第22話 墓場に行って帰ったら王に尋問された。
「あ、バレた」
タカシに指摘された屍人は、抑揚のない声でそう答えた。
銀髪のショートカットに、ルビーのような色の眼。
青色の肌は墓場の空気とかみ合い、不気味ではあったが、神秘的な雰囲気を纏っている。
顔立ちは屍人とは思えないほどに整っていた。
「バレたも何も、おまえだけなにもかもが異質なんだよ。なんでひとりだけ社交ダンス踊ってんだよ」
「これしか踊れないから」
「変なヤツ……てか、ここで何してんだ」
「みんなと踊ってた」
「そうじゃなくて……、っておまえ、もしかして
「ねくろ……なに? 知らない……」
「じゃあ、おまえも
「あんで……? なんでそんなに、横文字ばかり使うの」
「はぁ……、じゃあおまえはなんなんだ」
「わたし? わたしはアン。それ以上でも、それ以下でもない」
「じゃあ、アン。ここらへんに、おまえのボスみたいなやつはいるか?」
「ぼす……? なにそれ?」
「おいルーシー、こいつ、あたしよりバカだぞ」
「おまえは自分がバカって自覚はあるのかよ……。えっと、ボスもわかんねえとなると、どう説明したもんか……えっと、ボスって言うのはだな――」
「知ってる」
「へ?」
「ボスの意味、知ってるから」
「なんなんだよ」
「ボスはいない。ここにいるみんなは、気づいたら踊ってた」
「んなバカな……」
「あなたも踊ってみる?」
「……なんでそうなるんだよ」
「社交ダンスはひとりじゃ踊れない」
「踊りをやめるって選択肢はないんだな」
「目から鱗。その発想はなかった」
アンはそう言うと、地面にぺたんと座り込んだ。
「お、おい大丈夫か?」
「うん、ちょっと貧血で倒れただけ」
「屍人が貧血……まさかおまえ、吸血性があるのか?」
「ううん、冗談」
「なんなんだよ」
「アンデッドジョーク」
「
「なあ、ルーシー。どうする? まだ掘り起こすのか?」
所在なげに辺りを見渡していたドーラがタカシに尋ねた。
「そうだな。こいつらがなんなのかは気になるけど、今は死体を探すのが先決だ。無視だ無視。こんな変な奴ら」
「死体、探してるの?」
「あ? ああ、そうだよ。理由は言えねえけどな。こっちにも色々と理由があるんだ」
「死体なら、ないと思うけど」
「……なんで?」
「みんなわたしたちみたいに、屍人になった」
「みんな……って、この墓に埋まってる死人全員か?」
「そう、例外はない。……たぶんね」
「なんてこった。それが本当のことだという証拠は?」
「メリットがない。あなたみたいなおっさんを騙しても」
「おっさ……おい、いま、なんつった?」
「おじさま」
「べつに
「じゃあ、なに?」
「おまえ、なんでオレがその……おっさんだって……?」
「え? ルーシー、なにを言ってるんだ?」
「ドーラはすこしお口チャック」
「むー」
「わたしは、外見じゃなくてその本質、魂を見れるの」
「魂……」
「うん。だからあなたが、おっさんだってこともわかる」
「そんなおっさんおっさん連呼されるほど年は食ってねっつの」
「……それと、あなたのことも」
『ふぇ……ええ!? わたしが見えるんですか?』
「見える。たぶんこれは、わたしが生きていないからだと思う」
『や、やりましたよタカシさん! ついにわたしの存在を認めてくれる方が……! 感無量です! 生きててよかった!』
「……突っ込まねえぞ?」
「いいね、そのネタ。いただき」
「おまえも、自分の持ちネタのレパートリーを増やそうとするな!」
「こんなことでもしないと、死んでから暇なの」
「返事に困るようなことを言うな」
「……ルーシー」
ドーラがルーシーの服の裾をつまんだ。
「おっと、悪かったなドーラ。退屈だったろ」
「ううん。それよりもルーシー……」
「そうだな、今日はこれくらいでお開きにするか」
「もう帰るの?」
「帰る。死体もないみたいだし、おっさん呼ばわりされるしで散々だったからな」
「そう。またきてね」
「やだよ」
「えー」
「えーじゃねえよ。てか、なんで来てほしいんだよ」
「暇だから。次来るまでには踊りを上達させておく」
「いらねえよ。せめてそのフラットなしゃべり方を直せ」
「わかったわぁぁぁ」
「気持ち悪い裏声を使えって言ってんじゃねえよ! もうちょっと感情込めてしゃべれっつってんだよ。もっとこう……ハキハキとさぁ!」
「屍人だから、こういうトーンでしか話せない」
「あ、そ、そうなのか……なんか、無理なこと言って悪かっ――」
「アンデッドジョーク」
「二度と来るか! バカ!」
タカシはそう言うと踵を返し、ズンズンと歩いていった。
「ねえ、そこのヒトダマさん」
アンはなにかを思い出したように、ルーシーを呼び止めた。
『え? なんですかアンさん』
「あのさ……」
『はい……』
「名前、なんだっけ」
『あぁ、えと、ルーシーっていうんですけど』
「そう、ルーシーさん」
『はい……』
「………………」
ふたりの間に重い沈黙が横たわる。
『えっと……』
「なに」
『その、どうかしましたか?』
「どうもしてないけど」
『……なんで名前を……?』
「聞いてなかったから」
『そ、そうなんですね……じゃあこれで……』
