止まったままの時間
第199話 私は変わってないわよ
明けて月曜日。
昨夜言った通り藍と唯は同じ時間に出掛ける。唯の場合は2年生の女子6人と夕方までカラオケフリータイムで打ち上げをやる為だが、藍の表向きは「中学の同級生のところへ行ってくる」だ。この時期は公立・私立を問わず幾つかの高校の学園祭が同じ日に行われてるので怪しまれる事はない。それに唯だって藍の中学時代の子との接点はないに等しいから問いただす事もしない。
俺は結構早く起きたのだが、実際に部屋を出て朝飯を食べ始めたのは藍と唯が出掛ける少し前だ。
「たっくーん、ようやく起きたの?」
「わりー、たまには寝過ごしてもいいだろ?」
「たっくんさあ、トキコー祭が終わったからって緩みすぎじゃあないの?」
「それはそうかもねえ。拓真君は実行委員の仕事が終わって肩の荷が下りたから逆に気が緩んだのかもね」
「まだ実行委員の仕事は終わってないぞ。決算報告だって終わってないんだからさあ」
「でも、基本的に全部昨日のうちに終わってるから明日のホームルームで承認をもらって最後の実行委員会に提出すれば終わりよね」
「そうすれば拓真君はお役御免ってところよ。私たちはこの後もあるから気が抜けないわよ」
「そうだよー。唯もお姉さんも立場が変わるだけで役付きなのは変わらないんだよ」
「あーいー、後期にはトキコー祭のような行事はないし、あるのは運動部の激励会とか体育祭のような校内向けのイベントしかないんだから結構楽だとか言ってたんだろ?」
「まあ、それは認めるわ」
「俺はこれから忙しくなるんだ。今日くらいノンビリしてもいいだろ?」
「そう言われてみればそうだよね。たっくんは今年こそ全国制覇を本気で目指してるんだよね」
「そういう事だけど今日くらい息抜きしてもいいはずだ。まあ、気が向いたら俺もフラッと出掛けるかもしれないけど」
「じゃあ、そろそろ私と唯さんは出掛けるわよ」
「たっくーん、唯は出掛けてくるよー」
「ああ」
藍と唯は出掛けたけど、今までの会話は俺と藍のアリバイ作りでしかないのは明白だ。恐らく藍は唯と別行動になった途端に俺に何らかの指示を出してくるはずだ。多分メールだと思うけど、どうせその指示だって俺も藍も会った後に消去した事を確認し合う事になる。そう、俺と藍が彼氏彼女の関係だった頃はいつもこうだったのだから。
俺は朝食を食べ終わると自分の部屋へ戻って服を着替えた。後は藍からの指示を待つだけだが・・・
“♪♪♪~”
来た、メールだ。しかもこの音は藍からだ。俺はメールを開いた。
『小樽までの切符を買って電車に乗りなさい。
やっぱり・・・昨夜、藍が「とりあえず家にいて頂戴」と言った時から想像がついていたから驚く事はなかったが、藍のやつ、以前、俺と付き合っていた時と同じやり方で俺と合流するつもりだ。
去年までの藍は手稲区に住んでいて手稲駅からJRと南北線を乗り継いでトキコーに通っていたから、俺たちはいつも手稲駅で合流して小樽へ向かった。しかも、いつも最後尾の車両に俺が乗り、その車両に手稲駅から藍が乗り込んできた。お互いに周囲に知ってる奴がいないと分かった段階で合図を送って俺と藍は隣の席に座るが、1回だけ藍の知ってる子が乗っていて
藍は一時下車の形で先に手稲駅へ行って待ってるはずだ。だから俺は急いで家を出て、東西線経由で札幌駅へ行ってそこからJRに乗り換えた。
『0955』
俺が藍に送信したメールはこれだけだ。
手稲駅発9時55分の電車に乗るという意味だが、藍にはこれだけで分かる。というより俺が間違って他人へ送信した場合でも内容を悟られないようにするための一種の暗号のような物であるが、これを送信して俺は以前のように最後尾の車両に乗り込んだ。
俺が小樽方面へ行くJRに乗るのも久しぶり・・・というより、俺がこうやって小樽まで行くJRに乗るのは、あの最後のデート以来・・・いや、もうあれは封印したい記憶だが、あれがあれを引き起こす原因にもなった。あの出来事は今でも俺を縛り付けている。俺はあの呪縛から逃れられない。藍は俺をどうするつもりだろう。
俺が乗ったのは
やがて列車は手稲駅に停車した。藍は・・・いた!以前と同じく最後尾の車両の、真ん中のドアから乗り込んだ。しばらくは席を探すフリをして左右を見渡していたけど、俺が後方で立っていたからこっちに向かってきた。その顔は俺の予想に反して普段の女王様を彷彿させるクールな顔だ。俺はてっきり昨日の『ミス・トキコー』の時に見せたような自然な笑みをしているのかと思っていたから少々拍子抜けした感じになった。
「・・・座ってるのかと思ったわ」
「たまにはいいだろ?」
「それもそうね。でも空いてるから座らない?」
「いいよ」
「じゃあ、あそこに」
そういうと藍はロングシートのほぼ中央に座り、自分の右側のシートを右手でポンポンと2回叩いた。「拓真君、ここへ座ってね」という意味だと気付いた俺は素直に藍の右に座った。
藍は俺が右側に座ると同時に自分の右手で俺の左手を掴んで、そのまま腕を組んできた。その途端に藍はクールな女王様からニコニコ顔をした普通の女の子に早変わりしたから、あまりの変わりように俺は一瞬だけ面食らった格好になった。
「あーいー、結構大胆だな」
「あら?私は変わってないわよ。変わったのは拓真君の方よ」
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