第258話 大方の予想はついている

 もう月は進んで水曜日からは9月になっている。

 俺は電車が江別駅に到着する少し前に姉貴にメールを送った。駅を出たら姉貴はロータリーに車を止めて待っていてくれたので俺は直ぐに姉貴が運転する軽自動車の助手席に乗り込んだ。

 この車の助手席に乗るのは久しぶりだ。この車は姉貴が免許を取った直後に買った中古の軽自動車で、それを今でも姉貴は乗り続けている。さすがにあちこちにガタが来てもおかしくないくらいの距離と年数だが、それでも姉貴の期待に応えて(?)今でも現役だ。

 姉貴は俺が車に乗り込んでから一言も喋ろうとしない。いや、俺の方が非常に重苦しいオーラを全面に出しているから逆に話し掛け難いのかもしれない。姉貴にとっては迷惑な話であるのは間違いない事ではあるが、かと言って姉貴の性格なら俺の相談を断る事が出来ないのも分かっている。分かっていて姉貴に超難題の相談を持ち掛ける俺もある意味失礼な奴だ。

 姉貴が運転する車は国道12号線を左折してボストへ向かっている。

 考えてみれば、俺が初めて雄介さんに会ったのは江別のボストで中学2年の秋、9月の事だから丁度3年前だ。姉貴に連れられて江別のボストに行ったら姉貴と同じくらいの年齢で眼鏡を掛けた男性が先に来ていて、姉貴が「彼氏だよ」と言って紹介したのが雄介さんだった。その時の俺は表向きは姉貴と雄介さんを祝福したけど内心は相当ショックだった。それもそのはず、二人の雰囲気からして結婚を前提にして付き合っているというのが分かったからだ。

 それからの俺は些細な事で簡単にキレる事が続いた。その姉貴自身の口から3年の秋に「来年の春に雄介さんと結婚する」と聞かされた時には俺は本当にショックで熱を出して学校を休んだくらいだ(さすがに母さんにはショックで熱を出したとは言えず「お腹を出して寝てたかも」とか言って誤魔化した)。

 姉貴はそんな俺を見てショック熱だと一目で見抜いて、俺の部屋にノックもせず入ってきて何を思ったのか俺の横に添い寝して「お子ちゃまはこれだから困るんだよねー」と言って俺を揶揄ったかと思ったら

「あんたが結婚を認めてくれなかったらお姉ちゃんはいつまでたっても佐藤絵里のままになっちゃうからどう責任を取ってくれるのよ!」

と怒鳴りつけて俺が本気でビビって一気に熱が下がったのを覚えている(既に学校を休むと連絡した後だったので、その日は学校を休んだ)。

 後にも先にも俺が覚えている限り姉貴自身が「お姉ちゃん」という言葉を俺の前で使ったのはこの時だけだ。どういう心境で「お姉ちゃん」という言葉を使ったのか、今でも俺は分からない・・・。

「いらっしゃいませー、ボストへようこそ。喫煙席、禁煙席のどちらになさいますか?」

「禁煙席で」

「では御案内いたします」

 姉貴は俺に会ってから初めて発した言葉が「禁煙席で」だったが、そんな事はお構いなしにズカズカと店員さんの後ろに続いて歩いていったかと思ったら、窓際の席を案内されたから姉貴は奥の席に座った。俺は姉貴と向かい合う形で座った。

「・・・拓真、何を注文するの?」

「・・・ドリンクバー以外にも頼んでいいのか?」

「あんたが好きな物を頼めばいい。なんならここで夕飯を食べてもいいんだよ」

「・・・いや、さすがにそれは遠慮するよ」

「そう・・・じゃあ、ケーキでもポテトでも好きな物を選びなさい」

 それだけ言うと姉貴は俺の返事も待たずに店員さんを呼び出すボタンを押してしまったから、俺は大慌てでメニューを見始めた。

 姉貴はドリンクバーとレアチーズケーキを注文し、俺はロールケーキとドリンクバーを注文し、そのまま俺はドリンクバーのコーナーでアメリカンコーヒーを自分で作ってから席に戻った。姉貴はハーブティーを作ってから自分の席に戻った。

 俺と姉貴はさっきから飲み物を飲むだけで何も話さない。既に互いに何度かお替りをしているが何も喋らない。いや、俺が重苦しいオーラを放ち続けているから姉貴からは喋りにくいのだろう。だが、このままではラチがあかない。だから俺は思い切って姉貴に話し掛けた。

「姉貴・・・相談したい事ってのは・・・」

「ん?大方の予想はついている。藍ちゃんと唯ちゃんのどっちを選べば正解なのかをウチに相談したいんでしょ?」

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