第六十六話 親子の決闘

 人どころか、魔物の手も入らない小さな山の頂上。すり鉢状の墓地の中心に、二人の銃使いが向き合う。


 二人の片方。中折帽を被った男は隻腕。また、短い人質生活を経て着ているベストや外套ポンチョは薄汚れ、足元もややふらつき加減ではあるが、またぞろ髭の伸び始めた顔には生気があり、その目には以前あったが一切ない。


 もう片方。正対した長身痩躯の男より一回り身体は分厚く、上等な竜革のベストと、古代民族の外套に包まれている。たっぷりと蓄えた白髪の髭と皺の刻まれた顔には歴戦の経験が伺える。


 まるで、本当の親子のようだった。共に大きな男で、服装は帽子以外ほぼ揃いで、右の腰には銃が備えられ、言葉もなくただ向き合っている。


 その様子を見つめるジュンヤは当初、止めようと思った。


 だが、ビリーの双眸を見、考えを変えた。


 ―――見届けよう。


 かつて実父を殺害し転生してきたビリーが、この不始末な“養父”に対しどんな裁定を下すのか。


「俺は、何にもしません」


 ジュンヤが、二人を俯瞰できる位置に座り込み、声を放つ。


「どっちが倒れても文句なしです。代わりに下手な小細工も禁止です。―――この剣を今から放り投げますんで、落ちた瞬間に撃ち合ってください」


 言いながら、自分の短剣を抜く。二人から無言の返答を貰うと、頷き、剣がジュンヤの手によって空高く投げ上げられた。


 どちらが勝つのだろう。すべてが決着するまでの刹那、他人事のようにジュンヤは思いを馳せる。


 余計なことを考えた奴から負ける。ビリーからは、そう口酸っぱく教えられた。


 曰く、敵への恨みや憎しみを前面に出すと、より強い痛みや苦しみを与えることにこだわったり、自分や自分の身内がされたのと同じ方法に固執したりする。そこが失敗の種であり、返り討ちの花が咲く始末となる。


 賞金のかかった仕事ならいざ知らず、個人として撃ち合いに臨むビリーが、育ての親であるクリーフに対し、いつも通りの心境でいられるわけがない。


 ましてや、彼は、かつて“一穴ひとあな”と謳われるほど精密な射撃を行えた左腕を失っている。そして、まさに幼少の頃、憎しみと恨みで弾かれた銃を放った右手で、決闘を行おうとしている。


 完全に分が悪い。


 


 剣が地面に落ちた瞬間、ジュンヤの確信は現実のものとなった。先に銃を抜いたのはクリーフ。ややフライング気味だった。その自身の焦りを恥じたか、その後の狙い撃つという動作が明らかに緩慢となった。敵への余計な情動に身を鈍らせたのは、彼の方だったようだ。


 対するビリーの動きは、かつて『超速の魔剣』を破ったときと同様に、流麗であった。愛用の銃でもなく、慣れた腕でもない。しかし速かった。弘法筆を選ばず。


 ただし、その後のやりざまについて、彼はかつてのやり方を裏切った。


 轟音と共に発射された弾は、クリーフへと真っ直ぐ進んでいく。殺し合いにおいて、こだわりは不要。急所であればどこでもいい。


 しかし、今回のビリーは、撃つ場所を敢えてこだわった。


「……お見事ッス。兄貴」


 口は出すまいと決めた心に反して、思わず感服の声が漏れてしまう。


 撃たれたにもかかわらず、一滴の血も流れず、倒れ伏すこともないクリーフが、自身の懐をまさぐり、解答を得る。


 ビリーの銃弾は、クリーフの胸。そこに掛けられた女神像のペンダントにめり込んでいた。


 “一穴”がついに、一つの穴も空けずに勝利する境地に達した瞬間だった。


「……」

「……」


 決着がついた後も、言葉はなかった。ビリーは銃を仕舞い、クリーフは、撃つことの叶わなかったマスケットを、じっと見つめていた。


「ふぅ~」


 大きな図体の元勇者から、かつて吸ったまま腹の底で淀んでいた空気まで吐き出すような、長い溜息が聞かれた。


「え?」


 そして、何を思ったのか、突然、その銃口をビリーに向けた。


 ダダダ、と、短い速射音が聞こえ、クリーフの身体に、いくつか穴が空いた。


「なんで!?」


 叫んだジュンヤが、仰向けに倒れた男の前に躍り出て「エッガーさん! ダメです!!」とさらに大声を発した。


「ダメって、おめぇ、そいつは無茶な注文だぜ」

「ダメなモンは駄目なんスよ!!」


 バツの悪そうにひょこひょこと歩いてきた小人の棺桶屋を、ジュンヤは理路の通っていない言い様でたしなめる。


「いい……ジュンヤ、あんまり年寄りをいじめるもんじゃあねぇ」


 口から泡のような血を吐き出しながら、クリーフがかつての仲間をなだめる。


「アンタもアンタッスよ。なんで撃つ気もねぇのに構えたんスか」


「なんで、だろうなぁ……ビリー、分かるか」


 水を向けられた男は、そっと彼の前にひざまずくと、こう言った。


「そうだな、久しぶりに会う嫁さんに、いたわってもらいたかったんじゃあないか」


 ガハハハハ、と、豪快な笑いが墓場にこだまする。


「そういうことにしておくか。ようジュンヤ、あとは頼むぜ」


「ったく、これだから浪花節の親父は嫌いなんスよ」


 ブツブツと言いながら、ジュンヤは女神から授かった力を行使すべく、準備を始める。


「女神様から、人や魔物、ゾンビも含めて任意で天界に送る異能ってのを借りてきました。アンタを送った時点で、消えちゃうんスけどね」


 その能力で、世界中を蠢く亡者たちもすべて消し去ったのだった。天界がゾンビだらけになるかなと思ったが、あんな場所、不死でもなければ一秒と持たず細切れなって死ぬ。問題はない。


「不死でもねぇし、魔力も碌にないアンタが持つかどうかは分かんないですけど」


「構やしねぇ。最初っから、こうすりゃ良かったことをやるだけだ」


 それもそうだな、と思い、ジュンヤは躊躇わず、能力を使用した。クリーフの身体が光に包まれ消えていく。


 賞金稼ぎたちを女子供含め皆殺しにし、世界を徹底的に乱した元凶の最期にしては、やや華美に過ぎるきらいもあったが、人間基準の罪人や悪人が地獄に行く道理もなし。それこそ、天界に行くのならあとはジュンヤの世界で言うところの“お天道様”が裁いてくれるだろうと納得した。


「終わり―――ッスね。色々と」


 言ったジュンヤが、その“色々”の一つに気付く。そうか、これが、悪魔の望んだ“代償”ってやつか。


「兄貴」

「どうした」

「その帽子と銃、俺にください。もういらないでしょ?」


 唐突な要求にも、ビリーは微笑を浮かべ応じた。帽子は少し大きいが、銃は彼の手に収まるサイズだった。


「これから寒くなるんで、外套ポンチョは勘弁してあげます」

「それは慈悲深いことで大変ありがたい」


 言い合い、笑い合う。“代償”の時間が、近付いてきていた。


「兄貴、、ちゃんとマコトさんのところに行ってくださいよ」


「……ああ」


 それが、二人の最後の会話だった。


 ジュンヤは消えた。突然に、忽然と、呆気なく。


 悪魔は、ジュンヤが一番に望むものを奪ったのだ。


 彼が戦い抜き守り抜いた世界で、大切な仲間たちと共に、幸せに生きていく時間を。

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