第141話 散歩
俺は唯を気遣ってやろうと今日は自分からクロワッサンを焼いてあげたのだが、どういう理由なのかは分からないが『食パンが食べたい』などと言い出したから、俺だけでなく藍も、それに父さんも母さんも目を丸くしていた。唯がクロワッサンを食べないなんて、どう見てもおかしい・・・。
藍はますます怪訝そうな顔をしていたが、普段通り食パンを2枚食べ終わると自分の部屋へ戻っていき、そのまま部屋に籠ってしまった。俺には藍が何か言いたい事があるような顔をしていたように感じたが、結局、俺と唯が出かけるまでの間に一言も喋る事をしなかった。
俺と唯は父さんが運転する車で新札幌の病院へ行った。診察が終わったら父さんへ連絡して迎えにきてもらう事になっているが、本当は父さんへ連絡する前にタンチョウドラッグに行く事になっているので、それが終わってから父さんに連絡して迎えに来てもらう事になる。当然だが父さんにはそんな事は言えないので黙っている。
唯は受付を済ませた後、俺と並んで待合室に・・・ではなく、唯は何故か外を歩きたいと言い出したので、俺と唯は病院の外を歩き始めた。
今日は快晴だが、涼しい朝だ。湿度も低く、まさに初夏の北海道そのものといった天気だ。その中を俺と唯は並んで歩いているが、どうして唯が散歩したがったのか俺には分からなかった。
土曜日の朝という事もあり、待合室には小学生や中学生と思われる子も大勢いた。もちろん、その子たちのお父さんやお母さんと思われる人もいた。中にはお爺ちゃんやお婆ちゃんと一緒の子もいたが、一人で来ている子はいなかった。
俺は本当に人の親になるのか?
いや、俺にはそんな想像がまったく出来ない・・・いや、想像できなくて当たり前だ。自分がまだ子供だと思っているのだから、いきなり親になれと言われても頭の方がついていけない。
昨夜の唯を見た限りでは、もう唯の方は覚悟を決めているように感じた。覚悟が足りないというか自覚がないのは俺だけだな・・・。
しばらく唯は無言のまま俺と並んで歩いていたが、やがて喋り始めた。
「・・・たっくん、昨日の唯との約束、まだ覚えてる?」
「・・・覚えてるぞ。これが終わった後、タンチョウドラッグに行くって話だろ?」
「そうじゃなくて、これからも唯を守ってくれるっていう約束の事・・・」
「ん?・・・ま、まあ、俺は唯を守るつもりでいるぞ」
「ありがとう・・・たっくん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、いいかな?」
「いつでもいいぞ」
「今朝、唯がトイレで大声を上げたことを覚えてる?」
「当然だ。藍だけでなく父さんも母さんも何事だと言わんばかりの顔をして驚いていたからなあ」
「その事なんだけど・・・唯、『アレ』がきたのよ」
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