第134話 多分、これが真実

 結果的に現執行部6人のうち、唯以外は『ミス・トキコー』の関係者という事になり、中立を規則で義務付けられた唯を含めた全員が選挙運動の規制対象者になっている。そう考えると今年は取り締まる側のトップともいうべき風紀委員長が規制の対象なのだから、後で色々と問題になりそうな年でもある。

 結局、今日の実行委員会はピリピリしたムードのまま終了となった。

 唯が閉会を宣言して実行委員が出ていくと、入れ替わりに山口先生と植村先生、それと斎藤先生が入ってきた。この三人が一緒に入ってきたという事は、明らかに唯に事情を聞くためだというのは容易に想像がついた。案の定、山口先生が唯に「悪いけど佐藤唯はこの場に残ってくれ」と声を掛けてきた。ただ、俺も同席するように言われた。生徒は知らないが先生方は俺と唯が義理とはいえ兄妹である事を知っているのと、唯だけを残して話を聞くと唯が委縮する可能性があるので俺に同席するように言ったのだとは俺にも分かった。ただ、藍がいると話しにくい可能性があるので帰らせたのは正解だと思う。

 相沢先輩たちが退室して俺と唯だけになった後、予想通りではあったが、俺と唯は黒田先生を含めた四人から事情を聞かれた。唯が『ミス・トキコー』を出場辞退した背景には、誰かから不当な圧力を直接、あるいは間接的に受けていないかという事だった。既に斎藤先生が奥村先輩を、植村先生が世良先輩に別々の場所で事情を聞いたようだが、二人共、通達に違反しているような事をしていないし、それらしい話を聞いてないと言っているようだ。山口先生から情報が上がって斎藤先生と植村先生が即事情を聞いてるから、二人が口裏合わせをしたとは思えないとも言っていた。

 この時も唯は「自分で決めた」「昨年、自分の発言で現場を混乱させたのは事実なので、今回は迷惑を掛けたくない」「ある意味、勝ち逃げだけど、辞退した事によって『ミス・トキコー』の称号を持って卒業できる」などと言っていたが、表情を変えるような事はせず、あくまで淡々と語っていた。

 当然、俺は「さっきのショートホームルームが始まるまで、唯はエントリーしていると思い込んでいた。俺は誰かが唯に圧力を掛けたような話は聞いてないし見てもいない」と言った。ただ、厳密に言えば俺は舞の件を隠している。でも、この件については俺と藍、舞の間の約束として『無かった事』になってるから、俺も先生たちの耳に入れる気はないし唯自身もその話は知らない。

 山口先生は「自分の本心でそう言ってるなら問題にしないけど、誰かから圧力を掛けられて無理矢理言ってるなら見逃せないから教えてくれ」とまで迫ったが、あくまで唯は自分の判断でエントリーしない事を決めたと言い切った。だから山口先生たちも半信半疑であったが聴取を打ち切った。

 ただ・・・俺はあえて言わなかったが、さっき、唯は泣いていた。でも、なぜ唯が泣いていたのかは分からない。もしかしたら本当は唯はエントリーする気でいたのかもしれないが、何らかの理由で出場を断念せざるを得なくなり、藍にも俺にも話せず苦悩しているのかもしれない・・・いや、多分、これが真実だろう。


 俺と唯はそのまま生徒会室に向かった。唯の事が心配だったので今日の俺は自主的に生徒会室へ行ったのだ。

 生徒会室に行ってみたら奥村先輩と世良先輩が来ていて、奥村先輩は藤本先輩に、世良先輩は相沢先輩に何かを聞かれていて相当小さくなっていた。恐らく唯が出場辞退した原因が「藤本さんファンクラブ」「相沢さんファンクラブ」にあるのではないかと睨まれて呼び出されたというのは容易に想像がつく。藍と舞、それと宇津井先輩、本岡先輩は困惑しつつも互いにヒソヒソ話をしながら隅で見ていた。ある意味、奥村先輩も世良先輩も『校内2きょう』と言われてる斎藤先生と植村先生だけでなく生徒会執行部からも立て続けに事情聴取されているのだから、二人には少し同情したくもなるぞ。校内一のM男とまで言われる奥村先輩も顔が引き攣って脂汗をかいているから『トキコーの女王様』藤本先輩の追求は相当凄まじかったというのは一目で分かった。

 唯が入ってきた事に気付いた奥村先輩が真っ先に唯に向かって「すまん、俺たちファンクラブの存在が唯さんを出場辞退に追い込んだようなものだ。申し訳なかった」と頭をさげ、世良先輩も「仮に直接的に迷惑を掛けた行為がなかったとしても、影で唯さんを疎ましく思っている連中がファンクラブの中にいたのは事実なので、不快な思いをさせて申し訳なかった」と言って頭を下げた。当然だが相沢先輩も藤本先輩も「唯を出場辞退に追い込んだ原因の一部が自分たちのファンクラブにあったと思う。申し訳なかった」と言って頭を下げた。

 唯は「先輩たちが原因じゃあありませんよ。それに唯は自分で決めた事なので後悔してません」と言ったが、無理して笑顔を作っているのがアリアリと分かり、相沢先輩も藤本先輩もますます恐縮してしまって、もう1回頭を下げたくらいだ。

 俺は「唯は出場辞退した本当の理由を隠している」というのを確信したが、その理由までは分からない。相沢先輩や藤本先輩、それに藍も気付いた可能性があるが、これ以上唯を問い詰めると返って逆効果になりそうなので、それ以上は何も言わなかった。

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