第12話 幽霊を怖がってたらドラゴンが出てきた。

「姉御! マジっすか! マジであの炭鉱に行っちゃうんすか!?」


「耳がはえーよ」



 王との謁見の後、タカシは自宅で炭鉱をへいく準備をしていた。



「あとな、ごく自然に女子の部屋に入ってくるな。オレの宿主さんがドン引きしてるぞ」


「あんなとこ、命がいくらあっても足りないっすよ!」


「無視かよ……。命がいくつあっても……というか、全員無傷で帰ってきてるんだろ? なら大丈夫だろ」


「あ、もしかして聞いてないんすか?」


「なにをだよ」


「やっぱり聞いてなかったんすね……」


「だから、なにをだよ」


「全員無傷で帰ってきたってことは正しいんです。……正しいんですけど、その任務に就いた騎士全員、その日のうちに騎士団をやめているんです」


「はぁ? どういうことだよ」


「オレにもよくわかっていないんですけど、なんというか……心神喪失っていうんですかね。みんな怖がってその出来事を語ろうとしないんすよ」


「ますます意味わかんねえよ」


「こっからはオレの推理なんですけど、たぶんみんな、お化けを見たんじゃないかと……」



 しばらくの沈黙のあと、急にルーシーが噴き出した。



『ぷっ、お化けですってタカシさん。子供だましにもほどがありませんか。ちょっと心配してましたけど、これなら……って、なんで泡吹きながら白目剥いてるんですか!』


「ばばば、バカヤロウ! お化けなんてないさ。非科学的さ。非営利的さ」


『なんで膝が震えてるんですか。なんでちょっと涙目なんですか。なんで唇が青くなってんですか。……もしかして――』


「こ……怖くない! 怖いわけないだろ!」


『そ、そうですか……極端にわかりやすいですね。……それでも行くんですか?』


「……行くしかないんだろ?」


『王様もそう言ってましたね……』


「こんなことになるならやめときゃよかった……」


「姉御、いまからなら取りやめれるかもしれませんよ」


「まじかよ」


「……でもそうなると、昇進の話はなくなるかも……」


「うう……だよなぁ……」


『あ、でもシノさんなら手伝ってくれるって言ってましたよね?』


「相手は実体のないお化けだぞ。あの人に何ができるってんだよ! てかあの人は何ができるんだよ!」


『そ、そんなにブチギレなくても……』


「うう……、なにかいい案は……」


『あのタカシさん、今更なんですけどわたしはここで辞めても、べつにタカシさんを責めたりしませんからね!』


「そ、そうだ! 魔石の炭鉱って、火気は厳禁だったりするのか?」


「えっと……そっすね。埋まっている魔石の種類によりけりですけど、炭坑内は原則火気は厳禁ですね。爆破魔法系の魔石にもし衝撃なんて与えた日には、悲惨なことに……」


『ん? ちょ……タカシさん? 何を考えているんですか?』


「汚物は消毒だ」





 エストリア王都から歩いて、三時間ほどの場所にその炭鉱はあった。

 炭鉱はもはや廃坑化しており、人の気配どころか、生き物の気配すらなかった。

 風が吹けば炭坑内でそれが反響し合い、ヒューという音が鳴っていた。

 タカシは眉をひくひくと動かしながら、炭坑の入り口をにらみつけている。


「ちっ、ヘンリーめ……。途中で逃げやがって……」


『さてさて、なにから取り掛かりましょうか』


「とりあえず、爆破すっか!」


『ダメですよ! ほんとうに廃坑にしてどうるんですか!』


「ちっ」


『舌打ちしてもダメです。さあ、まずは実地調査です。ずずいっと入っていきましょうよ』



 タカシはルーシーに促されると、しぶしぶ炭鉱の内部へと入っていった。



「……なあ、気のせいだとは思うんだけど、おまえなんか、楽しんでないか?」


