第248話 山口先生、過去を語る 前編

「じゃあ、靴を履き替えろ。職員用玄関の前にいるから」

 俺たちは無言で職員室を出て靴を履き替えると職員玄関に行き、山口先生が運転する黒の軽自動車に乗り込んだ。俺が助手席に乗り、藍と唯は後部座席だ。

 車に乗ってエンジンを掛けると山口先生は窓を全開にしてから車のクーラーもオンにしたけど、冷風が出てきたら車の窓を全部閉めた。

「・・・たくまー、お前、さっきの話を聞いて何か気付かなかったか?」

 山口先生は車を走らせると俺に話し掛けて来た。

「あのー・・・言ってる意味がよく分からないんだけど・・・」

「さっき先生が結婚しているという事実を公表した時に教室で言ってた『10年近く隠してた』という言葉と、以前みなみを含めた五人で新札幌のマイスドで話してた事との矛盾点に気付かなかったか?」

「・・・・・ (・・? 」

「藍や唯は今日の最初のロングホームルームにはいなかったけど、お前たちの耳にも既に入ってるだろ?何か疑問に思わないか?」

 俺は後ろを振り返って藍と唯を見たけど、二人共首をかしげている。

 でも、唯が何かを思い出したかのように

「・・・そう言えば・・・」

「唯、言ってみろ」

「・・・たしか山口先生は6月の時に『両親と兄貴と同居している』って言ってましたよね。でも、ご両親とお兄さんと同居してるなら旦那さんはどうなるの?」

「たしかにそうよね・・・もしかして単身赴任中ですか?」」

「いんや、単身赴任なんかしてない」

「あのー、あまり言いたくないけど別居中なんですか?」

「いんや、別居もしてない。ラブラブだぞ」

 俺は山口先生が言いたい事がさっぱり分からない。藍や唯も同じらしく、首をかしげている。

「あーーーーー!!!!!」

 唯が不意に大声を上げたから俺も藍もびっくりして思わず唯の方を見てしまったくらいだ。

「もしかして、お兄さんと結婚したとかあ!」

「「えーーーーー!!!!!」」

「正解だ。ただし、義理の兄貴だ」

「「「マジですかあ!?」」」

「ホントだ。さっき教室で『山口さん同士で結婚した』って言ってただろ?」

「たしかに・・・」

「これで分かったと思うが、以前、みなみが口を滑らせた『もう1つのトップシークレット』というのがこれだ」

「そうだったんですか・・・」

「お前たち三人に言っておくけど、この車から降りたら車内で話した事は全部忘れろ!いいな!!」

「「「はい!分かりました!!」」」

「たくまー、お前とお母さんが入学式の前日に校長室で教頭先生がしていた話を覚えてるか?藍と唯はその場にいなかったから知らないのも無理ないだろうけど拓真は覚えてるか?」

「教頭先生がしていた話ですか?」

「『過去に在学中に生徒同士がきょうだいになる例はあったが普通科クラスだったので別々のクラスに分ける事で対処できた』って言ってただろ?」

「そういえば・・・」

「今ならボクという言葉を使っても問題ないから使わせてもらうけど、それがボクだ」

「「「マジですかあ!?」」」

「ああ。あれはボクが3年生になる直前の事だ。本当の事を言うと元々ボクは男手一つで育てられたから小学生の時からこういう口調のボクっ子になってしまったのさ。実の母親は別に男を作って一方的に親父と別れたような女だが、ボクが中学2年の時に火事が原因の一酸化炭素中毒で亡くなっている。親父も結構苦労してボクを育ててくれたけど、3年生になる直前に亡くなった。まあ、時期的に言えばバブル崩壊後の混乱期で今でいうところの過労死だが、当時はそんな言葉が無かったから大騒ぎにならなかったけどな」

「「「・・・・・」」」

「ボクを引き取ったのが親父の従妹にあたる夫婦で、これが義理の両親だ。その両親の実子が男の子の双子で、同じトキコーの同級生さ。つまり義理の兄貴が二人という訳。形の上では親父の従妹夫婦の養女になった訳だが、双子の兄貴とは誕生日が2か月しか違わない同級生で、本当なら3年生の時は下の兄貴と同じクラスになる筈だったのを急遽別のクラスに振り分ける事になった。ボクが2年生と3年生の時の担任が新渡戸先生、つまり今の教頭先生だ」

「「「マジ!?」」」

「ついでに言うけど1年生の時の担任が松浦校長だ。あー、そう言えば当たり前だが校長先生も教頭先生も、さらには榎本先生もボクっ子だというのを知ってるぞ」

「「「・・・・・」」」

「元々、実の両親が離婚したのはボクが小学校1年の時だ。母親が離婚してからはボクは従妹夫婦の家で度々お世話になっていたというのもあって、養女になったからと言って別に違和感はなかった。トキコーに入ってすぐに上の兄貴からバンドに誘われてメンバーに加わったけど、他のメンバーのうち一人は双子の弟、それと清風山高校に進学した兄貴たちの中学の同級生三人の六人で活動してた。ボクはバンドの紅一点だったがあくまで趣味の一環でやってたしバンドの腕もたいした事はなかったさ。ボク自身は山口兄弟の義妹いもうとになったからといっても特に心境に変化があった訳ではなかったけど、周囲はそう見てくれなかった。3年生になったら『山口久仁子』と苗字が変わっていたし、しかもボクだけ急遽クラス替えをしたというのがバレバレだったから、すぐに山口兄弟の義妹いもうとだとバレてしまって散々冷やかされたものさ」

「山口先生、その事を教頭先生や校長先生、榎本先生も覚えていたから職員会議でトップシークレット扱いにしたんですか?」

「ああ、そういう事だ。それを自分から言い出す馬鹿が二人もいるとは想定外だったけどな」

「「すみません・・・」」

「まあ、今更どうしようも出来ないから、今後の事は別の機会に考えよう。それより拓真、お前、過去の『ミス・トキコー』『準ミス・トキコー』に選ばれた人の名前を全員言えると聞いた事があるけど、間違いないか?」

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