第203話 そう捉えてもらって結構よ

「あなたと唯さんの間に何があったのか、それを聞いたところで答えてくれるとは思えないけど一昨日の唯さんとの口論を見ていて確信したわ」

「確信した?」

「ちょっと前に気付いたんだけど、拓真君、あなた、唯さんと並んで歩く事を意識的に拒んでいるわね。いや、正確には校内で並んで歩く距離が以前よりも狭くなったり広くなったりして一定ではなくなっているから、恐らく唯さんと並んで歩く時の距離を忘れてしまった事を唯さん自身の口から言われるのを恐れている。しかも一昨日の口論の時、あなたは唯さんに謝る事をしなかった。今朝になっても唯さんに謝ってないわよね。以前のあなたからなら考えられなかった事よ」

「・・・そこまで気付いていたのか」

「まあね。私は今でもあなたしか見てないわ」

「それを言われると逆に俺も怖くなるけどね」

「正直に言うけど、昨日、もし私が優勝したら有無を言わせず唯さんから拓真君を奪い取るつもりでいたけど、結果は2年連続の準優勝。本当の事を言うと唯さんが準ミス・トキコーだと発表した瞬間にぶっ倒れるかと思うくらいに気が動転したわよ。私自身は勝った気でいたからね。まあ、さすがに先生方が全ての無効票と私の票の両方をチェックして唯さんが一切関与してないし、校長先生や理事長のクラーク博士までもが藤本先輩の優勝を認定してしまったからから諦めるしかないけど、もし実行委員会が判断していたら私は唯さんを呪ったでしょうね」

「・・・・・」

「これも正直に言うけど、私があなたを堂々と奪い取る日も近いわね」

「・・・それは、俺と唯がギクシャクし始めているからか?」

「それもあるけど、あの子、私がいなくても夜は大丈夫だと思うわ。以前よりも扉を開ける幅が狭くなったわ。昨夜は以前の三分の一くらいしか開けてないから、恐らく開けているだけで安心感が得られるんじゃあないかしら?最初の頃は私の顔が見えないと不安だったみたいだけど、扉をちょっと開けるだけで安心して寝られるって事は結構落ち着いてると見ていいわ。恐らく扉を開けなくなる日が来るのも近いでしょうね。最初のうちは一晩が限界かと思うけど、それが二日、三日と続けば、私は唯さんのお姉さんである事を続ける気はない」

「その時に唯は大人しく引き下がると思ってるのか?」

「どうかしら?でも、私は唯さんが私と勝負しないで大人しく引き下がると見てる。まあ、あくまで希望的観測だけどね。女の嫉妬は怖いから修羅場以上の醜い争いに突入するかもしれない。さすがに私も見通せないわよ。それこそネコえもんの秘密道具『タイムテレビジョン』でもあれば私が見てみたいくらいよ」

「『タイムテレビジョン』で見た将来の俺が唯を選んでたら、藍は大人しく引き下がるのか?」

「・・・それは・・・それは正直分からない。私は拓真君以外には考えられないから」

「それじゃあ『タイムテレビジョン』を見る意味がないだろ?」

「たしかに拓真君の言う通りね。私の思い描いた未来になる保証はどこにもないわ」

「まあ、唯との間で少し隙間風が吹き始めたのは認めるさ。でも、唯はそう思ってない筈。あくまで俺の気持ちの問題だ。何が原因で風が吹き始めたのかも分かっている。風が強くなるのか、それとも収まってしまうかは俺にも正直分からない」

「じゃあ、私が強制的に暴風に変える物を見つけ出したら、素直に別れてくれる?」

「『暴風に変える物』?・・・七不思議の4番目『知識の女神』が残した書物の事か?」

「その通りよ。私は10万冊を超える図書室の本の中から見付け出して見せるわ」

「・・・唯が立ち直った時にも、藍が七不思議の4番目を見付けだした時にも、俺の周囲には血で血を洗う抗争が勃発するのか?唯の嫉妬は以前よりも激しくなったと思ってるのは藍も同じだろ?義理とは言え姉妹で俺を取り合う抗争が勃発してもおかしくないんだからさあ」

「まあ、その表現は正しいかもしれない。それまでは拓真君を唯さんに預けておくから、束の間の平和を楽しんでいればいいわ」

「おー、こわっ。『A組の女王様』の抗争勃発宣言かよ!?」

「そう捉えてもらって結構よ。それより、このまま電車に乗って帰ると下手をしたら札幌駅についた途端に抗争が勃発する可能性があるから、どうするつもりなの?」

「あー、そういえば唯たちは札幌の駅前にあるカラオケこま犬で今頃は歌いまくってるんだったなあ。夕方6時でフリータイム終了だから、今から歩いて小樽駅に行って電車に乗れば札幌駅に着いた時にホームで伊藤さんたちに目撃される可能性があるって事か」

