第二十四話 銀行と裁判
村は既に閑散としていた。賞金稼ぎがほとんどを占める村人は、既に足がついたギルドを捨て、別の支部へとそれぞれ旅立っているという。
ビリーが、賞金稼ぎギルドについて説明してくれた。
「こういうことは前にもあった。心を読める厄介な勇者がいてな。賞金稼ぎが捕まり、支部の一つがばれて、壊滅し、本体であるここも危なかった。そこで、俺たちのギルドは『三つ子組合』という制度を作った」
「三つ子とはどういう意味ですか」と、マコトが訊く。
「以前は、大きな本部があって、そこから枝分かれした支部を各地に置いていたんだが、一つが壊滅すると、芋づる式にほかの支部も襲われて、最終的には本部に手が伸びる。それを防ぐために、それぞれに独立して、干渉しない本部を三つ作った。お互いのギルドがどこにあるかはここの
「つまり、ギルド長はクリーフさんのほかにもう二人いる、と」ピリスが言う。
「たとえ今回のようなことがあっても、賞金稼ぎギルドという存在は消滅しないってことッスか」ジュンヤの言葉に、ビリーが頷く。
「そうだ。依頼の受付は、各地の悪魔崇拝教会の連中が秘密裏にやっていて、そいつらも知っているのはその街の支部か、本部のことだけだ。賞金稼ぎギルド全体のことは何も知らない。
仕事の流れも説明しておこう。支部に依頼が持ち込まれると、三つある本部の一つで、手配書と賞金額が設定され、仕事が俺たちに斡旋される。支部はあくまで依頼の受付所で、仕事の受け付けと賞金の受け取りは本部でしかできない」
「標的が被ることがありそうだね」
「たまにあるけれど、別に問題はないわ」
ケンジにボニーが答える。
「『勇者を狩れ』―――それが、何の情報交換もしない『三つ子ギルド』唯一で共通の目的だもの。それが果たされれば、先を越した、越されたなんて些細な事」
ジュンヤがそこに、素朴な疑問を差し挟む。
「でも、金を受け取れるのは勇者を倒した人たちだけなんでしょ? 揉めないんスか?」
「だからこそ、俺たちはここにやってきた」
ビリーに率いられた勇者一行は、ギルドに併設された銀行の窓口にいた。
応対しているのは無口なエルフではなく、エッガー賞金を棺桶に詰めて運んできた小さな老人だ。
「本部も三つ子なら、銀行も三つ子だ。ここに預けた金は、自動的に三等分されて、別々の口座に振り分けられる。このエッガー爺からいくつかの金庫番を回って、俺たちの知らない二つの本部に金が行く」
「情報は共有しないが、金はお互いの財布に入るってことか」
コーザが出来上がった新規口座の通帳を見て独り言のように言う。
「そうだ、鎧くん。誰が勇者を狩ろうが、賞金の何割かは常にギルド全体の財産になる。一人一人の取り分は減るが、そこはまぁ、お互いさまってやつだ。よろしくて?」
「ふん」
コーザは鼻息荒くそう答えただけで、とっととギルドの外に出ようとした。
「まぁ待て。まだ話は終わっていない。一つの本部がやられたときに備えて、この通帳は、三つ子になったどの口座からも金が引き落とせるようになってる」
ボニーが補足する。
「それぞれの街にある悪魔教会で通帳を見せれば、そこにある数字の分だけ引き落とせるわ。預け入れはできないから、本当に最後の救済措置ね。本部が潰れたら、私たちは一旦無職よ」
「そうならないように、これから本部ごとお引越しってわけだ」
ビリーの言葉を合図にしたように、エッガー老が「できたぞ新米共。せいぜい命懸けで働けい。したら、アンタらの棺桶も儂が作ってやるわ」と、縁起でもないことを言った。
※※
「何でまだあいつが生きてるんスか!」
「落ち着けジュン坊、勇者殿とおやっさんが決めたことだ」
銀行の口座開設が終わり、さてディナの牧場へ戻ろうとなったとき、問題が持ち上がった。
