第四十七話 賞金稼ぎVS魔人 前編

「ああああああああ!!!!」


 マコトのローブが漆黒に染まり、その生地に醜悪なかおの如き紋様が浮かぶ。夜空を不規則に流れる雲、もしくはロールシャッハテストの模様のようにと動いたそれが、くぐもった声を発した。


「アハハハハ!! 少し予定は狂ったが、概ね思った通りだ! むしろ、魔弾の効果でクソ天使共の枷が外れて、存分に力が出せる! 感謝するぞ、賞金稼ぎ」


 それは明らかに、マコトの傍に倒れ伏したシリズ・バーゼその人の声だった。


 彼は、自らの命が尽きる寸前に、全魔力と魂をマコトに移していた。


 狂騒と狂喜と、冷徹な嗜虐心を感じる台詞。


 しかし、対峙した“役者”は、変わらなかった。


「そいつはどうも、シリズ・バーゼ。随分と薄くなった顔で感謝して頂き恐悦至極だが、アンタはその身柄にかかった三百億で、この街の復興財源になってもらう」


 コルトを構え、飄々と言い放った賞金稼ぎに、横で座り込んでいたピリスは内心で舌を巻く。どう見ても尋常ならざる敵に、しかも、我らが最強のリーダーの身体と精神を乗っ取ってこの世界を支配しようとしている魔人に向かって、まるで平時と変わらぬ口調で応じている。


「ビリー、あいつは今、マコトとシリズ両方の魔力が合わさってるんだよ」

「そうだな。でも、退くわけにはいかない。お仕事に貴賤きせんは無しってやつだ」


 それは意味が違うと反論しようとした瞬間、ビリーが銃弾―――彼の精液を元に作られた“異能殺し”の魔弾が発射された。が、轟音を残して撃たれたそれは、正体不明の斥力せきりょく場でも働いているかのように逸れていった。


「ダメか」

「これじゃあ、私の『必中の矢』も当たらないかも」


 とはいえ、全身の至る所に火傷や骨折、打撲などを抱えている今のピリスでは、弓を引くのも一苦労だったが。


「打つ手はなしか。つまらん連中だな。死ね」


 冷淡なシリズの声と共に、再び正体不明の白い熱線が放たれた。


「ピリス!!」

「む?」


 目の前から忽然とビリーとピリスの姿が消え、シリズが訝しげに貌を動かし、視界を探る。『透明化』か。


「予備動作もない攻撃を、気配だけで察して避けただけではなく、仲間の能力発動を促して消え失せるとはな」


 人間としての肉体が残っていれば、深く嘆息していたところだ。


「これが、お前の連れてきた“彼氏”か、マコト。兄として、少々認めてやってもいい気になってきたぞ」


 ―――それは、どうもありがとうございます。兄さん。


「ほう」


 またもシリズの魂が『感心』した。魔人化した段階で、意識の主人格はシリズに乗っ取られているはずだったが、頑固さや強情さ、諦めの悪さは、やはり兄妹ということか。


 ―――意地が悪くて、皮肉屋で、自分にも他人にも厳しいけど子供には優しいんですよ。兄さんも、きっと優しくしてもらえますよ。


 こういうエスプリの効いた返しは“前世”や、この世界でシリズの下に付いていた時期ではしてこなかった。賢才けんさいだが、そうでしかなかった妹を変えた男か。


「面白い」


 魔力による感知―――をしたが、どうやら暴走状態にあるため、上手く制御ができないらしい。この天井の抜けた謁見の間だけで構わないのに、町全体を把握してしまった。


 既に、死者は七十八人。初手であれほど暴れた割には、むしろ少ないと感じる。


 ふむ。どういうわけか、シリズ側の異能者と、賞金稼ぎまで含めて合同で避難誘導、人命救助に当たっているようだ。災厄を前に、手を取り合う敵同士。麗しい光景だ。と、厄災の張本人である事実を棚に上げて、シリズは目を細める。


 恒久的な専制・人治主義政策を採るための魔人化―――最強の能力を持ちながらの不老不死化だったが、絶対的な脅威として、クリサリアに君臨するのも悪くないかもしれない。定期的な人類の敵化により団結を促し、それができない厄介者は自らが抹殺し摘果てきかする。


「クハハハ」


 下らない駄洒落だったが、思わぬ哄笑を漏らすシリズに、その意識下で抵抗を続けるマコトは、魔人化の弊害を察知した。


 命を軽視し、積極的な暴力行為で物事を解決させようという思考の傾きが認められる。ジュンヤのそれとは違う、強すぎる力を保ったまま不死になったことで、ある程度抑えられていた倫理観のタガが外れてしまったようだ。


 この異能の正体が分かった。


 魔人化。それは、最強の勇者を依代よりしろに、


 ―――ビリーさん。


 マコトと、ビリーが交わした“新契約”。それは、すべてが終わったあと、ビリーがマコトをギルドに連行すること。そして、その賞金の全額を、あの下層階級の亜人孤児院の資金にすること。


 もともと、シリズを討った後は自分も含めた勇者全員を律する法を作り、自ら裁きの場に立つ腹積もりだったことを説明すると、ビリーはその口髭を爆笑に震わせながら了承してくれた。


 マコト自身にとって、大変なリスクのある契約だった。文字通り、仕事が終われば煮るなり焼くなり好きにしろという話。冗談ではなく、死を覚悟すべき条項だ。


 だが、同時に、そうしたいと思った自分がいた。そこまでしなければ、この腕利きの、恐らくクリサリアで最も強い賞金稼ぎの協力は得られないと思った。


 それに、どうにかして、彼と同じ目線に立ちたかった。


 幼少期に実の父親を殺害し、そのまま、賞金稼ぎに身を投じ、戦い続けてきた人の人生に、寄り添いたかった。


「ビリー、さん」


 シリズに乗っ取られたマコトの口が動いた。彼女自身の思いが、言葉として旋律を奏でる。


「狩って、ください……私、を……」


 その声に答えるように、強烈な衝撃が身体を襲った。だが、それが通り過ぎても、彼女の肢体には傷一つない。


「竜の火炎も効果はないみたいだな、トゥーコ」

「倒せはしなくたって、ちっとばかしなら効くと思ったんだがな」


 空から火竜による砲撃を図ったビリーに、竜に変身したトゥーコが苦笑する。


「面白い、面白いぞ賞金稼ぎ! 何の躊躇いもなく仲間もろとも敵を倒さんとするその心意気、買ってやろうではないか」


 再びシリズの意識を僅かに残した魔人の声が響き、マコトの身体が浮き上がっていく。黄昏に差し掛かろうとする空に、竜に跨る賞金稼ぎと、魔人が対峙する。


「名を聞こう、賞金稼ぎ」

「……」


 しかし、賞金稼ぎは名乗らなかった。


 に、名乗る名など無い。


 世界の命運を握るに等しい決戦にも、ビリーは、己の流儀を貫いた。

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