第9話 敬語を話してたらバカにされた。
タカシはノーキンスの誤解を解いたあと、遅れてやってきたノーキンスの部隊と合流した。
部隊はみなノーキンスが勘違いをしていたことを知ると「またか」という、呆れるような表情を浮かべた。
タカシたちはノーキンスの計らいで、馬車に乗りそのまま本国への帰還する運びとなった。
「なんか、自分たちだけ悪いです」
タカシが馬車の窓から、申し訳なさそうに顔を覗かせた。
その視線の先にいるのはノーキンス。
ノーキンスは馬車には乗らず、徒歩で馬車と並んで歩いていた。
「はっはっは! 大丈夫。心配ないよ。僕は歩くのが好きだからね。それに、僕が入ると馬車がぎゅうぎゅうになるんだ。だからほんとうに気にしないでいいよ」
ノーキンスはタカシからの問いかけに、満面の笑みで答えた。
「はぁ、恐縮であります。では、エストリアに着くまで、お言葉に甘えさせていただきます」
タカシはそう言うと、馬車の中に頭を引っ込めた。
『タカシさん、タカシさん』
「なんだ、ルーシー」
『敬語、使えたんですね』
「……バカにしてんのか?」
『あ、いえいえ、決してそのようなことは……ぷくく……恐縮でありますって……ありますって……』
「……ちっ、昔から年上って生き物は、あんまり得意じゃねえんだよ。それにおまえ、いまは上司みたいなもんだろ? そりゃ敬語くらい使うだろ。普通はさ」
『わたしてっきり、タカシさんは普通じゃないと思ってましたよ』
「おい、ちょっと待て、それどういう意味だコラ」
『あ、違いますね。普通じゃないとおもってたであります』
「てめえ……ッ」
「姉御、姉御」
「なんだよ、ヘンリー」
「敬語、使えたんすね」
「……ほぅ――」
「あああああああああああああああああああああああぅぃっ!!」
突然、馬車の中からボロ雑巾を引き裂くような悲鳴が発せられた。
ノーキンスの部隊はみな、顔を見合わせる。
しかしノーキンスが気にしていないのが分かると、何事もなかったように行軍を再開した。
◇
太陽が完全に沈み、月が真上に昇ったころ。
タカシたちの乗っている馬車が、その常足を止めた。
「おーい、ルーシーちゃーん。エストリアに着いたよー!」
『タカシさん、着いたみたいですよ。ノーキンスさんが呼んでます』
「……ぷあ?」
『ちょっと! 口の端がよだれで、カッピカピになってるじゃないですか! ちゃんと拭ってから、馬車から出てってくださいよ? だらしないです』
「ういうい……」
『「うい」は一回!』
タカシは身を起こすと、転がっていたヘンリーの服でゴシゴシと口もとを拭った。
『ちょっと、タカシさん。それじゃ余計に汚れちゃいますって。もうちょっとましな布はないんですか?』
「ふぁぁ……。んまあ、いいだろ。重要なのはよだれの跡を消せるか否かだ。これ以上汚れようが関係ねえ……、オレに指図をするんじゃあないッ!」
『かっこつけてもダメです。あと、それはちゃんと片付けておいてください』
「ほいほい」
『「ほい」は一回でしょうが!』
「いや、「はい」だろ……」
タカシはそう言うと馬車の扉を開け、ヘンリーを外へ放り投げた。
勢いよくドシャッと地面にぶつかったヘンリーは、その衝撃で目を覚ました。
「あ! 姉御!? おはようございます!」
「おう、いい夢見れたか?」
「いえ、どちらかというと悪夢を見てました!」
「そうか」
「おっほ! 清々しいほどに無関心すね! ……あ、手、貸しましょうか?」
「馬車から降りるだけだ。必要ねえ……よっと」
馬車から降りたタカシは周辺をキョロキョロと、物珍しそうに見渡した。
タカシたちはすでに門を越え、エストリア国内に入国していた。
「いまオレたちがいるのは、エストリアの中央にある広場っすね。エストリア国内は大きく分けて、政治や公の仕事を執り行う城のある、行政区。エストリア国民が住んでいる居住区。商売や貿易が盛んな商業区の三つがあるんすよ。この噴水公園は居住区の一角なんすよ」
「……あのさ、オレってこの国の国民で、一兵士だよな? その説明いるのか?」
