第223話 転んでもタダでは起きない

 藍はそれだけ言うと大粒の涙を流しながら教頭先生に深々と頭を下げた。当然だが唯や舞も驚いたような顔をして藍を見ているし、それは俺の横にいた篠原や長田も同じだ。

「佐藤藍さん、不正と言われても・・・少なくとも先生はカンニングをしたとか、観客の誰かからコンタクトを取っていたなどという事は感じなかったよ」

「・・・カンニングとか、メンバー以外の人と共謀した訳ではありません。拓真君への脅迫です」

「脅迫?・・・俺に?」

「・・・拓真君、あなたは前半、私の影に怯えていた。いや、正確には『知識の女神』に怯えていた・・・」

「・・・ああ。篠原も俺が何かの影に怯えていたのを見抜いていた」

「・・・教頭先生、拓真君がトキコー七不思議の4番目の『知識の女神』が残した書物を恐れてた事を私は知ってました・・・だから私は毎日必死になって図書室に籠って女神が残した書物を探したけど、とうとう見つかりませんでした・・・でも、正々堂々とクイズで勝負してクイズ同好会に勝てるとは思えなかったから、いかにも『知識の女神』の書物を見つけたかのように振る舞って、拓真君の動揺を誘ってクイズ同好会の結束を乱す行為をしました・・・これは、このノートは私が中学の時に使っていた『根性注入ノート』。見れば分かるけど「絶対に勝つ」とか「今日も1位だ」とかを延々と書いていたノート・・・大変申し訳ありませんでした」

 そう言うと藍はさっきにも増して大粒の涙を流して再び教頭先生に頭を下げた。

 さすがの教頭先生も困惑したような顔をしているし、それは山口先生や松岡先生も同じだ。一番困惑しているのは『知識の女神』が平川先生だ。

「いや、しかしだな、仮に拓真君が動揺していたとしても結果的にクイズ同好会が優勝した以上、罰しても仕方ないと思うのだが・・・」

「教頭先生、拓真の野郎が怯えていたのは事実だ。拓真は何に怯えていたのかは教えてくれなかったが、今の話を聞いておれも納得した。たしかに1回戦の佐藤藍は神掛かっていたから、拓真がボロボロのノートを見て『知識の女神』に藍が感化されたと思い込んだのも無理ない。実際、おれも自分が押し負けたのが信じられないくらいだから。しかも拓真の真ん前に陣取ってをされたら『知識の女神』ウンヌンでなくてもビビるぞ。もしあの時、おれが拓真に喝を入れなかったら2回戦で敗退したかもな」

「うーん、しかしだなあ」

「なーにゴチャゴチャ言ってるんだあ!」

 いきなり藤本先輩が篠原と教頭先生の話に割り込んできたから俺たちは藤本先輩を見たけど、いつも以上の女王様オーラを出していて俺はここから逃げ出したい気分だ。

「おい、佐藤藍!お前、不正をやったと自分で認めるんだな?」

「・・・はい」

「では、風紀委員長としてお前を処罰する。ちょっと耳を貸せ!」

「はへ?」

「いいから耳を貸せ!」

 藤本先輩は半ば命令口調で藍に自分のところへ来るように手招きしたから、仕方なく藍は泣きべそをかいたまま藤本先輩のところへ行った。教頭先生や俺たちはただ二人を見ているだけだった。

「いいかあ、藍、お前は・・・・・だ!」

「へ?」

「もし不満があるなら・・・・・をするぞ」

「!!!!!  (・・!」

 いきなり泣きべそをかいていた筈の藍が真っ青な顔になって慌てふためいている。それに藤本先輩はニヤニヤしている。一体、何を言ったんだあ!?

「や、やります。絶対にやります!約束します!!」

「よーし、その意気だ。期待してるぞ」

「はい!この佐藤藍、今度こそ正々堂々とクイズ同好会を圧倒します!」

 そう言うと藍は右手でビシッと敬礼して、藤本先輩はウンウンと頷いている。

「・・・あのー、藤本さん、一体、佐藤藍さんに何を言ったのかな?先生にも教えてくれないか?」

「教頭先生、わたしは藍に『今年の高校生クイズキング選手権には佐藤三姉妹の3人で出ろ』と風紀委員長権限で命令しただけですよ。もし不満があるなら、佐藤藍がを実行に移すまでだと言ってやった」

