第212話 まさか藍のやつ、本当に・・・

「それじゃあ、全員揃ったから始めるぞ」

 教頭先生が立ち上がって宣言したら観客から歓声が上がった。当然だが俺たちも一斉に気合の声を上げたり拳を握りしめたりした。

「えー、1回戦は早押し問題だ。君たちの目の前にある早押しボタンは去年のトキコー祭のクイズ大会で使った早押しボタンの改良版だ。平川先生が手を加えた物だが、100分の1秒単位で早押しされたテーブルのランプがつくようになっているから備え付けのマイクに向かって答えを言ってくれたまえ。まあ、テレビ番組で使う物と同じような物だから本当の『高校生クイズキング選手権』の大会のつもりでやってくれればいいぞ。平川先生の凄いところはスピーカーと連動させていて、誰かが早押しボタンを押すと同時にスピーカーの音声が途絶えるようにしてあるから問題読み上げの言葉が聞けなくなることだ。だから早押しが仇になる可能性があるぞ。それと、問題の読み上げは山口先生が担当するが、問題を作ったのは保健室の小島先生を含めたトキコーの教師全員と学校事務の一部の人だ。だから高校生クイズキング選手権では出題されないような分野から出される可能性もあるとだけ言っておくぞ。それと今回は特別にクラーク博士と校長先生も問題を作っているから、そのつもりでいてくれよ。では山口先生、頼みましたよ」

 そう教頭先生は言うと椅子に座り、山口先生は気合を入れた顔で喋り始めた。


“あー、それじゃあ問題を読み上げるが、先に断っておくけど中には高校生クイズキング選手権の決勝レベルよりも難易度の高い超難問もあるし、小学校低学年や幼稚園児なら楽勝だけど高校生だと逆に答えられないジェネレーションギャップというか、まあパパやママだから知ってる幼児向け問題もあるからなあ。オール分野だから特定の分野に特化したチームは逆に苦戦するぞ。気合入れて行けよー”


 俺たちは山口先生の『気合入れていけよー』の声に合わせてボタンに手を掛けた。俺たち三人の並び方は去年の『高校生クイズキング選手権』本選の時と同じで、中央が俺、俺の右手側に篠原、左手側が長田だ。ボタンに手を乗せている順番も下が長田、俺が真ん中、上が篠原だ。俺たちはこのやり方で勝ち進んだ。今年もこのやり方で勝ち進むだけだ。

 それだけ言うと山口先生はニヤリとして俺に視線を合わせたからドキッとしたが、山口先生は超がつくほどの真面目な顔をして問題が書かれた用紙を手に取って気合を入れてマイクに向かって


“第一問。スペインの画家・芸術家であるパブロ・ピカソのほんみょ”


♪ピンポーン♪


 はあ?誰だあ?篠原も反応したのにランプは点灯していない。という事は篠原よりも早く誰かがタッチの差で押したんだ・・・おい、マジかよ。相沢先輩たちのテーブルのランプが光ってるぞ!

「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・チプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・ピカソ」

 相沢先輩が自信満々に答えた。しかも篠原が小声で「やられた」と呟いたのを俺はハッキリと聞いた。

 だが、松岡先生が『×』の札を上げた。

『あいざわー、これでお前のチームはマイナス1ポイントだ』

「えー、どうしてー。完璧に答えたはずよー!」

『ちゃあんと問題を最後まで聞けばお前が間違えたというのが分かるぞー』

「マジですかあ!?」

『そういう事だ。山口先生、もう1回最初から読み上げてくれー』


“じゃあ、相沢のテーブルは解答権なしという事で残る12組にもう1度出題するぞ。スペインの画家・芸術家であるパブロ・ピカソの本名はパブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・チプリアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・ピカソであるが、彼のせん”


♪ピンポーン♪


 はあ?今度は誰だあ?篠原も反応したのにまたランプは点灯していない。という事は篠原よりも早く誰かが押したんだ・・・おい、マジかよ!?佐藤三姉妹のテーブルのランプが光ってるぞ!

「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピニアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」

 答えたのは藍だ。しかも自信満々の表情だ。篠原も再び「やられた」と小声で言ってる。

 松岡先生は『〇』の札を上げた。

『佐藤藍、正解だ。よく洗礼名を知ってたな』

「あー、はい、さっきが本名でしたよね。だから恐らく洗礼名だとヤマを張ってたから『せん』の言葉を聞いて咄嗟にボタンを押しました。もちろん本名も洗礼名も知ってました」

『成程ねえ。因みにこれは教頭先生が作った問題だ。山口先生、2問目頼むよー』


“よーし、相沢たちは解答権がないから12組に第2問目だ。太陽系最大の惑星である木星は太陽系で最多の50個以上の衛星を持つ天体だが、特に木星に近い4つの衛星”


♪ピンポーン♪


 はあ?今度は誰だあ?篠原は反応してないぞ・・・おい、マジかよ!?また佐藤三姉妹のテーブルのランプが光ってるぞ!

「シモン・マリウス」

 答えたのはまたもや藍だ。しかも自信満々だ。篠原も「なるほど、そういう事か」と小声で言ってる。

 松岡先生は『〇』の札を上げた。

『おいおい、2問目は榎本先生作成の引っ掛け問題だぞ。よく正解を言えたなあ。普通はガリレオ・ガリレイと答えたくなる筈だぞ』

「あー、それだと単純すぎるから、恐らく問題は『特に木星に近い4つの衛星のイオ・エウロパ・ガニメデ・カリストの名付け親とされるドイツの天文学者は?』だとヤマを張ってました。松岡先生、この人はガリレオよりも早く観測していたと主張していた人ですけど、使っていた暦の関係でガリレオより1日遅いと言われてますよね」

『おー、問題まで先読みしていたとは恐れ入ったぞ。それにしてもよく知ってたなあ。因みにガリレオ衛星の4つの名前は全部ゼウスの愛人だ。まあ、ガリレオは『メディチ家の星々』と名付けているけど、発見者とされるガリレオではなくシモン・マリウスが提唱した名前が使われるようになったのは皮肉だよな』

 まさか藍のやつ、本当に『知識の女神』が残した書物を見付け出したのか?・・・いや、まだ決めつけるのは早い。2回戦と決勝戦の結果を見てみないと結論を出すのは早すぎる。だが、もし藍が『知識の女神』のノートに書かれた事に感化されたのなら・・・い、いや、こんな事で冷静さを失ったら答えられる問題も答えられなくなる。落ち着け・・・。

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