第19話 新居に越したら上司もついてきた。

 エストリア行政区。

 そこは日夜、エストリアの更なる発展、繁栄を願う者たちが、身を粉にして働いている場所である。

 もちろん、国民を守る立場にある、騎士という職業の者たちも例外ではない。

 青銅詰所、白銀詰所、黄金詰所もそのうちのひとつである。

 暇な者以外は、基本的に勤労時間内はそこに在中している。

 だが、その中でひとつの問題が発生しているのである。

 居住区と行政区、その二区間を行き来することは、日々激務に励む騎士たちの、更なる負担となりかねない。

 そこで発案されたのが、騎士専用寮。

 騎士の負担の、その一端をなくすべく建設された寮は、寮というよりも、もはやホテルに近く、様々なアメニティが備え付けられていた。

 騎士専用寮はその階級に応じ、詰所と同じように三つのグレードに分けられている。

 青銅、白銀、黄金である。

 しかし、騎士専用寮と謳ってはいても、一般国民、または渡航者ならびにランク外騎士でも、宿賃さえ払えばだれでも宿泊できる施設である。

 無論、その寮に適した肩書をもった者は、無料で利用できることになっている。

 そこは国が負担することになっている。

 タカシはそこへ居を構えるべく、なんとなくそりの合わない父親がいる家を飛び出して、ここへとやってきていた。



「えーっと、ルーシーさん? 聞いてるよ、おめでとう。最年少で青銅騎士に選ばれたんだって?」



 寮のロビー。

 豪華絢爛、風光明媚なつくりの黄金騎士ホテル……とまではいかないものの、ごく一般的なホテルとはなんら遜色ないほどの、騎士専用寮。

 そこへ大仰な荷物を抱えたタカシが、フロント係の男と向かい合っていた。



「はい、そうです」


「すごいですね。私の娘もルーシーさんを見習ってほしいものです」


「はぁ……」


「あ、そうそう。ご入居の手続きでしたな。その手荷物はすべて私物でよろしかったですか?」


「あ、はい。途中、何度もムカついて道中に遺棄してやろうと思ったんですけど『やめてください! 泣きますよ!?』って囁くんですよ、オレのゴーストが……」


「はぁ、そりゃ難儀ですね……ところで……」



 フロントの男はタカシの横にいたドーラを見た。



「その娘は……?」


「こいつは……ペットです」


「だ、だれがペットだ! だれが! あたしはリッパなドラ……むぐっ、むぐぐぐ!」


「余計なことを喋るな。おまえが付いてきたいってゴネるから、連れてきてやったんだ。これ以上何か言ったら、ウチに帰すからな……! いいか……!」


「……! …………ッ!!」



 ドーラは涙目になりながら、タカシの問いかけにうんうんと頷いた。



「あの……」


「ペットです!」


「あ、はい……まあ、いいんですけどね。ペット持ち込み不可じゃないですし、そもそも騎士さんの中には、商売女をペットとかのたまって、自室にあげることなんかザラですし」


