第51話 隠密衆伯斎菖蒲


「はぁ、はぁ、つ、着いたのじゃ。こ……、ここが鳥羽トバ城……姫の実家じゃ」



 鳥羽城。

 エストリア王城とは違い、和風の天守閣。

 城は深い堀に囲まれており、正門では身なりのいい門番が談笑していた。



「戦時中なのに、この緊張感のなさよ……。立派な城が泣いてるぜ。なあ、ルーシー」


『気安く話しかけないでください。この性犯罪者さん』


「ど、どうしたの? いっちゃん? なんか、顔赤いよ?」


「いや、そのぅ……、馬に乗っているときに、後ろに乗ってたおねえちゃんにその……、色々まさぐられてしまって……」


「なんと!」


「いやぁ、その……いい匂いと小動物のような魅力に勝てなくて……」


「うぅ……もうお嫁にいけないのじゃ……」


「ふむ、いっちゃん。あとでどんな洗剤を使ってるか教えなさい」


『小動物じゃないですよ、この変態! サキさんの魅了毒ヴェノムチャーム食らわないくせに、なんて苦しい言い訳してんですか! 見損ないました。まさかタカシさんが小児性愛者だったなんて! このロリコンめ!』


「いや、百歩譲ってオレがロリコンだとしよう! だが、それでドーラに欲情しなかったのはなぜだ!? 答えてみろ!」


『好みじゃなかったから……?』


「バカ野郎! ロリコンというものはだな、幼女を満遍なく、差別なく愛す者たちへ贈られる称号だ。オレが好き嫌い選り好みしている時点で、すでにオレはロリコンという、限りなく汚名に近い栄誉を授かることはないと、なぜ気づかない! なぜわかろうとしない! おまえはそこまで低能な俗物になり下がってしまったというのか!? 嗚呼、嘆かわしい。我が半身であるルーシーがこのような体たらくでは、オレの評価すら下がってしまいかねない。さらにいままで心配していなかったおまえの将来をも憂慮してしまう! このままでは、地の底まで突き抜け、おまえというバカが一生這いあがれないほどの深度まで堕落してしまいかねない! だから、今すぐさきほどの愚かな言葉を取り下げるのだ! 今すぐに!!」


『ご、ごめんなさい……?』


「赦す!!」


『……な、なんでわたしが謝っているんだろう……?』


「と、とにかく、ここからは――」


「あああああああああああああああああ!!」



 奇声。

 テシの声を、見知らぬ女性の声がかき消した。

 声の主は黒装束に、口元を黒い布で隠した格好。

 すこし短い髪を後ろで束ねていた。

 それは「忍」という言葉がいちばんしっくりくる格好だった。

 その女性は手足がすらりとのびており、シノよりも身長が高かった。



「シノー!」



 黒装束の女性はそう言うと、口元の布を下げ、嬉しそうにシノへ駆け寄った。



「漬物ちゃん!」


「っ!! だから、その呼び方を――」



 漬物ちゃんアヤメは自らの姿を一瞬にして消すと


「やめろ言うとろーがぁぁぁ!」


 そう叫びながらシノの目の前に現れた。

 その両の手には小刀が握られており、シノはそれを刀の鞘で防ぐ。

 ギャリギャリと、小刀と鞘が削り合うような音をたてる。

 アヤメはシノを睨みつけているが、シノの口角は微かに上がっているだけ。

 その様子から微笑んでいるのがわかった。


「やあやあ、漬物ちゃん。相変わらずだね」


「ま、また言った!? キィー!! もう許さないわよ! シノ!」


「またこのパターンか……、この国はどうなってんだ……」


「姫、アヤメ殿、やめるのじゃ! 客人の前でみっともない」


「……テシがそれを言うか?」



 ドガガガガガガガガッ!!


 アヤメはテシの制止を聞かず、目にも止まらぬ速さで小刀を振るう。

 両手に持った小刀による波状攻撃。

 何度も斬りつけられた賀茂カモの鞘は、マシンガンが如き音を上げている。


 ガンッ!