「体、取り戻せるといいね」
『そ、そうですね……あは、ははは……』
◇
エストリア行政区。
王城にある謁見の間。
そこでタカシは、マーレ―を前に跪いていた。
今から数時間前、墓場から戻ったタカシは青銅騎士詰所へと向かっていた。
そこで道中、タカシは王の使いの者に呼び止められた。
使いの者は「詳しい話は王から」という文言だけを託した。
その様子から、使いの者も要件を聞かされていないことが聞いてとれた。
「あの、自分になにか……?」
「え? あれ? もしかして、見た?」
「えっと……何をでしょうか」
「ほう、とぼけるか」
「やるじゃん」と小さく呟くと、頬杖をつき、タカシをじっと見つめた。
タカシは小首を傾げると、目を瞑って唸った。
「もしかして……屍人、ですか?」
「そうだ。見たのだな」
「……はい」
「そうか。……はぁ、どうしたものかな……」
「あの、出過ぎたマネとは存じますが、その……」
「ふむ。その様子だと、聞いたことはあるみたいだな」
「はい、一度、カライ国の将軍と名乗る者から」
「どういうふうに聞いたのだ」
「『エストリアでは悪しき研究が行われており、それは死人を生き返らせているものだ』と」
「半分正解で、もう半分も正解だ」
「百パーセント正解!?」
「まあ……」
「ということは、ほんとうにそのような研究を……」
「いやなに、はやまるな。儂はこの件には関与していない。儂のあずかり知らぬところで、誰かがこの研究を推し進めているのだ」
「お言葉ですが……そのようなことが可能なのですか?」
「……なにが言いたい」
「いえ、変な意味ではなく、ただの客観的に見たときに生じる問題で……」
「まあよい気にするな。申してみよ。……ただしこの場合、気にはしなくても、王は傷つくものとする」
「すみません……やっぱやめておきます」
「ありがとうございます。……儂もこの国のことなら、なんでも知っているというわけではないのだ。なにせ、国のトップであるからして、日々多忙を極めているからな。そしてそのような怪しい研究のひとつやふたつ、関知していたらキリがないのだ」
「こ、この国では、そんなにも怪しい研究を行われているんですか」
「いや、適当に言ってみただけだ」
「はぁ……」
「でも、さすがにこれは道徳的に看過できないないのでな。事情を知った者に、なにか思い当たる節があるかを聞いているのだ。……大抵が役に立たないのだがな」
「……お役に立てず、申し訳ございませんでした」
「まあまあ、そう不貞腐れるな」
「不貞腐れてないです……」
「……だが、これはこれでいい機会かもしれんな」
「と、言いますよ?」
「ちょうどこんなのが投書されていてな」
マーレ―はそう言うと、下敷きほどのサイズの紙を懐から取り出した
「これは……?」
「依頼書だ。民からの投書を役所が受理して、それを任務として発行しているのだ」
「拝見しても?」
「ちょっとくさいかも。加齢臭とかで」
「えぇ……」
タカシはあきらかに嫌そうな表情を浮かべると、近くまでいき、嫌そうに依頼書を受け取った。
「女の子にその反応をされると、さすがに傷つく」
「も、申し訳ありません」
依頼書には『騒音問題を解決してほしい』と書いてあった。
「読んでみますね。……えっと、『近頃、墓地からノリノリのポップミュージックが聞こえてきています。おもわず踊ってしまいそうなほどのハイなテンポで、毎日がエブリデイです。最近では睡眠時間を削って、踊りの練習に明け暮れてしまっています。そのおかげで筋肉はつき、体が引き締まり、最近綺麗だねって旦那に言われて迷惑しています。一刻も早く、この問題を解決してほしいです。よろしくお願いします』って、書いてありますね」
「そう、それにすこし難儀していてな」
「難儀もなにも、とくに困っているようには、文脈からは読み取れませんでしたが……」
「そうか? 儂はポップミュージックをギュインギュインのロックにすれば、万事解決すると思ったんだがな」
「なにをだよ! ……ではなくてですね。こんなことは役所が受理するほどの案件ではないと思うのですが」
「おっと、もう気づいてはいるとは思うが、この事件の中心にいるのは屍人だ。いまはまだこの依頼人は気づいていないかもしれないが、放置しておけばいずれ否応にも気づかれる」
「……要するに、そのはた迷惑な音楽の再生を、国民たちが気づく前にストップしてこいってことですよね」
「そう、とも言えるのだろうか?」
「そうなんですよ! だから、その音の発信源を叩けば――」
「音楽は止む、ということだな」
「あ、はい」
「ほうほうなるほど、その手があったとはな、全く考えつかんかったなー」
「ゲ、まさか……」
「そうなってくると、やはり発案者の人が直接行くほうが確実だなー」
「しまっ……」
「よし、ルーシー。大変心苦しく、恐縮ではあるがその任務を任せることにする」
「いや、でも……」
「これは命令である」
「拒否権は……」
「あるとおもうか?」
「……あるとおもいたかったです」
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