第三十九話 仕事

 メニアを破った賞金稼ぎたちは小休止をとっていた。いまだあちこちで乱戦が続いていたが、シリズ側の最高戦力である円卓の十勇者の一人が倒されたことで、士気は相当に下がっている。


 その大金星を挙げた立役者でもある勇者ジュンヤは、一時的に自らの配下となった“後発組”賞金稼ぎたちに、讃えられて、


「いやぁ、敵の動揺を誘うために自ら腕を切り落とすとはな」

「まったく、命知らずな御仁だ」

「俺なら、思いついてもまずやらん。頭がおかしいぜ」

「そうだな。そういえば我らがジュンヤ殿は、岩竜の胃の中に飛び込んで退治していた阿呆だったな」

「勇者の時から頭がおかしかったわけだ」

「何から恰好を付けたことを喋っていたが、そのまえに軽く七回は死んでいたことを忘れてはいかん」

「一瞬、ビリーの後継者のように見えたが、まだ頭のおかしな賞金稼ぎだ」


 は、いなかった。


 ジュンヤは「……慣れてるッス」と言いながら、やはり悲しげな目で仲間たちの評に耳を傾けていた。


「ねぇ、ボニーさん」

「なに?」


 傍らで包帯を全身に巻かれている女性に声をかける。話すだけでも辛そうなボニーは、それでもジュンヤとの会話に応じてくれた。


「前の世界で死んだとき、思ったことがあるんスよ。『次があれば、上手くやれる」って。で、実際に前世の記憶を保ったまんま、転生できたわけッスけど―――」

「うん」

「ぜーんぜん、上手くなんてできませんでした」


 言って、ジュンヤは破顔した。だが、目は笑っていなかった。彼の瞳に宿る悲しみは、ロホたちによる辛辣しんらつな評価によるものだけではなかったようだ。


「この世界に来て、都合十回以上死にましたけど、その度に自分のダメさ加減を思い知らされます」

「そう―――アンタは、それでいいわ」


 一命は取り留めたものの、この戦いからは脱落してしまった女賞金稼ぎは、二度も自分の命を救った少年に、力強く声をかける。


「さぁ、行きなさい、。まだアンタには仕事が残ってる。街の賞金稼ぎの指揮、頼んだわ」

「うッス! よーし、行くぞ野郎ども! クリーフのおやっさんと合流して、マコトさんたちの時間を稼ぐ―――って、あ、すんません、生意気言いました。お願いですので付いて来ていただけると大変助かるッス」


 ロホたちの「何偉そうに指示飛ばしてやがるんだテメェ」という無言の圧に耐えきれなかったジュンヤを笑ってから、ボニーはほぼ無人となった街の空に目を向けた。


 ケンジとフーから送られてくるはずの連絡は、途絶えたままだった。


 反乱開始直後から一時間足らずで、王都バーゼ城下町の住人避難は八割方完了していた。一般市民の犠牲を限りなく無くすことも、賞金稼ぎたちの任務に含まれている。


 その中核を担っていたのが、城壁の外側に陣取っていたケンジたちだった。


 他の街と同じく、(マコトとシリズを除いて)魔法が使えない王都での通信手段として採用したのが、トゥーコがその身体を“分裂”させ、“変身”させた鳥たちだった。


『天使の贈物』がなくなり、変身した分の脳しか持たないそれらを、動物との意思疎通が取れるフーが操り、ケンジが『千里眼』で見通した住人の避難状況や、シリズ側の勇者たちの動向と、王都各所に点在する賞金稼ぎたちに送る。


 それによって、当初は強力な勇者と会敵することもなく、陽動のみを行えていた賞金稼ぎ側であったが、約一時間後、突如としてケンジたちからの連絡が途絶えるという、思わぬ事態が発生する。


