第236話 雨降って地固まる

 俺たちはいつもは舞が乗り降りする駅で降りて改札口のところへ行ったが、藍と唯は先に来て俺たちを待っている形になった。さすがに二人共浴衣は着ておらず、動きやすい服装だ。

「歩美さーん、呼んでおいて待たせるとは酷くない?」

「あー、ゴメンゴメン。思った以上に買う物が多くなっちゃったからねー」

「まあ、そう固い事を言わなくてもいいだろ?藍さんだって別に怒ってる訳じゃあないよね」

「まあ、さっきのは冗談よ」

「それより、藍ちゃんも唯ちゃんも夕飯は食べたの?」

「私も唯さんも食べてないわよ。そっちは?」

「うーん、軽ーくドーナツを食べた程度だから夕飯と呼べる物はまだだよー」

「じゃあ、何か買ってから舞さんの家へ行く事になるわね」

「どうせなら何か作らない?その方がコスパいいわよー」

「それもいいわね。舞さんもそれでいい?」

「あー、はい、わたしは構いませんよ」

「じゃあ決まりね。たいすけー、希望があるなら今のうちに言ってねー」

「あー、そうだなあ・・・」

 歩美ちゃんたちは話に夢中になりながら駅の階段を上って地上に向かったけど、明らかに俺と唯を二人だけにするための作戦だ。その証拠に誰も唯に話を振ってない。俺にも振ってない。俺と唯はただ四人の後ろをボーッとついていくだけだ。

 唯は・・・さっきから何も喋らない。いや、正しくは何かを話そうとしているけど話すきっかけを見付けられなくて躊躇しているような感じだ。俺と目を合わせるのも意識して避けているが、怒っている訳ではなさそうだ。その証拠に、俺と唯は4人の後ろに普通に並んで歩いている。

 歩美ちゃんと泰介が並んでスーパーに入り、後を追うようにして藍と舞が入って行ったが

「・・・唯、ちょっと待ってくれ」

 そう言って俺は唯の右手首を掴んで、店の中に入らずに入り口の近くで二人で向き合う形になった。唯は暫くは顔を伏せていたけど、やがて顔をあげて

「・・・たっくん、ごめん、唯が悪かった・・・」

「・・・いや、全然気にしてないから大丈夫だ。それに俺も短気だった」

「後でお姉さんから結構本気モードで怒られた。唯も言い過ぎた。ホントにゴメン」

「俺の方も勝手に一人で帰ってしまったから、そこは唯に申し訳ない事をしたと思っている」

「唯は思ったんだ。このままだとたっくんが唯の前からいなくなっちゃうんじゃあないかってね」

「俺の家はどこにあるか知ってるだろ?いなくなる訳じゃあない」

「ううん、そうじゃあない、こんな喧嘩ばかりしてたらたっくんの心が唯から離れていっちゃうって思うんだ。本当は唯はたっくんに感謝しなくちゃあいけないのに、わがままばかり言ってるとホントにたっくんの心が唯から離れていくっていうのが分かった。だから唯が悪かった。ごめん」

「い、いや、俺の方こそ喧嘩ばかりしてると唯が俺から離れていくと思うんだ。こっちこそ悪かったよ」

「・・・・・」

「・・・・・」

 お互い、それっきり何も言わなかった。唯も言いたかった事が言えたのかホッとしたような顔になっている。でも、俺は舞との事を言い出せずにいた。自分で招いた災いとはいえ、こんなに罪悪感に駆られるのか思うとやるせない。もう二度とやりたくないと思ったし、唯に対する裏切り行為だというのを身に染みて感じた。この場で唯に言えないけど、いつか必ず謝ろう。

「・・・たくまー、仲直り出来たかあ?」

 いきなり背後から声を掛けられたからビクッとして振り向いたけど、そこには泰介がニヤニヤしながら立っていた。

「脅かすなよー、ビックリするじゃあないかあ」

「さっきからコッソリ見てたけど、仲直り出来たみたいだな」

「泰介くーん、色々と心配掛けちゃってゴメンね」

「唯ちゃん、声がデカいぞ。舞ちゃんに聞こえるぞ」

「あー、ゴメンゴメン、気を付けるよ」

「まあ、うまく歩美が舞ちゃんを引き付けてるから絶対にあの位置なら聞こえてない筈だから大丈夫だけど気をつけろよ」

「うん、気を付けるよ」

 そうか、唯から見れば俺と唯の関係は舞が知らない事になっているんだ。『知らぬが仏』という諺があるけど、唯にとっては俺との仲が他に漏れる事はあってはならない事なんだ。小心者なのは全然変わってないな。『雨降って地固まる』ともいうけど、もしかしたら今日の夕立は、俺も唯もお互いに必要な相手だという事を自覚させる雨だったのかもしれないなあ。

