第216話 文学王の秘策

 俺と篠原は今まで座っていた席を立ち解答者席に行こうとしたが、篠原が俺の袖をグイグイと掴んだ。

「・・・拓真、ちょっといいか?」

「あー、どうした?」

「この問題だが・・・でやれ」

「はあ?いいのか?」

「山口先生が言った言葉通りの事をやるだけだ。教師が言ったやり方でポイントを剥奪されたら正々堂々反論すればいいさ」

「まあ、たしかにそうだが」

「恐らく、この方法がベストだ」

「そうだな。まさに分業だな」

 このクラーク博士が作った問題には二つの難点が存在する。1つは、長田が漢字で書かれた球技が何の球技かを理解できるか、それともう1つは、俺たち三人の最大の欠点である説明力不足を長田がどうカバーするかだ。もちろん、俺も篠原も長田の秘策を知っているが、まさかこんな問題を引き当てるとは思ってなかったのも事実だ。

 だが、俺たちは長田に全てを託す事しかできない。後は俺たちが長田の説明を理解できるかどうかだ。


“じゃあ行くぞ、スタート!”


「1895年アメリカ発祥の球技。ネット越しにボールを打ち合う球技で1チーム6人」

「バレーボール」

「・・・排球はいきゅう


「ネットを隔て二つに分けられたコートの両側にプレーヤーが位置し、シャトルコックをラケットを使って打ち合い、得点を競う」

「バドミントン」

「・・・羽球うきゅう


「レーン上にピンと呼ばれる的が10本、手前に頂点が向く正三角形に整列」

「ボウリング」

「・・・十柱戯じっちゅうぎ


「ラシャと呼ばれる布を張ったスレートにクッションで囲ったテーブル上でキューと呼ばれる長い棒状の道具を使い、静止している白や黄の手玉を撞く」

「ビリヤード」

「・・・撞球どうきゅう


「先に網の付いたスティックを用いて、直径6センチ、重さ150グラムの硬質ゴム製のボールを奪い合い、相手陣のゴールに入れる」

「ラクロス」

「・・・棒網球ぼうもうきゅう


「6人のコートプレーヤーと1人のゴールキーパーの2組が手を使ってボールをパスし、相手のゴールに投げ入れて勝負を競う」

「ハンドボール」

「・・・送球そうきゅう


「2チームが楕円形をしたリンクの中で、スティックを用いて硬質ゴムでできた扁平な円柱状のパックを打ち合い、相手方のゴール に入れることでその得点を競う」

「アイスホッケー」

「・・・氷球ひょうきゅう


「小学校で多く行われている。子供の顔くらいの大きさのボールを使い、敵にボールをぶつけ、2つのチームに分かれて大人数で行う」

「ドッジボール」

「・・・避球ひきゅう


「東南アジア各地で9世紀ごろから行われている球技で、頭、足を使い境界にネットを置いて」

「セパタクロー」

「・・・籐球とうきゅう


「アメリカで考案。5人対5人の2チームが、一つのボールを手で扱い、長方形のコート上の両端に設置された高さ10フィート、直径18インチのリング状のゴール」

「バスケットボール」

「・・・籠球ろうきゅう


「コースにおいて、クラブと呼ばれる道具で静止したボールを打ち、ホールと呼ばれる穴にいかに少ない打数で入れられるかを競う」

「ゴルフ」

「・・・孔球こうきゅう

“タイムアップ!”


 山口先生が叫んだ。

 俺と篠原は深く息を吐いたが、俺はその時に周囲がざわついている事に気付いた。

 その時、「質問がありまーす」と言って手を上げながら一人の生徒が立ち上がった。あれは生徒会長の西郷先輩だ。

「あのー、審判長の松岡先生に質問があります」

『あー、西郷、どうした?』

「今のクイズ同好会のやり方はルール違反とまではいかないけど非常にグレーだと思います。それは他のみんなや観客も感じていると思います。ズバリ、審判長としての松岡先生の見解を教えてください。どうなんですか?」

『あー、それは問題ない。合法だ』

「なぜですか?」

『さっき、山口先生が野球を例にして説明した時に「野球と答えれば正解だが、ベースボールと答えたら不正解になるから野球と言い直さないとポイントにならない」と言っただろ?クイズ同好会は、篠原が言った外国語を拓真が日本語に言い直しただけだ。それに長田が言ったのならNGヒントになると山口先生が言ったのは西郷も聞いた筈だ。だが、長田はバレーボールとかセパタクローといった外国語表記の読みは一度もしていない。だから合法だ』

「たしかに・・・」

『クイズ同好会は分業しただけだ。長田は説明に終始した。篠原は長田が言った言葉を普段我々が使っている言葉に直した。それを拓真が漢字表記の読みに直した。時間をロスしたのは間違いないが、篠原と拓真の得意分野に分業した、考えようによっては非常に合理的なやり方だ。それと、俺個人は減点は無しだ。他の先生方がNGヒントだと判定した物があれば後で結果を報告するが、そうでなければクイズ同好会は11ポイントだ』

「わかりました」

『ついでに長田、お前に聞きたい事があるけど、いいかあ?』

「あー、はい、いいですよー」

『これがお前たち3人が言っていた秘策か?長田の言い方は非常に堅苦しい、まるで説明文の棒読みのような感じだった。もっと簡単な説明があった筈なのに、どうしてこんなやり方をしたんだ?』

「松岡先生、オレに説明力を求めるのは無駄だと先生も分かっていますよね。だからオレはさっき松岡先生が指摘した通りのやり方をしただけです」

『どういう事だ?』

「松岡先生の言った通りですよ。オレは辞書に書かれている説明を言っただけです」

『はあ?長田、まさかとは思うが辞書を丸暗記したとでも言いたいのかあ!?』

「そうですよ。国語辞典とか漢和辞典、ことわざ辞典、古語辞典なんかを暗記しただけです。オレは読んだ本の内容を記憶する事に関しては自信あるけど、それを簡潔明瞭に説明する事は超がつく程の下手糞だ。だから、辞書に書かれた文章からNGヒントになりそうな部分を削って読み上げただけです」

『おいおい、辞書を丸暗記なんて、普通の人間なんて絶対無理だぞ。長田はそれをやったのか?』

「そうですよー。英和辞典とか和英辞典も全部暗記しましたよー」

『こんなところでサラリと言わんでくれー。国語と英語の教師が泣くぞ』

「あー、そうそう、オレ、般若心経とかのお経も全部覚えてるし、聖書も覚えてますから坊さんも神父さんもいらないですよー」

『勘弁してくれよお』

 そう、長田の秘策とは辞書丸暗記だ。俺たち三人に説明力を求めるのは無理だから、長田が編み出した方法は辞書の全ページを暗記して、そこに書かれた文字を読み上げる事だ。NGワードが存在するから丸々読み上げる事が出来ない時もあるけど、とにかく長田の凄まじいまでの本の記憶力を説明力代わりに使っただけだ。説明方法を習得するよりも手っ取り早く、また間違いも少ない。学力では学年トップの相沢先輩や藤本先輩、それに藍や唯も口をあんぐりと開けたまま唖然としている。それくらいに長田の発言は衝撃的だったのだ。

 でも、俺たちクイズ同好会が得たポイントは最大で11ポイントだ。佐藤三姉妹や相沢先輩たちのチームとの差を逆転するのは不可能に近いから、クイズ同好会を含めた4チームが残る1つの椅子を巡る争いになるのは間違いない。

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