『気のせいじゃないです。本来、こういうのとはちょっと違うんですが、探索みたいでワクワクしませんか?』


「まぁ、そうだな」


『でしょ? タカシさんは男の子なんですから、ほんとはワクワクしてるんじゃないですか?』


「……お化けさえ出なければな!」


『ま、まあまあ、そんなお化けみたいな顔しなくても……。それよりも、なんでタカシさんってそんなにお化けが怖いんですか?』


「怖いんじゃねえって! 嫌いなんだよ!」


『な、なんで嫌いなんですか?』


「それを言わせるかね」


『聞きたいです』


「いやですぅ!」


『なんでですか』


「恥ずかしいからですぅ!」


『じゃあもう聞きませんぅ!』


「よし!」


『……タチサレ……』


「はぁ?」


『どうかしましたか?』


『タチサレ……タチサレ……』


「おまえ、こんなときに悪ふざけするなよ」


『え? なにがですか?』


『タチサレ……』


「おい、まじでやめろよ。いい加減にしないと怒るぞ。怒髪天だぞ」


『ちょ、わたしじゃないですって!』


「じゃあほかにだれがいる――」


『グオオオオオオオオオオオオオオオ!!』



 腹の底にずしんと来るような唸り声が、タカシの鼓膜を震わせる。

 炭坑内は地震のようにガタガタと揺れ始め、パラパラと天井から小石や砂などが降った。



「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」



 タカシは腰を抜かすと、四つん這いになりながら、ゴキブリのようにシャカシャカと炭坑内から出ていった。

 炭鉱から出ると、タカシは目を白黒させながら入り口を見つめた。



「なんかでた! なんかでた! なんかでたァ!!」


『落ち着いてください! なにも出てません! 声だけです!』


「もういやだ! もうダメ! もう焼き払うもんね!」


『そ、それだけはダメです!』



 タカシは山賊のアジトから持ってきていた手袋を右手にはめると、それを坑内へと向けた。

 手袋からは、山賊が出していた火の玉とは、全く規模の違う火球が精製された。

 大玉の火球が、次第に手のひらを中心に収束していく。

 火球の熱気は周囲の空気を焦げつかせながら収束していくと、ビー玉のようなサイズとなった。



「消しとべ!」



 タカシがそう言うと、火球は銃弾のようにまっすぐに飛んでいった。

 炭坑内に火球が侵入すると、バチバチという音が鳴った。


 ドグォォォォオオン!


 すこし遅れてから、地面を揺らすほどの大きな地鳴りが轟く。

 やがて炭坑の入り口からは、もうもうと黒煙が立ち昇ってきた。

 そのころにはすでに地鳴りは止み、炭坑内から断続的に火が弾けるような音が続いた。



『ちょ、タカシさん……』


「……なにも言うな。もう終わったんだ。お化けは消し炭なった。オレたちの戦いはもう続かない……」


『せめて内部は確認しておきたいですね。まだここが、採掘場として機能するかどうかくらいは――』


「ゴホッ、ゲエッホ、エホ、オホ、オエエエエエエエ!!」



 ルーシーが言い終える前に、炭坑内から激しく咳込む声が聞こえてきた。



「ころ……、ウォッホ、ゴホッ、殺す気なのかぁー! おまえらー!」



 炭坑内から出てきたのは少女だった。

 日を照り返すほど輝く金髪に、透き通った琥珀のような眼。

 着用しているものは服というよりも、もはやビニール袋のようなものに近かった。

 年のころはルーシーよりひと回り小さいほど。

 頭からは鹿の角のようなものが、二本にょっきり生えていた。



「せっかく寝てたのに、おま、ゲエッホ、エホ、エホ、おまえらー! 許さ――」


「悪霊退散!!」



 少女が言い終えるよりもはやく、タカシは腰に差していた剣を抜き、少女の首めがけて剣を振りぬいた。


 ガキン!


