第十五話 ブロンディの村

 山間にある人口千人程度の小さな村に、マコトたちは降り立った。


 煉瓦造りの家がひしめくように立ち並び、物見やぐらのように建った給水塔より高い建物は存在しない。宿屋や商店はあり、訪れる者を拒む雰囲気はないが、同時に、簡単には見つからないようにもなっている。


「ここにいる人間、全員賞金稼ぎなのか」


 コーザが物々しい甲冑を脱いだ姿で言うと、途端に客人に我関せずだった村人たちの視線が集まる。


「滅多なことを言うもんじゃあないぜ鎧くん。さっき俺が言った話を忘れたのか」

「……お前の話など、聞いてもいない」

「それはそれは―――大丈夫、俺の客だ」


 ビリーが、剣呑な目を向ける村人たちに宣言し、その場は収まった。


 どうやら、全員が賞金稼ぎであるらしい。


※※


 一行は、村の中心部にある小さな教会に入っていった。


「ここ、女神マリアンを崇拝する教会―――ではありませんね」


「そこに気付くとは、流石は勇者殿だ。お察しの通り、ここは女神教を隠れ蓑に、異端の神を崇める不届きな教会」


 だが、と、礼拝堂の奥の、地下に通じる隠し扉を開き、言った。


「それは姿だ。隙のあるイカレ野郎どもの集まりだと思わせておけば、ここがどれだけ探しても見つからない賞金稼ぎギルドだとは気付かれない」


 ビリーが、石造りのひんやりとした迷路の如き通路をすいすいと進んでいく。松明に照らされてはいるが、相当に暗い。ほかの六人は、黙って付き従う。


 開けた場所に出た。


「ようこそ、粗末な我が家へ」


 そこは、かつての牢獄だった。周囲が鉄格子と堅い壁で囲われている。今では酒場のように改造され、数人の賞金稼ぎたちが勇者の似顔絵と賞金額が書かれた紙を物色している。


「見てみろ。アンタらの顔はあるか?」

「ないですね。しかし、私らしき名前はあります。」


 マコトが答える。賞金首の紙が貼られた壁の上部、『円卓の十勇者』と銘打たれ整然と並ぶ十枚の紙の一つに『王に並び立つ女魔法使い』と書かれていた。


「おい、ちょっと退いてくれよ、ダンナ」

「アンタみたいなデカブツに立たれると、賞金首の顔が見えねぇや」


 二人の男の声に、ビリーが振り向き、笑顔を見せる。


「すまないな、ロホ、チコ」

「あ! お前!」


 大声を出したのはジュンヤだった。あのとき、エルフの女店員に絡んでいた大柄な魔石採掘者と、ジュンヤのことを知っていた小柄な男だった。


「おや、勇者の兄ちゃんじゃあねぇか! あンときは世話になったな」


 ロホは鷹揚おうように言って、服をめくり上げ、でっぷりとした腹についたナイフの傷痕を見せる。


「あの時は間抜けだったな、ロホ。まさか、不死者の急所にナイフを当てるとは」


 ビリーがせせら笑うと、ロホは「うるせぇや」と反発する。


「酔っ払いを演じさせるために飲ませたのはてめぇだろうが。手元が狂っちまったんだよ」

「あの程度で手元を狂わすってのは、お前さんも焼きが回ったってことじゃあないのかい?」

「チコ、お前も言いやがるのか」

「ロホ、真面目な話だ。生きてなんぼの物種だ。しばらく“狩り”は控えろ。カレン嬢の賞金、回ったんだろ?」


 カレンという名に、またコーザが色めき立つ雰囲気を出したが、すぐさまマコトの視線が一閃した。


「なぁ、アンタらも、賞金稼ぎなのか」


 ジュンヤが、おずおずと訊いた。


「「そうだ」」


 ロホとチコが同時に答えた。


「あの酒場の、アレは……」

「「演技」」


 またも同時。ジュンヤは、一瞬立ちくらみを起こしかけたが、何とか踏ん張り、もう一つ質問を重ねる。


「じゃあ、あの、ナンパされてたエルフの女の子は……」

「「「賞金稼ぎなかまに決まってるだろ」」」


 ビリーも加えたユニゾンの三重奏は、いよいよジュンヤの心を折るのに十分な威力を備えていた。


「最初っから、嵌められてたってことッスか……」

「そうみたいだね、佐藤くん」

「そう落ち込まないでください、佐藤くん」

「……まぁ、ドンマイだ、佐藤」

「佐藤くん……生きてこそってビリーさんも言ってるし」


 ケンジ、マコト、コーザ、ピリスが順番に慰めの言葉を発したが、ジュンヤにとってはただの追撃だった。


「もう佐藤でいいッスよ。あと俺、勇者辞めるッス。……うん、フー、無言で背中ポンポンしないで。いい加減、泣いちゃうから」


 ギルドの隅でいじけだしたジュンヤを放っておいて、ビリーはその長身をさらにつま先立ちにして、一番高いところにある賞金首の羊皮紙を取る。


 それを、ギルドの受付窓口に持って行った。


「こいつを狩る。パーティはまだ組んでいないが、筆頭の名は俺にしろ。依頼主は、そこの魔法使い殿だ」

「はい」


 受付のエルフの女性が、驚くことなく淡々と事務処理を行う。その羊皮紙には、こう書かれている。


『勇者の王 クリサリアの大英雄 シリズ・バーゼ 30,000,000,000Ðダラー


「アンタのそういうとこは気に入ってる。どうだ、今度食事にでも―――」


 何事か用紙に書き込んでいる受付嬢を口説きにかかったビリーを「ねぇ」と色気のある声が振り向かせた。


「ん? ぶっ!?」


 瞬間、強烈な掌底がその頬に見舞われる。ビリーの首が、強制的に右を向く。


 ピュゥ、と、口笛を吹いたのはロホだった。ギルドは一瞬静まり返ったが、すぐに通常のざわめきを取り戻した。


「いつものことみたいだね」

「そのようです」


 ケンジの軽口に、マコトが生真面目に返事をするが、視線は、じっとビリーにビンタを喰らわせた女性に注いでいる。露出の高い服に、中折の帽子を被っていた。


 その帽子が取られ、煌びやかさとは無縁な、くすんだ金髪が露わになった。女は帽子をビリーに被せながら、こう言った。


「忘れ物」

「これはご丁寧に。ご婦人、ご機嫌麗しゅう」


 バチン! と、二発目の平手打ち。今度はビリーの顔が、ぐるんと左を向く。


「おじさん。結構女性関係はグダグダな感じ?」


 ケンジが、珍しく目を見開いて痛みを堪えている様子のビリーをからかう。


「いや、この二発目の意味はよく分からない」

「一発目の理由が分かっただけでも上出来よ。あら?」

「ひっ!? あ、あんた……!」


 ビリーの相棒、ボニーは、ギルドの片隅にいた新米勇者を目敏めざとく見つけた。


「あら坊や、死んでなかったの。まぁ、死ねないから当然よね。どうしたの? また私とヤリたくなった?」

「勘弁してくださいッス!!」


 ジュンヤが、子鼠のように走ってビリーの背中に隠れる。どうやら、相当なトラウマを全身に刻み付けられたらしい。


「おいおい、坊主。ボニーは確かにおっかないが、そうビビるもんじゃあない」

「無理っす! 助けてください兄貴ィ!」

「兄貴って誰だ」

「ふふ、やっぱりビリー、若い子に好かれるのね」


 そう言ったボニーの視線は、これもまた年若い女勇者に向けられていた。


「あなたたち、奥に来て。ギルド長直々に、ご挨拶したいそうよ」

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