れてくれたみたいだから、試練のその弐を開始するわね」


「第一試練ときたから、第なんとか試練って統一してると思ったけど、そうじゃないんだな」


「……第二試練、開始するわね」


「あ、訂正した」


「やかましいわね。細かいのよ、いちいち」


「……それで、第二はなんなんだよ。もしかして、ここでサバイバルでもしろとか言わねえよな?」


「なるほど、それもいいわね……」


「おいおい、まじかよ……」


「冗談よ。試練は予め決められているの。アタシはただその通りに進めていけばいいだけ。……ちなみに、次の試練のヒントは、この草原よ」


「ヒントとかいいから、さっさと内容を教えろ。無駄に先延ばししてんじゃねえ」


「呆れた。遊び心のないアヴェンジャーだこと」


「……なんで、アヴェンジャー?」


「なんでって、地上世界から天界に行く者のことは、こう呼ぶからよ」


「もしかして、パッセンジャーじゃねえの?」


「……呆れた。遊び心のないパッセンジャーだこと」


「さり気なく言い直してんじゃねえよ! こっちが逆に呆れるわ! ほんとポンコツだなおまえ」


「失敬ね。アタシ、こう見えてすごいのだから」


「なにがだよ」


「遊び心よ」


「必要かよ!!」


「ええ、そりゃもう」


「……例えば?」


「さて、第二試練の内容だけれど――」


「話をそらしやがった」


「クイズということにさせてもらうわ」


「しかも草原全く関係ねえ!」


「ところがどっこい、関係あるのよこれが」


「どっこいって……。それで? どう関係あるんだよ」


「あなた、開放的な場所は好きかしら?」


「ん? まあ、閉塞的な場所と比べると、開放的な場所のほうが好きだけどな」


「そうね。こういった開放的な場所でするクイズって、とても気分が良とおもわない?」


「気持ちの問題かよ!」


「よっこらしょ」



 少女は草原に腰を下ろし、どこからか本を取り出していた。

 本の表紙には「よい子のなぞなぞ」と書かれている。



「……どうしたの? なにを見てるのかしら」


「いや、そんなのでいいのかなって……」


「どういう意味?」


「……いや、なんでもない。続けてくれ」


「言われなくても続けるわ。あなたちも座りなさい。疲れてるでしょ?」



 少女に促され、タカシとサキは戸惑いながらも、その場に腰を下ろす。



「じゃあ、第一いくわよ。えーっとなになに……犬派より猫派だ。ハイかイイエか」


「アンケートかよ! クイズですらねえじゃねえか! 持ってくる本、間違えてんだろ?」


「いいから答えなさい。あなたはどちらが好きなの?」


「いや、どっちでもいいんだけど……」


「ルーちゃん、ルーちゃん」



 サキがこっそりと、タカシの肩を指でつつく。

 タカシがそれに気がつくと、サキは少女の頭を指さしてみせた。

 タカシは少女に気取られないように、サキに人差し指と親指とで輪を作り、サインを送った。



「猫……、ハイだ」


「あら、そうなの。奇遇ね」


「ああ、あんたもやっぱり猫が――」


「アタシは猫は嫌いなのだけれど」


「奇遇という言葉をご存知ですか?」



 少女の頭上にいる猫は、あからさまに落胆の様相を浮かべている。



「次、第二ね」


「あのな、さっきからそうだけど、そのボケ、だれも拾えねえからな?」


「暑いのと寒いのなら、暑いのが好きだ」


「……まあ、人間暑いのと寒いのなら、ある程度の寒さのほうが耐えられるからな」


「えー? サキちゃんは寒いほうが嫌だなー」


「……雪山でそんな恰好しておいて、よくそんなことが言えるな」


「あれはしょうがなかったじゃん。どこいくのか、わからなかったんだしさ」


「いやいや、どのみち普段からその、鎧とも水着ともとれない恰好してるほうがおかしいんだけどな……」


「もしもし? いまは試練中よ? 自覚を持ちなさい、自覚を」


「クイズ本持ってて、アンケート出してくるおまえにだけには言われたくねえよ……ノーだ。寒いほうが好き……もとより、マシだな」


「ふうん、そうなんだ。寒いほうなのね。では最後の質、いくわね?」


「もう質問って言ってんじゃん……」


「剣と魔法。ロマンを感じるのは、剣である」


「なんだそれ……、たしかに魔法より剣のほうがロマンは感じるけど――」


「ハイかイエスか」


「どっちも同意じゃねえか! ……わかったよ、答えはハイだ。男は――こほん、女でも剣の武骨さや形状が好きなやつもいるからな」


「だいたいわかったわ。じゃあ、このまま最終試練に突入するけど、構わないわね? 構わないと鳴きなさい」



 少女はすっと立ち上がると、タカシたちを見下ろしながら話した。



「構わない!!」


「そう、じゃあ少しの間――アタシが良いっていうまで目を閉じてなさい」


「? ああ、わかった……。てか、クイズってまじでアンケートだけだったのかよ……」


「なに? そんなにクイズがしたかったの?」


「いや、クイズでもなぞなぞでもなく、やったのはアンケートだったからな。なんつーか、モヤモヤするっつーか……」


「とんだ欲しがり屋さんね。じゃあ、即興で考えたクイズを提供してあげるわ。目を瞑りながら、答えなさい」


「いや、べつに要らないんだけど……」


「最初は四本足、次に二本足、そして最終的に三本足になる生き物。それは何?」


「有名なやつだな。人間だろ?」


「ぶぶぶのぶー。では、答えをどうぞ。目の前にその答えはあるわ」



 そう促され、タカシとサキがそろそろと目を開ける。

 草原はいつしか消え失せており、そこに広がるは極寒の極地。

 ビュオウと吹きすさぶ風が、雪と氷を運び、タカシとサキの体から猛烈に体温を奪っていく。

 ふたりの目前には、果てのない氷原が広がっていた。

 そして、もうひとり・・・、ひときわ目を引く存在が、ふたりに立ち塞がっていた。


 筋骨隆々の大男。

 その男は、白いサーベルタイガーのような動物の毛皮を羽織っていた。

 顔はその被り物の牙によって隠れており、窺い知ることはできない。

 しかし、その鋭い眼光は、牙の下からでもはっきりと見てとれた。



「答えは――アタシのペット、シロちゃんよ」


「んな、アホな……」

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