「ちょっと名残惜しいけど、電車を1本ずらして乗って、お互いに真っすぐ家へ帰る事にすれば仮に見られても問題ないと思うけど、どうかしら?」

「それとも、俺だけ1つ手前の桑園そうえん駅で降りて歩いて札幌駅へ行くか?」

「あら?そこまでして私と手を繋いで電車に乗りたいの?」

「そ、そんな事は考えてないぞ!」

「まあ、あの時は私が手稲で降りるまで手を繋いでいたからねえ。拓真君は今日も名残惜しく私と手を繋いでいたのかもしれないわよ」

「はー・・・どっちを選んでも俺は小樽駅まで手を繋いだまま行く事になるんだろ?今日はあの日に起きた事を全部再現していたんだからさあ」

「どのあたりで気付いたの?」

「ソフトクリームを藍が勝手に注文して、藍が俺にミルク味を渡した時。正直、今日の俺はフロマージュを食べたい気分だったけど、ミルク味を渡された時にハッと気づいた」

「まあ、たしかにあの時、拓真君は一瞬だけ顔色を変えたからね。その後はしばらく気が動転していたように感じたけど、間違ってないわよね」

「そこまで見抜いていたとは、さすがに俺も関心を通り越して恐怖するぞ」

「私は拓真君しかみてないからね。あなたの気持ちを見抜く事には自信あるわ。それじゃあ、そろそろ帰るわよ」

「ああ、いいよ」

「悪いけど、拓真君は桑園で降りてね」

「結局は藍の方が俺と長く手を繋いでいたいんじゃあないかあ!」

「あら?拓真君の提案に賛成しただけよ。私は小樽から違う電車に乗ると提案したわよ」

「はいはい、藍の判断に従いますから、俺は桑園で降ります、降ります」

「分かってるじゃあないの。あー、そうそう、これを渡しておくわ」

 そういうと藍は背中のリュックを手に持ってリュックを開け、入れてあった封筒を俺に渡した。俺はそれを手にした時に見た目以上に重たい事に気付いた。中身はお札と硬貨のようだ。

「あれ?これって・・・もしかして」

「そう、約束は約束よ。今日は折半するって事になってたわよね」

「・・・この橋に来るまでは去年の10月を再現していたから俺に全部払わせたけど、この橋に着いてからは再現してないから、昨日の約束通りにしたって訳か・・・結局、全ては藍のシナリオ通りに進んでいたって事かあ」

「まあ、その通りよ。だけどねえ、1つだけ誤算があって、シュークリームの値段が上がってたのを知らなかったから封筒には去年の10月の時の値段しか入ってないのよ。さすがに差額分は目を瞑って欲しいんだけど、いいかしら?」

「それくらいなら別に構わないぞ。どうせ俺の財布の中は電車賃を払ったら10円玉と1円玉しか残らないんだからさあ。戻ってくるだけで万々歳だ」

「ありがとう。それじゃあ、帰るわよ」

 そう言ったかと思うと、藍はニコッと微笑んで自分から俺の腕を組んできた。えっ?手を繋ぐんじゃあなかったのか!?

 藍は俺が戸惑った事に気付いたのか笑いながら

「拓真君、手を繋いで帰ったのは去年の10月の事。もうあの時を再現する必要はないから、今からは今年の6月のシナリオに沿って進むわよ」

「はー・・・藍の好きにしてもらって結構ですよ」

「じゃあ、このまま桑園まで行くわよ」

「はいはい」

 俺たちは小樽駅までではなく俺が桑園駅で降りるまで腕を組んでいたけど、結構車内が混雑していても組んでたから周囲が少し、いや結構引いてたなあ。俺が家に着いた時には父さんと母さん、それに藍はいたけど唯はいなかった。結局、唯が帰ってきたのは俺が帰ってから1時間以上もあとだった。何でもカラオケこまイヌを出た後に全員でマイスドで喋っていたらしく、それで帰るのが遅くなったようだ。

 という事は、間違いなく唯は俺が藍と一緒にいた事に気付いてないし、他の連中にも見られてない。今日は色々な事があったけど、藍の言葉ではないが今は束の間の平和を楽しむ事にしよう。

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