「あ、いえ、姉御がすごく目ぇ輝かせて見てるもんすから……なんか初めてなのかと思って……」
「つか、なんでオレら居住区にいるんだよ。王様に報告しに行くんじゃねえのかよ」
「それは……なんでっすかね? オレにもわかんないっす」
「それは僕が報告しておくからだよ。ルーシーちゃん色々あったんだし、今日はもう疲れてるでしょ?」
「え、いえ、それはさすがに悪い気が……」
「ん? ああ、大丈夫大丈夫! 昇進の件はきちんと王様には言っておくよ! 心配しないで!」
「いえ、そういう意味では――」
「どわっはっはっは! バイ!」
ノーキンスはそれだけを言うと、部下たちを引き連れて夜の闇に紛れていった。
「……ほんじゃあ、ノーキンスさんも帰ったし、オレももう帰るわ。じゃあな」
「はい! お疲れ様っす!」
タカシはヘンリーに告げると、ノーキンスとは逆方向へ歩き始めた。
ヘンリーはタカシに深々と頭を下げると、タカシのあとをついていった。
「……おい」
「はい!」
「おう、元気いいな! ……じゃねえよ! なんだおまえ? このくだりはもうアジトでやったろうが!」
「ええ!?」
「ええ!? でもねえよ。むしろ、こっちがええ!? だよ。なんで付いてきてんだよ」
「いや、オレもう姉御の舎弟なんで、身も心も姉御のモノなんで」
「き、キモチワルッ! 時と場合によっちゃおまえ、射殺されても文句言えないぞ」
「そんなつれないこと言わないでくださいよー、同じ牢にぶち込まれた仲じゃないっすか」
「知らねえよ。たまたまぶち込まれた牢におまえがいただけだろ。友達面すんな恥ずかしいやつめ!」
「それを言ってんじゃないっすかー。たのみますよー」
「たのむって何をだよ。いよいよ気持ち悪いぞおまえ。……つかおまえ、家族くらいいるだろ。さっさと帰れよ」
「か、家族っすか……まあ、あいつらはそう言えなくはないんすけど」
「は? なんか言ったか?」
「はは……いえ、さすがに迷惑っすよね。やっぱり今日のところはオレ、帰ります」
「お、おう、気持ち悪いくらいに聞き分けいいな。ほんじゃ、また」
「何回気持ち悪いって連呼するんすか……いいですけど……。では、また……」
ヘンリーは消え入りそうな声でそうつぶやくと、タカシに背を向けて歩き始めた。
「おい、ルーシー」
『はい、なんですかタカシさん』
「ルート案内を開始しろ。実際の交通規制に従って、安全にな。高速は利用しないでいいぞ」
『高速? ……あ、はい。とりあえず、そこの角を右に曲がってください』
「了解」
『ヘンリーさん、なんか元気なかったですね……。タカシさん馬車のあれ、やりすぎだったんじゃないですか? あ、つぎ左です』
「いや、さっきの会話からして、あきらかにそれじゃねえだろ」
『え? じゃあなんですか?』
「しらねえよ! しりたくもねえよ!」
『それにしても、すごいですよね。あ、そのまま真っ直ぐです』
「了解。……って、なんのことだよ」
『タカシさんの魔法ですよ! なんであんなことできちゃうんですか?』
「どんだけ知りたいんだよ! その話はもういいだろ」
『いやあ、こうやって褒めていれば、いずれはポロリと言ってくれるかなって。淡い期待を抱いているわけですよ』
「この、控えめな胸にか?」
「バカ! 隙あればセクシャってきますね! 本職は変態ですか?」
「職業変態ってなんだよどうやってメシ食っていくんだよ! 社会保障とかどうすんだよ!」
「……そのツッコミづらいツッコミやめてくれませんか?」
「おまえがはじめたことだ。……だいいち、おまえはオレをなんだと思ってんだよ」
『いえいえなんとも思っていませんよ。ただ、目の前におとぎ話で出てくるような魔法を使ってる人がいるんですから。それもわたしの体を借りて。気にしないほうがおかしいじゃないですか』
「……まあ、魔法はこの世界に来る前に、ちょっとだけ練習してただけだよ」
『ほほう、練習ですか。それってわたしでもできるようになるんですかね?』
「無理だろうな。すぐに根をあげるだろうな。それにおまえ、もう半分死人だし」
『ム。そんなこと言って、あとで吠え面かいても知りませんよ? わんわんって言っても、よしよししてあげませんからね?』
