第23話 老婆
フラナリ―家に着いたエバンズ、ベアー、サラは車を降り立った。
庭で草抜きをしていたヨークが気が付いて、軍手をはめた手をこちらに向けて振った。
彼に手を振りかえし、エバンズは玄関へと向かい呼び鈴を鳴らした。
扉を開けたフラナリー家のメイド、デルラは前に立っている三人の姿に訝しげな顔をした。
「なにか」
「ロミオ君はおられますか」
「いえ、坊ちゃんはまだお帰りになっていません」
デルラは眉をかすかにひそめた。
「坊ちゃんが……また、何か」
エバンズとベアーはその様子に顔を見合わせた。
「……そのことで、あなたとお話しさせていただいてもよろしいでしょうか、デルラさん?」
エバンズが言うと、デルラはしばしの間立ったままだったが、どうぞ、と三人を招き入れた。
「ご主人様、奥様がご不在の今、この館にあまり他人を入れたくはないのです」
「申し訳ありません」
不機嫌そうに告げるデルラにエバンズは頭を下げながら、ついていった。
客間に通され、三人にソファーに座るよう促したデルラはすぐさま部屋を出て行こうとした。
「お茶か、コーヒー。どちらにいたします?」
「結構です。デルラさん。どうぞ、お座りになってください」
憮然とした面持ちで、ドアのそばに立っていたデルラは三人の座るソファーに戻ってきた。
見守る三人の前で、向かいのソファーに腰かける。
「あなたは、このフラナリ―家に仕えて何年?」
「二十年です」
「ロミオが生まれる前から?」
「坊ちゃんのお世話は私がいたしました。本当に手のかからない赤ちゃんでした」
「あなたの弟さん、ヨークもロミオの世話をしたのですか」
「ええ。お世話というより……兄弟みたいに二人で遊んでましたわ。ヨークはご存じのとおり、いまだに子供のような子ですから。ロミオ坊ちゃまが小さいときは弟のように、大きくなってからは兄のように、ヨークは坊ちゃんを慕っていました」
「ロミオは今でも、ヨークと親しいのですか?」
「ヨークに優しくしてくださいますわ。おもちゃを買ってくれたり、犬を買ってくれたり」
「犬?」
思わず、エバンズは聞き返した。
フラナリ―家の庭には犬がいなかったと思ったが。
「ええ。ヨークは動物が好きなんです。坊ちゃんは犬を何匹か別荘で買ってるんです。ヨークに世話をまかせてくれているのです。毎日、ヨークは別荘へ行って犬の世話をして帰ってくるんですわ。たまに、休日には坊ちゃんはヨークをつれて別荘に泊まったりして。ありがたいですわ」
「別荘?」
「ええ、西オルガン沿いに別荘がひとつあるのです。ご主人様と奥様が坊っちゃまにお与えになった別荘です」
エバンズとベアーは目を見合わせた。
「その場所を教えてくださいますか?」
「……なぜですの?」
デルラの声色に不信感が帯びた。
「……デルラさん。あなたの弟さんのヨークは、ロミオに利用されていたのかもしれない。知らずに、犯罪に手を貸していたのかもしれません」
「なにを……」
「ロミオが夜に、ヨークを連れ出したことは?」
「たまに、坊ちゃんのお友達との遊びに連れて行ってもらったことは」
「この前私は彼を、売春婦が立つ通りで保護したのです。そんなところにロミオは彼を?」
「……存じませんでしたわ」
「この一年間、売春婦が姿を消すことが続いています。おそらく、テス教徒の女性たちだ。つい最近、行方不明だった一人が、死体で発見されました。彼女は出産後、出血多量で死亡しました。……四日前の夜、ヨークはなにか変ったことはありませんでした? ロミオに呼び出されたとか」
デルラの目が見開かれ、彼女は思わず口を手で覆った。
「血だらけのシャツを捨てていました。……犬が……子供を産んで……死んでしまった、と」
デルラは客間の窓から庭の手入れをしているヨークを見た。
「びっくりするくらいの食材を用意したこともありますわ。大量のサンドイッチを作ったこともある。坊ちゃんが別荘でお友達とパーティーをするからと」
自分が言った言葉にデルラは総毛立ったようだった。今まで疑問に思っていた出来事の辻褄があったかのように。
「まさか……なんてこと……」
「デルラさん、知っていることがあるならすべて教えて」
サラが身を乗り出した。
デルラは怯えたように身を硬くした。
「なんてこと…… 私のせいだわ……!」
「どうして、ヨークはテス教徒の女のひとが嫌いなの? 教えて」
サラの顔を見て、デルラは泣きそうな表情をした。
「私のせいです……私が、幼いあの子に何度も言ったのです。テス教徒の女は魔女だと。坊ちゃんにも……幼いころ、同じように話したわ……!」
デルラは顔を手で覆った。
「デルラさん、なぜそんなことを」
「憎くて……テス教徒の女性が憎かったのです。……昔、薔薇の刺青をした女性が自治区によく来たわ。私たちと、とても仲が良かった。私と、姉、両方をかわいがってくれた……。彼女は、成人が近づいた姉を連れ去った。姉とともに、逃げたのです」
デルラの目から涙がこぼれ落ちた。
「私を置いて」
そのあとは、意味の分からない言葉が彼女の口からもれた。
エバンズの隣に座っていたサラが、彼女と同様の言葉を話し、エバンズはそれがガラナ族の言葉だと理解した。
いくつか言葉を交わした後、
「ひどい」
サラが、デルラからエバンズ、ベアーに視線を戻した。
「怒った親族相手に、彼女、いなくなったお姉さんの代わりに儀式を受けた。……まだ、九歳だったのに」
サラはソファーを立ってデルラのもとへひざまづいた。
「ヨークは……その時の子?」
サラの言葉に、デルラは涙を流しながら何度も頷き、誰にも知られたくなかった長年の秘密を打ち明けた。
サラがデルラを引き寄せた。デルラは声をもらし、サラにしがみついた。
「……どうして、あのひとは……私を置いていったの……私も連れて行ってくれなかったの……!」
「デルラさん……」
サラはデルラを胸に抱き、彼女の頭に顎をのせる。
デルラが声を上げて泣き出した。
「……行って!」
サラが、座ったままのエバンズとベアーをにらみつけた。
「早く! 別荘に!」
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