 とシノが力を込め、アヤメを押す。

 アヤメはそれに対し、前へバランスをとるのではなく、後ろへ後方転回バク転してみせた。


 一閃。


 いつの間にか鞘から抜かれた賀茂の刃が、アヤメの鼻先すれすれを通っていく。

 アヤメはそのまま何度か後方転回すると、シノを睨みつけた。



「ころ、殺す気かー!」


「ごめんごめん。でもまあ、あのまま考えなしに突っ込んできてたら、間違いなく胴は真っ二つだったね」


「バカ! キライ! アホ! ナスビ!」


「ごめんってば、けど、そんな迂闊な人は……ねえ?」


「うう……、オニ!」



 ふたりはそう言いながら、お互いの得物をそれぞれ納めた。



「もういいかの、ふたりとも」


「あ、ごめん。いっちゃん。……いたんだ」


「ひ、ひどい! それはワシのことをチンチクリンと言っておるのか!?」


「そんなことないってば!」


「ほ、ほんとじゃな? ……それならいいのじゃが……」


「あれ、その人たちは? ……あ、ごめん自己紹介が遅れちゃったね。わたしは伯斎菖蒲はくさいあやめ。隠密衆――じゃ外国の人にはわかんないよね。ニンジャ! ていったらわかる?」


「あ、はい……」


「わたしのことはアヤメって呼んでもらえばいいから。……伯斎と呼ばないでね」


「わ、わかりました。……えと、オレはルーシーっす。で、こっちはサキ――」


「あなたがルーシー!?」


「は、はい……そうですけど……」


「へー、ふーん、ほー、話に聞いてた子とは随分違うのね……」



 アヤメはタカシに近づくと、色々な角度から見回した。

 タカシは困惑したような表情を浮かべると、その場に固まってしまった。



「は、話ですか?」


「うん。シノがエストリアにいる間も、ずっと文通してたからね」


「仲良しかよ!!」


「うぇ? ち、ちがうわよ! そんなんじゃないわよ! ただその……外国のことが知りたくて……。それで、その手紙の中でよくあなたのことが書かれてたのよ。あなたがあの子シノの彼女だってことも知ってるわ」