「フフハハハハハ! ……まあ、期待せずに待っとくわ」
やがてタカシは居住区の外れにある、レンガと木で造られた、古めの建物にたどり着いた。
郊外なだけあって、その家の隣には個人で所有している、小さな畑があった。
「ここか?」
『はい。……なんか、なつかしいです。そんなに時間は経ってないはずなんですけど』
「……ただいま、でいいんだよな?」
『はい。いまはタカシさんの家でもありますからね。元気よくおねがいします! いつも通りのわたしで!』
タカシは家の前まで行くと、ドアの取っ手に手をかけた。
◇
王城内にある謁見の間。
重厚な鎧を身に纏った近衛兵が、王座まで続く赤絨毯の両端に、等間隔で配置されていた。
王座には無精ひげを生やした男が、どんと鎮座していた。
男の名はマーレー。
エストリア国第五代目の王である。
その体躯は大男であるノーキンスにも引けを取らないほどに大きく、真紅のマントを纏っていなければ、誰もが王とは思わないほどに型破りな風貌であった。
そしてマーレ―の眼下には、ノーキンスが恭しく跪いていた。
マーレ―は「頭をあげよ」とノーキンスに告げると、ノーキンスはゆっくりと頭をあげた。
「して、首尾は……聞くまでもなかったか。しかし、おまえが傷を負うのも珍しいな」
珍しいと口にしたのにも関わらず、マーレ―は眉ひとつ動かさなかった。
「いやあ、違うんですよ王様! 僕が戦地に向かおうとしたときには、すでに戦いは終わってたんです!」
「……なんだと? あの白銀騎士……名前はなんといったか」
「フレイです」
「そうだ。あの者が言うには、戦局はすでに決していたのではなかったか?」
「どうやら、そうではなかったみたいですね!」
「……なにか、知っているようだな」
「はい、実はすこし、王の耳に入れておきたいことが……」
ノーキンスはそう言うと、自分の知っている範囲内の出来事を王に説明した。
「……なるほど、ではその傷はその者につけられたと?」
「そうなんです! 恥ずかしい話なんですけど、まさかあんな女の子に蹴飛ばされるなんて、夢にも思わなくて……」
「儂もにわかには信じられんがな……して、その者は……」
「今日のところは家に帰しておきました!」
「……そうか」
「それでなんですけど、どうしますか? あんな子、なかなかいないですよ」
「そうだな。ドラゴンの襲来から生き残り、かつおまえに蹴りを入れ、挙句ケガまで負わせるとは、面白いかもしれんな」
「では……?」
「そう結論を急ぐな。そのような者がいれば、儂のところに連絡が来るはずだ」
「いえ、でもたしかに、ルーシーという名の兵士は所属していました」
「それではいままで、その能力を隠していたということか?」
「そういうことになるんじゃないですかね……?」
「この国の騎士制度はおまえも知っているだろう?」
「……雑兵クラスと青銅クラスの騎士とでは、天と地ほどの報酬の差がありますね。名誉も地位も……」
「隠しておく理由はなんだ?」
「目立つのが嫌だった……?」
「……まあ、どのみち見極めが必要となるだろう。我が国の助けになるならばよし、もしその逆になりうる存在であれば――」
「どのみちこの話はこれ以上、本人抜きにはできませんね」
「そうだ。明朝、そのルーシーとやらをここに呼ぶ。そのときにはあいつにも同行してもらう」
「シノちゃんですか?」
「そうだ。あいつはこういうことに長けているからな」
「あの……ちなみに、シノちゃんの性癖についてはご存じなんですか?」
「……性癖? なんのことだ?」
「知らないなら大丈夫です! あとシノちゃんとルーシーちゃんには……」
「使いの者をだす。おまえはもう下がってよいぞ。ご苦労だったな」
「いえいえ! このくらい問題ないですよ!」
ノーキンスは一礼をして回れ右をすると、謁見の間から出ていった。
「ルーシーちゃん。明日は大変なことになりそうだな……」
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