「達者でな」と告げたギルド長クリーフについていく一団に、トゥーコがいたのだ。それに憤慨したのはジュンヤで、今まさに彼らに食ってかかっている。
「てめぇ! 何人も殺しておいて、おめおめと生き残るつもりかよ! なんとか言ったらどうだ!?」
小太りの中年男は、手枷を付けられ、両脇を武装した賞金稼ぎに挟まれている。罰が悪そうに亀のように首を竦ませる。
「まぁ、待ちなよサトウの坊や。これにはいろいろ訳があってな」
「彼を裁きたいのは私も同じです。ですが、昨日言ったように、裁くための法律がこの世界にはありません。シリズ政権を倒し、民主的な手続きを得て司法を整備するまでは」
クリーフとマコトが順番にジュンヤを諭す。
「んな悠長な事言ってちゃ、この村で死んだ人たちが浮かばれねぇよ!」
「それはその通りだけど、あとで法律を作って裁くってのも、ちょっと狡い判断ではあるんだよ」
苦渋の表情を浮かべるマコトを、いつものようにフォローするケンジ。ジュンヤが「どういうことッスか」と訊く。
「新しく作った法律で、法律が作られる以前の犯人を裁くことは、我々がいた社会では事後法といって法の
「つまり、僕たちがいた国の原則を当てはめると、このままトゥーコは無罪放免になるかもってこと」
「なんスかそれ……無茶苦茶ですよ」
「無茶苦茶な世界だからねぇ。だから、そこは避けるために今からいろいろ考えてるんだ」
難しい顔で頷くケンジに、ジュンヤは“前世”のトラウマを呼び起こした。
悪人が裁かれない、悪事を訴えた側が泣き寝入りして、失意のまま死んでしまった苦い記憶が、彼を逆上させた。武器は持っていないが、素手で十分だ。今の奴は、満足に異能を使えない。首を絞めてやる。
「待ちな、ジュン坊」
トゥーコにずかずかと歩み寄ろうとするジュンヤを止めたのは、先ほどから勇者同士の成り行きを我関せずで眺めていたビリーだった。
「奴には、いろいろと吐いて貰わなきゃあいけない事がある。煮るのも焼くのもそれからだと、ご高説で一席ぶった勇者殿と手打ちが済んでる。もう少し堪えろ」
「でも」
「何をしたって、恨みは消えない。付き合い方が変わるだけだ。よろしくて?」
ジュンヤは、渋々といった感じで頷いた。
「それに、勇者殿には悪いが、このクズが碌な情報も持っていないか、下手なことを言ったら、その場で殺す。おやっさん、頼むぜ」
「誰に言ってる。俺の愛人が標的の眉間を逸れたところを見たことがあるか?」
クリーフは言いながら、ビリー以上の大柄な体躯の腰に下げたマスケットを叩く。たった一発しか込められない銃で幾多の勇者を屠ってきた伝説の男は、豪胆な笑みを浮かべ、頭三つ分下の女勇者に言った。
「勇者マコト、こっちの坊やほどじゃあないが、俺たちもあまり悠長にされると困るんでな。俺やビリーはそれほどじゃなくても、ほかの連中はかなり勇者に恨みつらみを抱えてる。そいつらを、いつまでも頭でっかちな原理原則で押さえつけておけるなんて甘ぇ考えは、まさか持っていねぇだろうな」
「無論です。我々の目的は、このクリサリアを、勇者の暴政に怯えないで済む健全な状態に戻すこと。そのためには、どんな犠牲も払う覚悟です」
「どんな犠牲も、か」
低い声で、凄むように言ったクリーフの眼力を、眉一つ動かさず受け止めたマコト。眼鏡の奥にある澄んだ目。
「なら、早めにこの阿呆の身柄を取りに来い、待ってるぞ、勇者マコトとその一行」
言い終えると、数人の従者とギルド職員を連れ、クリーフはどこかへと旅立っていった。
「さぁ、僕たちも帰ろう。ディナのチーズが待ち遠しいよ」
ケンジが一仕事終えた解放感に浸るように、大きく伸びをしながら言った。
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