「ま、まじすか……大変すね」


「それに比べたら、小さなお友達くらい、なんてことないかと。はは……ははは……って、女の子にする話じゃないですね……」


「へははは……ふはは……」


「では、こちらに必要事項を記入してください。太線の中だけで結構ですので……そして、こちらがお部屋の鍵となります」


 そういってフロントが差し出してきたのは「青銅六〇二」と書かれた鍵であった。


「……すごいっすね。いろいろと」


「パット見、わかりやすいものがいいですからね……それとこちら、スペアキーはございませんので、失くした場合、届け出のほうと、お金を少々いただくことになります」


「了解しました」



 すべての記入が終わったのか、タカシは紙をフロントへ提出すると、鍵を受け取った。



「ああ、それとすこしご留意いただきたい点が……」


「はい?」


「その、できれば私を恨まないでください……」


「はぁ?」





「六〇二……ここだな」



 青銅騎士専用寮、その六〇二号室。

 タカシはその扉の前に立っていた。



「なあなあルーシー、メシはまだか? あたしはハラがへったぞ」


「おちつけ、あとで一階にあるビュッフェとかいうのに連れてってやっから。それまで我慢しろ」


「びゅへー? なんだそれ?」


「それはほら、あれだよ……なんかの楽器の名前だよ。ビュ~ッフェ~って音が鳴るんだよ」


「ガッキ? かたくておいしくないあれか?」


「まあ、そんなも――」


「違うよ、ルーシーちゃん。ビュッフェは自助餐って意味だよ。出来合いの料理を自分で取って食べることができるんだ」


「え、シノさん?」


「はろー、こんにちは、ルーシーちゃん、ドーラちゃん」


「あ、まえがみおばけ」


「おばけはちょっと傷つくかなぁ……」


「あの、シノさん、どうかしたんですか? ここは青銅寮ですよ?」


「ん? どうって……あ、そうそう聞いてなかった? 今日からルーシーちゃんの隣の部屋で暮らす、シノって言います。コンゴトモヨロシク」


「え、ちょっと……理解が追いついていかないんですが……」


「むむ、エストリアにある騎士専用寮って、名ばかりって知らない?」


「いえ、青銅になったあと、一通り説明は受けたつもりなんですが……もしかしてシノさん、自腹でここに住むつもりなんですか!?」


「そういうこと! 隣人同士だね!」


「あのフロントのおっさんが言ってたのってこれか!」


「それよりさ、ビュッフェいかない? シノ先輩がおごっちゃうよー?」


「おお……! ルーシー! いくぞ! びゅへーだ、びゅへー」


「いいねドーラちゃん。ノリノリだねえ。よし、荷物を置いたら一階に集合だ!」


「おおー!」


『なんというか……災難ですねタカシさん……』


「……なんだよ、おまえの憧れのシノ先輩だぞ。もっと嬉しがれよ」


『や、なんというか……わたしの知っているシノさんは、こうじゃなかったというか……もっと、凛としていて、無口で、おしとやかで……』


「『憧れは理解から一番遠い感情だよ』って、ばっちゃも言ってたしな」


『そのばっちゃは何者なんですか!?』


「シノという名前の同姓同名とか?」


『それは違う……のかな……?』


「ねえだろ。自信を持てよ」





「やー、食ったね。……でもまさか、ドーラちゃんの食欲がここまですごいとはね。置いてあったお皿、全部平らげちゃったじゃん……ドラゴンはさすがというか、なんというか……」



 食堂では従業員やシェフたちが、営業時間内であるにも関わらず、泣きながら食器の後片付けをしていた。



「アジはビミョーだけどな! あたしはやっぱ、ルーシーんちのメシのほうがすきだ!」


「でも、ルーシーちゃんが白銀騎士に上がれば、もっとおいしいごはんが食べられるかもしれないよ?」


「そ、それはホントか?」


「うんうん、だからルーシーちゃんを応援しようね」


「ルーシー、がんばれー!」


「フレー、フレー、ルーシーちゃん」


「……あの、そろそろ理由を聞かせてもらっていいですか?」


「え? おごってあげた理由?」


「違いますよ! わざわざオレの隣に越してきた理由です! てか、おごったって言ってますけど、ここに住んでる騎士はビュッフェも無料で利用できるじゃないですか」


「まま、かたいこと言いなさんなって」


「あのですね……」


「そうだねー、ここで話すことでもないし……あたしの部屋、行こっか」


「……身の危険を感じるんですけど……」


「うだうだ言ってっと、まじで犯しちゃうよ?」


「ひぃっ!? いきまふ!」





 青銅騎士専用寮。六〇三号室、シノの部屋。

 ドーラはすでに六〇二号室に戻っており、部屋にはタカシとシノ、そしてルーシーがいた。

 シノの部屋にはベッドやクローゼットなど、洋風なものは全くなく、すべて和風のもので統一されていた。

 タカシはそんな部屋で、畳の上にちょこんと正座をしていた。



「ルーシーちゃん、ちょっと待ってね。もうすぐで、お茶がはいるから」


「あ、おかまいなく」



 ややあって、シノが丸いお盆を抱えて現れた。



「へえ、おどろいた。こっちの人でも正座するんだ。もしかして、ルーシーちゃんの両親のどちらかはトバのひと?」


「えと、トバ……?」


「ああ、知らないならいいや。ごめんね、その座り方が楽ならそれでいいんだけどさ。でも、自分から正座してる人を見るのは初めてだから、ちょっとびっくりしたかな」


「……前から思ってたんですけど、シノさんってこの国の出身じゃないですよね? どうしてここで騎士なんかを?」


「うおっと、質問しようと思ってたあたしが、まさか質問される側にまわっちゃうとはね」



 シノはそう言って、悪戯ぽく笑ってみせた。



「あ、すみません。気になってしまって、つい」


「いいよいいよ、隠してることじゃないし。……うーん、そうだね。あれはどれくらい前に遡るんだろうか――」

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