第206話 一縷の望み

「・・・あのさあ、こういう時って、俺たち三人で結論を出さないといけないのかなあ」

「普通は部や同好会全体に関わる問題は顧問に相談すべきなのだろうけど・・・」

「あの松岡先生が俺たちの同好会の相談に乗ってくれると思うか?」

「多分無理じゃあないかなあ。普段から『話し合いで解決するなど男のする事じゃあない』とか言ってる典型的な体育会系だろ?下手をしたら『女の言うなりになる男なんて情けないぞ』とか言われて終わりだぞ」

「オレもそう思う。だけど一応顧問だし、仮に同好会を解散する事になったとしても松岡先生の承認サインが必要なんだから、ダメ元で相談した方がいいかもな」

「それもそうだな。相沢先輩と藤本先輩の担任でもあるからダメ元で仲裁してくれる可能性もあるから、やらないよりマシ程度で聞いてみよう」

「とにかく、松岡先生がテニスコートに行く前に捕まえないと面倒な事になるから急ごうぜ」

「ああ、そうするか」

 俺たちは悲壮感漂う中、重い腰を上げて食堂を後にして職員室へ向かった。

 職員室へ行ったら松岡先生はまだ机の前にいた。どうやら別の問題と格闘中だったようだが、それでも職員室にいてくれただけマシなので、俺たちは松岡先生に話しかけた。

「あのー、松岡先生」

「おー、篠原に拓真、それに長田じゃあないか。三人揃ってどうしたんだあ?それとも何か、期末テストの範囲で分からない箇所があるから俺に相談しに来たのかあ?」

「い、いや、そういう事じゃあなくて・・・」

「たくまー、悩み事があるなら話してみろ!男ならクヨクヨしても始まらんぞ。それとも何か、ここでは話し難い事か?」

「・・・じゃあ、この場で話してもいいですか?」

「ああ、いいぞ。男に二言は無い!」

「分かりました。じゃあ、話しますよ」

 本来なら篠原が話すべきなんだろうけど、篠原に話術を求めるのは酷だ。だから俺が篠原に代わってクイズ同好会が解散の危機に陥っている状況を出来るだけ個人的感情を除外して話したつもりだ。

 松岡先生は時々頷いたり相槌を打ったりして聞いていたが、俺が話し終わるまで一言も喋る事はしなかった。

「・・・こういう事なんですけど、松岡先生ならどうしますか?」

「・・・・・」

 さすがの松岡先生も言葉に詰まったようで腕組みしながら考え込んでしまった。松岡先生は相沢先輩と藤本先輩の担任でもあるから、俺たちだけを贔屓する訳にもいかないのは重々理解しているつもりだ。だが、松岡先生の性格からして俺たち男が女性である相沢先輩と藤本先輩の言われた事に「ハイハイ」と従って全面降伏の形でクイズ同好会を解散させるというのも面白くない筈だ。

「・・・篠原、拓真、それに長田。名目上ではあるが顧問として質問だ。お前たちはクイズ同好会だよな」

「・・・そうです。おれと拓真、それと長田は三人でクイズ同好会です」

「お前たちからクイズを取ったら何が残る?」

「・・・単なる変態の集まりじゃあないですかねえ」

「しのはらー、お前、言ってて恥ずかしくないか?」

「松岡先生に言われたくないですよー。松岡先生も平川先生も俺たちと同じくらいに変わった先生ですよ」

「おーおー、去年と今年の担任に向かって酷い言い方だなあ。まあ、俺もトキコーの中では一位、二位を争うくらいの型にハマらない教師だというのは認めざるを得ないけど、もう一つお前たちに聞いてもいいかあ?」

「あー、何ですか?」

「お前たち三人は最強か?」

「松岡先生、おれたち三人は学年でも下から数えた方が早いくらいに貧弱というか運動音痴ですよ」

「そういう事じゃあない。お前たち三人にクイズで勝てる奴はこの学校にいるのか?」

 俺たち三人は松岡先生の言葉を聞いて互いの顔を見合わせたが、これに対する回答は一つしかないから、全員が首を縦に振った。

「松岡先生、俺たち三人に勝てる奴は校内にいないですよ。なんならこの場で松岡先生と大学入試レベルの数学勝負をしてもいいですよ」

「いい目をしてるなあ。数学教師の俺でも計算の素早さと正確さでは拓真に勝てんぞ。それに篠原と拓真の二人の知識と計算力があれば、恐らく俺を含めたトキコーの数学、物理の教師が束になっても勝てんかもしれん。それに、長田と篠原が組めば、山口先生や他の国語教師が束になっても勝てないだろうな。社会科系の問題なら篠原一人で全校の生徒と教師を相手にしても圧勝するだろうし、漢検1級レベルの問題を出したら拓真一人で圧勝確実だし、古今東西の文学小説の一字一句を答えろと言われたら誰も長田に手出しできないのも同じだ。お前たち、どうしてその武器を使わないんだ?」

「武器を使うって、どうやってですか?」

「お前たち、クイズで勝負してトキコー最強だと証明しろ!舞台は俺が整えてやるから、お前たちはクイズに集中しろ」

「あのー、意味がよく分からないのですが・・・」

「まあ、俺に任せろ!とにかく、今は返事をするな。相沢と藤本への返事は俺がするから、お前たちは何もするな」

「はあ、わかりました」

「あー、そうそう、当たり前だが期末テストで追試にならない程度にクイズに集中しろ」

「それは分かってますよ」

「とにかく、今日のところは帰れ。後は俺がやる」

 正直、俺には松岡先生が何を考えているのか全然分からない。でも、松岡先生が妙に自信満々に言ってるし、それに松岡先生は有言実行の人だ。それは篠原と長田の担任だった去年の行動がそれを証明しているし、テニス勝負の事もそうだ。まさに『男に二言はない』を絵に描いたような教師でもあるから、松岡先生に一縷の望みを託すことにしよう。

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