雑草の意地

第204話 この日までは平穏だった・・・

 7月になった。

 トキコー祭が終わり、新たな生徒会長には3年A組の西郷さいごう継道つぐみち先輩が無事就任し、藤本先輩が引き続き副会長兼風紀委員長に、藍が副会長になった。同時に会計が3年C組の望月もちづき信也しんや先輩、書記がうちのクラスの内山うちやますばると3年D組の奥村おくむら倫太郎りんたろう先輩の新生徒会執行部が立ち上がり、前生徒会長の相沢先輩は3年A組のクラス委員、前副会長の唯は2年A組の風紀委員となった。

 全て新しい体制になったが、俺はトキコー祭が終わった事で無役となり気楽な立場だ。ただ、トキコー祭が終わった後の最後の実行委員会、つまり反省会だけは出席したが、この席上で唯自身の口からコスプレ問題が提起され、結局、来年からは『司会者・開票担当を含め、全員が制服を着用する』と規則が改訂される事となった。

 気楽な立場にはなったけど俺には、正確には俺と篠原、長田はこれから大きな目標がある。それに向かって全力投球をしている。

 今日は木曜日。俺たちはトキコー祭明けの登校初日から毎日昼休みは図書室、放課後は伊勢国書店に行ってクイズ合戦を繰り広げている。俺も最近はマンガ本を読むのを封印しているくらいだ。期末テストが目前に迫ってるけど今回の期末テストは「どうでもいいや」くらいにしか思っていないのも事実で、篠原は普段通りだから学年1位を容易くキープするだろうけど、俺と長田は順位が下がるのを覚悟の上でクイズ合戦をしている。

「おーい、さすがに今日は帰ろうか?」

「拓真が一番先に言い出すのは珍しいな。てっきり長田が言い出すと思ってたぞ」

「しのはらー、毎回オレが言ってたらおかしいか?」

「いや、逆だ。それが自然だと思ってた」

「相変わらず篠原は不思議ちゃん並みの思考だな」

「ある意味、篠原は脳天気なのかもしれないぞ」

「おれは脳天気ではないぞ。最近は悩みが多くて困ってるんだからさあ」

「「悩みが多くて困ってる?」」

「お前たちは知ってるはずだ。最近は以前にも増して恐怖すら感じるぞ」

「あー、なるほどねえ」

「篠原と言えども解けない問題があるんだ」

「何の事だ?」

「「やっぱりまだ気付いてないんだ!?」」

「?????」

 そう、1年生の1学期中間テストから学年1位を維持し続け、天才を欲しいままにしている篠原にも解けない問題がある。それは『相沢先輩と藤本先輩が篠原に猛アタックをかけている事』に全然気付いてないことだ。

 ゴールデンウィーク明けに俺は長田に、こっそり篠原と相沢先輩、藤本先輩の件を教えてやった。さすがの長田も腰を抜かさんばかりに驚いてたが、その翌日に篠原自身が長田に相談を持ち掛けたらしく、長田も返事に困って「嵐が過ぎるのを待つか、あるいはお前が厳しい船出をするか、どちらかを選ぶんだな」と答えたら、こともあろうことか篠原は嵐が過ぎる事、つまり、相沢先輩と藤本先輩が両方とも篠原を狙うのを諦めてくれる事(篠原本人の考えからすればストーカー行為を二人の方からやめてくれる事)を祈る選択をした。

 が、トキコー祭が終わり、相沢先輩が生徒会長でなくなった途端に篠原への猛アタックがさらに強烈になって完全に篠原は逃げ腰なのだ。学校へ行っても相沢先輩の影から逃げまくっていて、俺と長田から見たら爆笑モンだけど本人は大真面目に逃げ回っている。相沢先輩は生徒会役員ではなくなって肩の荷が下りた事もあるだろうけど、以前よりも時間を自由に使えるようになったからか、余計に篠原を自分の物にしようと必死なんだろうな。