「「「「「「「「一番恐れている事?」」」」」」」」

「そう、一番恐れている事。おーい、みさきちー、分かるよなー」

「藍さんが一番恐れている事?あー、あれねー。真姫も随分怖い事を言うわよねー」

「藤本先輩、わたしにも分かりました。さすがの藍先輩もアレをやると言われたら藤本先輩に従うしかありませんからねえ」

「そう言う事だ。末っ子もその場にいたから分かるよなあ。という訳で教頭先生、佐藤藍の件はこれで決着という事にしてくれないかなあ」

「うーん、生徒が起こした問題を生徒が解決したのなら、これで良しとしよう。斎藤先生も植村先生もこれでいいですよね」

 斎藤先生も植村先生も首を縦に振ったから一件落着となったが、俺には藤本先輩が藍に何を言ったのか全然分からない。当然だが篠原や長田、それに唯も村山先輩も首をかしげている。

「あー、そうそう、この藤本真姫、今度はモエレ沼公園で行われる高校生クイズキング北海道予選の場でお前たちを正々堂々と打ち負かして、去年のリベンジ、今日のリベンジをさせてもらうぞ。みさきちも美沙もそれでいいよな」

「真姫の言う事に賛成!」

「わたしもです。今日のリベンジはモエレ沼で果たす事にしますよ」

「当然だが、佐藤三姉妹も今日のリベンジはモエレ沼で果たせよ」

「あったり前ですよ。今度こそ正々堂々と勝負して拓真君たちをギャフンと言わせて見せます!」

「唯もたっくんに負けっ放しは面白くないからリベンジします!」

「わたしも今度こそ拓真先輩の泣きっ面を写真に撮りたいですからね」

「そういう訳だが、クイズ同好会に異論はあるか?」

「おれは構わんぞ」

「あー、全然構いませんよ。俺たちは今年こそ全国制覇をしてみせますから」

「そうそう。オレたちの前に立つのは百年早いという事を思い知らせてやりますよ」

「おうおう、強気な事を言ってくれて嬉しいねえ。とにかく、クイズ同好会はトキコーで最強だ。でも、東京へ行くのはわたしたちだぞ。モエレ沼公園で頂点に立つのはクイズ同好会ではないとだけ言っておく」

「真姫の言う通りよ。クイズは知力だけでなく時の運もあるわ。2回戦2巡目の佐藤三姉妹がそうだったでしょ?だから、必ずしも知力だけで突破できる保証はないわ」

「そういう事だ。おーい、奥村や内山はどうする?西郷は?」

「おれたちも参加するぞー」

「オレもだあ」

「生徒会長として不戦敗は面白くないからなあ。当然参加するぞ」

 いつの間にか藤本先輩の呼び掛けに応じて、この小ホールにいた連中が次々と高校生クイズキング選手権への参加へ名乗りを上げている。さすが『トキコーの女王様』藤本先輩だ。こういうところでのカリスマ性もすごいなあ。俺は感心したぞ。


 ただ・・・最後に藤本先輩がすれ違いざまにボソッと小声で

「たくまー、あの二人、結構乗り気だったぞ」

とだけ言って俺の右肩をポンポンと軽く叩いて小ホールを立ち去っていった。俺には最初、何の事か分からなかったけど小ホールを出てから意味に気付いて思わず

「あーーーーーー!!!!!!」

「何だあ?」

「どうしたんだあ?」

俺がいきなり大声を上げて立ち止まったから篠原も長田もびっくりしたけど、俺は慌てて「何でもない、勘違いしただけだ」と否定に躍起だった。

 たしかにアレをやられたら藍にとって恐怖以外の何物でもない!まさに死活問題だ。それに、俺にとっても恐怖以外の何物でもない。

 藍が恐れている事、それは・・・藤本先輩が『ミス・トキコー』が終わった後に食堂で俺に言った「神薙先輩か峰原先輩を紹介するから付き合え」という、冗談とも本気ともつかない言葉だあ!藤本先輩が付き合えって言ったら、相沢先輩の言葉ではないが卒業しても別れられなくなる!俺を取り返す気でいる藍にとって、これほど恐怖な話はないからなあ。俺だって藍だけじゃあなく唯からも恨まれること間違いなしだ。いい事なんてある訳なーい!

 さすが藤本先輩、藍とは比較にならない程の女王様だ。転んでもタダでは起きない!改めてその怖さを思い知らされたぞ!?

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