 と、およそ肌と剣が接触したとは思えない音が響いた。

 剣は少女の皮膚にはじかれると、ぽっきりと折れてしまった。

 しかし衝撃までは吸収できなかったのか、剣で切られた方向へと吹き飛んでいった。



「……あれ? お化けなのに手ごたえがある……?」


『ちょ、なにやってんですかー! 信じられない! この人でなし!』


「え? や、やば!」



 我に返ったタカシは、吹き飛ばした少女のほうへ駆け寄っていった。



「だ、大丈――うわ」



 少女は滝のような涙を流し、うつぶせでシクシクと泣いていた。



「う、うう……寝てただけなのに……」


「えと……てことは、キミが炭鉱の化け物の正体……?」


「バケモノちゃうわ! あたしからしたら、あんたのほうがバケモノじゃ!」


「ご、ごめん。けど、なんであんなとこに……」


「行くところがなかったんじゃ! 文句あるか!?」


「う、うーん。……まあとりあえず、家に帰ったほうがいいんじゃないか?」


「家なんてないわ!」


「孤児か?」


「孤児ちゃうわ!」


「じゃあなんなんだ」


「リューじゃ!」


「え?」


「おまえら人間からしたら、トカゲみたいなもんじゃ!」


「リュー……って、竜!? ドラゴンか!? もしかして?」



 タカシは少女を頭のてっぺんからから、つま先まで見まわした。



「じゃあこれは……」



 タカシは少女の頭に生えている角を引っ張った。



「いだだだだ! 痛いわぁ!」



 少女はタカシを突き飛ばすと、自らの角を優しくさすった。



「じゃあ、あの爆発のなか生き残ったのも、剣が折れたのも……」


「全部あたしの鱗のおかげじゃ!」


『……なんかすごいことになってきましたね。炭坑内に巣食ってた怪物は少女で、しかもその少女はドラゴンだったなんて……』


「ドラゴン娘かよ。なんでもありだな」


『町にも魔物はいるんですけど、わたしもドラゴンは初めて見ましたよ』


「珍しいのか?」


『はい、ドラゴンなんて個体数は少ないですし。目撃例も極端に少ないんです』


「……それが、こんなところで見つかるとはな」


『行くところがないって言ってましたし、いろいろと苦労してるんですね、この子も……』


「まあ、この世界のことはまだわからんが……、このままここに放っておくわけにもいかないだろうな」


『ですね』


「ぐすっ、おまえ、もう絶対許さないからな! このアホー! 人間―! あほ人間―!」


「……なあ少女よ」


「少女ちゃうわ! 今年で十万とんで九歳じゃ! あんたよりお姉さんぞ!」


「レディよ!」


「な、なんじゃいきなり」


「行くところがないって言ったよな?」


「それがなんだ!」


「なんならオレの家に来るか?」


「え? いいの?」


「ああ、しかも三食寝床つきだ」


「じょ、条件が良すぎる……、もしかして……あたしを捕まえて、切り離したり、くっつけたりしようとするつもりじゃないだろーな!?」


「だれがマッドサイエンティストだ。同情心からくる弱者へと施しの精神だよ」


「……うん、なにを言っているかイマイチよくわからないけど、そこまで言うならついてってやろうではないか」



 ドラゴンの少女は高らかに笑ってみせると、王都とは逆方向に歩いていった。



「どうだ、ちょろいだろ」


『いいんですか? こんな、安請け合いしちゃって』


「いんだよ。問題も解決できて、なによりドラゴンって珍しいんだろ? 王様に献上すればなにか褒美があるかもしれないしな」


『うわ、悪魔ですかあなたは! やめてください、あの子が可哀想です』


「ばか言え、社会貢献だよ。オレはあの少女を、もっとみんなの役に立てようとしているだけだ。……それに、最悪殺されはせんだろ」


『ちょ、変なフラグ立てないでください。いやな予感しかしないんですけど』


「おーい、少女よ! そっちは逆だ! こっちだぞ!」


「少女じゃない! あたしはレデーだってば!」

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