「・・・折角だから唯も何か買おうかな。お菓子も欲しいし」

「そうだな、俺も何か買おう」

「早く買えよー。後払いだと割り勘対象外にするぞー」

「ちょ、ちょっと泰介くーん、それは勘弁してよー」

「そうだそうだ、すぐに買うから待ってくれ」

「ハハ、冗談だ。歩美の優柔不断のお陰でまだ選んでる最中だから籠にどんどん入れれば大丈夫さ」

 俺と唯は泰介に続いてスーパーに入り、その日の夕食に使う材料やパスタ、明日の朝食用のパン、さらには夜中に食べるであろうお菓子や菓子パン、他にも烏龍茶やジュース、お茶なども買い込んだ。

 舞の家に行った俺たちは、舞と歩美ちゃんが作ったパスタや店で買い込んだ鶏肉を使って作ったザンギなどで夕飯を食べた後は殆どゲーム三昧だった。トランプ、UNOだけでなく懐かしいボードゲームやWooまでも引っ張り出してきてワイワイ騒いだ。日付が変わる頃に泰介が収納室の奥にあった麻雀と麻雀卓を見付けたから、泰介が舞に無理矢理ルールを教え込んで、俺と泰介、歩美ちゃん、舞の4人は日が昇って完全に明るくなるまで麻雀をやっていた(当然だが賭け事は一切なしです)けど、その横で藍と唯は爆睡していた。舞は最初は泰介に色々とアドバイスをもらいながらやってたけど、のみ込みが早くて最後には泰介も唸っていたほどだ。俺はというと・・・まあ、そこはナイショという事で。

 朝食は元気な藍と唯が作って、それを俺たちが1~2時間仮眠程度に寝た後に食べた後は解散となった。当然だが舞を除いた5人で地下鉄の駅まで歩く事になる。

「たっくんさあ、もしかしてこのまま伊勢国書店へ行くつもりなの?」

「もちろんさ。篠原と長田が待ってるからな」

「じゃあ、唯と藍さんとは逆方向だね」

「まあ仕方ないさ。何しろ今日と明日しか残ってないからな」

「拓真君、あんまり張り切り過ぎてぶっ倒れないでね」

「さすがに今日は『ほどほど』にするよ」

「たくまー、お前が言う『ほどほど』はどの程度を指すんだあ?」

「篠原と長田の匙加減一つだ。なんか異常な程にテンションが高いからなあ」

「それこそ『ほどほど』にね」

「じゃあ、たっくん、頑張ってねー」

「拓真君、私と唯さんはここでお別れだから」

「ああ、またな」

 そう言って俺は藍と唯と別れた。

 俺は泰介と歩美ちゃんと一緒に大通り方面へ行く階段を下りていった。この駅は方向別にホームが違うから降りていく階段が違う。藍と唯が乗る東西線はあと1分ほどで発車だからホームに電車が入ってくる音がしてきたから大慌てで二人は階段を下りて行った。俺たちの方はまだ先だからノンビリ階段を下りている。

「たくまー、大通りまでは一緒だけど、そこからは一人で行けよー」

「分かってるさ」

「それにしても、藍ちゃんも唯ちゃんも外ではホントに拓真君との関係を気付かせないわねー。わたしも感心しちゃったわよ」

「ホントだよな。おれも今まで全然気付かなかったからな」

「ある意味、二人とも役者というか女優よね」

「そうかもなー。たくまー、お前は果報者だぞー」

「分かってるさ。だが、それも今のうちだけかもなー」

「たくまー、どっちを選ぶのか決めたのかあ?」

「あにきー、元カノと今カノのどっちを選ぶの?」

「おいおい、泰介も歩美ちゃんも、それは禁句だぞ。どっちを選んでもきょうだいの関係は変わらないんだぜ」

「まあ、そりゃあそうよねー。わたしとしてはどっちかが大人しく引き下がってくれる事を祈ってるからねー」

「あゆみー、結構楽しそうに言ってるけど、火の粉が飛んで来たらどうするつもりだ?」

「『わたしは中立です』って答えるしかないわよー」

「ある意味、それが一番自然かもな」

「そうそう。だから泰介も中立を保ってねー」

「はいはい」

 たしかに歩美ちゃんが言う事は正しいと思う。どちらかの味方をすると後で禍根を残す事になりかねないから、無難な線だと思う。

 俺はどっちの選ぶべきなのか、それは昨日のうちにハッキリ決めた。ある意味、それを決めるきっかけを与えてくれた舞には感謝しないといけないかもな。舞には申し訳ないけど。

 後は二人がそれを素直に受け入れてくれるかだ。それをいつ言い出すのか、それだけ考えればいい。

 だが、今は目の前に迫った大きな目標に向かって邁進するのみ。今年こそ全国制覇だ!

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