 藤本先輩も恐らく相沢先輩の意図に気付いているから篠原を手に入れようとして必死になっているとしか思えない。ただ、風紀委員長という立場上、堂々と篠原を追い掛ける事はしていないが虎視眈々と篠原を狙っているのだけは間違いない。しかも、藤本先輩が伝家の宝刀である風紀委員長の強権を発動する、つまり、強権を発動して篠原を自分の物しようとするのを止められる人は、もう校内にはいない。会長の西郷先輩といえども藤本先輩を止めるのは無理だ。あえて言うなら一人だけいるが・・・いや、この世の終わりを見る事になるから想像したくない。だから藤本先輩は伝家の宝刀を抜き放題だ。さすがに根は真面目な優等生だから私的な事に伝家の宝刀を抜くのは考えにくいけど、それでも藤本先輩は立場上有利、相沢先輩は時間がある分有利、といった状況かな。

 俺や長田から見たら今年の『ミス・トキコー』と『準ミス・トキコー』の両方から好かれているなんて羨ましいの一言であるし、この事が俺たち以外の連中に知られたら、それこそ篠原と取って代わりたい連中が続出しそうなくらいに羨ましがられるはずなのに、篠原の鈍感ぶりは異常なくらいだ。

 それに、この篠原の鈍感ぶりを知ってるのは俺と長田以外では、村山先輩と宇津井先輩、本岡先輩、佐藤三姉妹、泰介と歩美ちゃんだ。つまり、リアル脱出ゲームの後の食事を一緒にしたメンバーだけだ。

 まあ、校内での評判は、今日現在でも俺が『去年のミス・トキコー』唯と『2年連続準ミス・トキコー』の藍の二人の猛アタックにも気付いてない超鈍感男として注目されてるけど、篠原の事が表面化すれば俺と同等か、それ以上の騒ぎになるのは必至だ。

「じゃあ、また明日頑張ろうぜ」

「そうしよう」

「それじゃあ」

 そう言い合うと、俺は歩いて大通駅へ、篠原と長田はそのまま目の前の札幌駅へ向かった。

 そう、この日までは俺たちクイズ同好会は平穏だった。


 明けて金曜日。

 今日も俺たち佐藤きょうだいは三人揃っての登校だ。唯は藍に変わって風紀委員に就任したが、朝と夕方の巡回担当は藍の担当日だった日が唯に置き換わっただけなので、一番最初の朝の担当は来週の水曜日だ。つまり、俺と藍が一番最初に二人だけで登校する来週の水曜日、この日が最初の問題日だ。この日にどういう態度を藍が取るのか俺には想像がつかない。ただ、幸いにして来週の火曜日からは期末テストで、水曜日は期末テスト2日目だから、藍も浮ついた事を仕掛けてくるとは思えない。

 藍はトキコー祭明けの最初の登校日から昼休みも放課後も時間が許す限り図書室に通い詰めている。唯や泰介、歩美ちゃんも不思議に思ってるけど、藍は「今度こそ篠原君を追い抜く気でいるから」と嘘の説明をして唯たちを納得させた。けど、俺も一度だけ図書室で本を探しまくる藍を見て、逆に鬼気迫るオーラのような物を感じて早々に図書室を後にしたくらいだ。その位に藍は俺を手に入れようと必死になっている。

 表向き、まだ藍は仕掛けてはいないが水面下で既に動いてる。恐らく唯が気付いたら修羅場以上の抗争に発展するだろうが、唯の態度を見る限りは藍はボロをだしてないから仲の良い姉妹(校内では友人)そのものだ。


 だが、この日の朝、藍と唯がとんでもない暴露話をした。

「たっくんさあ、クイズ同好会は今年は全国優勝出来そうなの?」

「うーん、百パーセントとまではいかないけど、少なくとも去年の全国大会の準決勝のような出題がなければ決勝までは残れそうな気がするぞ」

「へー、拓真君、随分と強気な発言ね」

「当たり前だろ。俺たちクイズ同好会の三人を止められる奴は校内の誰もいないさ」

「たっくーん、本当にそう思ってるの?」

「ああ、もちろん」

「じゃあさあ、もし篠原君がいなくなったらたっくんはどうするつもりなの?」

「そんな事はあり得ない。俺と篠原、長田は三人で東京へ行くつもりだからな」

「拓真君、あなたは知らないだろうけど、藤本先輩は篠原君を引き抜くつもりよ」

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