「違うわ!」


「え? ちがうの?」


「あの人のいうことは大抵ウソですから……、それにしても、おふたりは仲良しなんですね。斬り合ってたから、てっきり仲が悪いのかと……」


「うん? あたしと漬物ちゃんはマブダチだからねー。実際、幼馴染だし」


「だから! 漬物ちゃんって言うのやめなさいよ! それだけは容認できないっていってるじゃない!」


「ええー? なんで? 漬物ちゃんって可愛いじゃんか」


「嫌よ。あんなのダサくてしょっぱくて、ちょっとご飯に合うだけじゃない!」


「全否定はしないんだ……」


「跡を継ぐのが嫌で、家を飛び出して剣士になろうと思ったのに、シノのせいで破門にされて……」


「いやいや、あれは漬物ちゃんが事あるごとにあたしに斬りかかってきたからでしょ」


「あんたが原因でしょうが! そのあだ名でわたしを呼ぶからでしょうが!」


「そんなにイヤかな?」


「嫌だっつってんでしょ! もう何年も前から!」


「まあまあ、今では立派な隠密衆になれたんだから、これでよかったかもしれないよね」


「それをあんたが言うなー!」


「あのぅ、アヤメ殿……?」


「なによ!」


「そろそろ御客人を皇のところへお連れしたいのじゃが……」


「あ、ああ……、そうよね。ごめんなさいね、ルーシーさん。シノがあんなせいでわたしもついカッとなっちゃって……彼女なのに」


「あ、いえ、お構いなく……あと、自分はシノさんの彼女とかじゃないんで」


「あら。本当に彼女じゃないんだ?」


「はい。全くの事実無根です。根も葉も茎もない、ただのシノさんの妄言です。なんならこっちが迷惑しています」


「ええー? そこまで否定しちゃう? おねーさん、あの夜のこと、いまだに忘れられないんだけどな」


「あの夜って、どの夜ですか……」


「ま、まさか、どの夜かわからなくなるほど、あなたたちは体を重ねたっていうの!?」


「なんでそうなるんですか……」


「と、とりあえず話すのだったら、歩きながら話すのじゃ。アヤメ殿も何か用があってここにおったんじゃろ?」


「おっと、そうだったわ。わたしも皇に用があったんだった。えーっと、それじゃあ……」



 アヤメは辺りを見渡し、馬上で息絶え絶えのサキを見つけると、のそのそと背負った。



「あ、あの……?」


「だいじょうぶだいじょうぶ。変なことで足止めさせちゃったお詫びってことで。この子、あなたたちのお仲間よね?」


「は、はい……というか、こいつさっきよりグロッキーになってるな……」


「えっと……ちなみにこの子は? なんかすごくいい匂いがするんだけど」


「こいつはサキュバスのサキです。いまは訳あって自分の部下で……って」


「ん、どうかした?」


「いま、トバってエストリアと戦争中なんですよね」


「ああ、そういえばルーシーさん、エストリア出身だったわね」


「はい。それで、こんなに良くしていただいて、大丈夫なんですか?」


「うーん、ほんとはいろいろとダメなんだけど、シノが連れてきた子たちだしね。なによりルーシーさんのことは聞いてし。それこそ、シノにやったみたいにいきなり斬りかかったりなんてしないわよ。それにわたしの予想では、あなたたち停戦協定……というより、終戦を言いに来たってところじゃない? ちがう?」


「あ、当たりです」


「ふふん、やっぱりね」


「どうしてわかったんですか?」


「なんてことはないわ。長年同盟国だったってこともあるけど、そもそもトバに攻め込む旨味がないんだもの」


「え? それはどういう?」


「だって、トバの精神は『みんなで分け合う』だからね。いくらこの国でしか取れない鉱石でも、足下を見た価格にはせず、きちんと適正価格で売っているの。争いの種には成り得ないわ」


「そうだったんですね。ちなみにそれは、どのくらいの値段なんですか?」


「そうね、詳しいことはわからないけど……、シノの賀茂と同じくらいじゃないかしら。ねえ、シノ。あんたのその賀茂はいくらだったの?」


「これ? これは貰い物だからね……、よくわかんないな」


「なによ、それくらい知っておきなさいよ。使えないわね」


「いやー、面目ない」


「ほむほむ、ワシの見立てでは――ざっと弐千金ほどじゃな」


「は? え? まじ? シノあんた、どんだけ良い刀持ってんのよ、それ」


「おや、知らぬのか? アヤメ殿、あれは国宝の類じゃぞ。値が張るのは当然……、というか値段をつけること自体がおこがましいのじゃ」


「くっきぃー! なんであんたは国宝級の武器もってて、わたしはそこらへんで買ったディスカウント小刀なのよ! あたしにもなんか寄越しなさいよー!」


「いや、姫は姫じゃからな?」


「なになに漬物ちゃん、隠密衆ってそんなにお給料良くないの?」


「そうよ! こんなんじゃ大好きな甘味も満足に食べられないわよ!」


「なーんだ、甘味が食べたかったの? だったら言ってくれればよかったのに」


「え? お給料上げてくれるの?」


「たしか……、お団子くらいだったら、いつでもおごれるから。あ、なんならエストリアから持ってきたクッキー食べる?」


「け、ケチすぎる! そんなもんじゃアヤメさんは――」


「え? ほんとに? やったぁ! さっそくもらうわね……。もむもむもむ……いまの言葉、もう取り消せないわよ……ふうん、おいしいわね、これ」


「なんて単純な忍者なんだ」


「でもねえ……あんた姫なんだから、ちょっとくらいお給料とかに口利きできないの? こんなんじゃかつかつよ。やっていけないわ」


「いやぁ、そこらへんは口出しできないからねー」


「あの、さっきから気になってるんですけど、弐千金ってどれくらいなんですか?」


「そうだね……どうだろう? いっちゃん?」


「そうじゃな……、だいたい白銀騎士の給料二年分ほどじゃなかろうか」


「に、にね……!? 白銀騎士はエストリアの一般国民と比べても破格な待遇で、給料も天と地だぞ? それの二年分って……」


「国宝じゃからの」


「というか、なんでテシは白銀騎士の給料を知ってんだよ」


「それはの――ふむ、もう皇の間じゃな。話はあとでよいか?」

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