 それによってボニーを始めとする、多数の賞金稼ぎたちに死傷者が出た。


 この事実には、二つ原因がある、と、ボニーは見ていた。


 一つ、強力な敵の襲撃。残り四人いるうちの円卓の十勇者が一人ないしは二人でケンジとフーを襲った。


 二つ、内通者の存在。ただの不意打ちであれば、ケンジの『千里眼』がその兆候を見逃すはずがない。何らかの罠が彼らに張られていたと考えるのが妥当だ。


 そして、ケンジとフーには分かりやすい不安要素があった。


 トゥーコ。かつて賞金稼ぎの村を襲い、マコトら勇者とビリーら賞金稼ぎによって狩られた、卑劣で自己中心的な勇者の一人。


 奴は信用できない。


 マコトが作戦の“要”として彼を指名したときも、ボニーは多くの賞金稼ぎと声を揃えて反対した。


 やはり、あの眼鏡の魔法使いは考え方が甘すぎる。


 ただ未熟だっただけのジュンヤとは違う。あんなクズに、他者の命を預ける“仕事”を任せることなどできない。自分の利得だけを考え、他人を平気な顔で裏切る。あれは、そういう類の人間だと、ボニーは確信していた。


 そして、そんな彼女の予断は、当たっていた。


※※


 王都全体を見下ろせる小高い丘。


 二人の男が話をしていた。


「メニアが敗れた」

「そいつぁびっくりだ。あの『完全回避』は、俺の毒でも死なねぇんじゃなかったか?」

「ああ。どうしても避けられない攻撃も、軽く肌を傷つけるだけで決して命にかかわる重傷にはならない。接近戦ならば、同時に斬りかかっても当たらない。人間には無茶な動きで避けきってしまう」


 すらすらとジュンヤに倒された異能の詳細をそらんじているのは、ゆったりとした丈の長い黒の祭服を着た、神父のような風貌の男だった。


「だが、異能の発動は、『外傷を加える意図のある攻撃』に限定される。ただ物を投げ寄越されただけのことに、異能は発動しない。どうやらメニアは、何らかの汚物を投げつけられたのを自分の意思で避けようとしたが、それと同時に攻撃され、強制的に異能が発動してしまった。そして、やられた」


「ま、ちょっと肩を叩くくらいのことにまで『回避』が発動したらめんどくさくてしょうがねぇもんな」


 こちらも黒衣だが着崩しており、口調も荒い男は納得した様子で頷く。


「意外と不便なもんだよな。シリズ様ぐれぇじゃねぇと、反則チートたぁ呼べねぇ」

「そうだな。しかし、敵の戦力もかなり削れた。今度は、私がこの『千里眼』で彼らと同じことをさせていただこう―――では、新しい仕事だ、トゥーコ」


 彼らの背後には、薄汚れたズボンと前開きの上着だけを羽織り、でっぷりとした腹を晒した中年勇者の姿。神父然とした勇者ガイエの言葉を不愛想な頷きで返す。


「一年以上もとっ捕まって、苦労しましたねぇ、トゥーコさんよ」


 もう一人の勇者ラドマに「ああ」と、また短い返事の後、振り返る。


 そこには、『毒』の異能を持ったラドマに霧状のそれを食らい、倒れている二人の勇者の姿があった。


「街の外なら、魔法の使用に制限はない。迂闊うかつだったな、反逆者共」


 そう言って二人を嘲笑したガイエ。彼から思念による指示を受け、トゥーコは能力で自らを毒に耐性を持つ身体へと変化させた。


「んでよ、ガイエさん。これで俺らの仕事は終わり?」


 ラドマが訊く。ガイエは「ああ、二人とも、お前の毒で確実に死んでいる」と、自らの能力で見えた事実―――二人とも、完全に心臓の動きが止まっていることを述べる。


 しかし。


「……え?」


 その死体が、目の前から消え失せた。


「馬鹿な」


 ガイエの不遜な表情が、瞬く間に驚愕へと変わった。そこに、かつて卑劣漢と名指しされた勇者の声が重なる。


「そうだ。これが、俺の仕事だ。って、おめぇらも、そう思ってたんだろ?」


「……そういうことか」


「察しが良くて助かるぜ、ガイエさんよ。だったら分かるだろ? アンタが今こうなってるのは、?」

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