第116話 既に俺の心の中は・・・

 俺は高崎先生が一緒にいる事で少しだけだがテンションが上がった。

「あのー、高崎先生は今まで何をやってたんですか?」

 俺は素朴な疑問を口にした。それに対し高崎先生は

「あー、それはですねえ、明日の授業で使うプリントの準備と、レポートを作成のために今まで頑張ってたんですよ。さすがに外も暗くなってきたし、丁度キリがいいところだったので切り上げて帰ろうとしたら、あなたたちに声を掛けられたんですよね」

そう言って高崎先生は笑顔を見せた。

 高崎先生は地下鉄とJRで通っているから当然俺たちの行先は一緒だ。ただ宇津井先輩と本岡先輩は乗る方向が逆なので駅で別れた。

 俺たちは同じ車両に乗り込んだが、その間も色々と話を聞けて結構楽しかった。五人の中で一番高崎先生と話をしていたのは間違いなく俺だ。多分俺の顔は生き生きしていたはずだ。

 やがて大通駅に近づき俺と藍、唯は降りる事になったが、降りる直前に俺は

「あのー、俺たちこの後、ここのWcDに寄って行く事にしてるけど、もし良ければ高崎先生もご一緒しませんか?」

 と言ってしまった。

 この瞬間、俺はヤバイと思った。何しろ藍や唯には何も話をしていないのに、いきなり高崎先生を呼ぼうと勝手に言い出したのだから、下手をしたら藍か唯に後で文句を言われる可能性があった。

 だが、俺の心配を他所に藍と唯も大賛成で是非来てくれと言い出した。

 ただ俺たちの期待も空しく高崎先生の都合により今日は無理との事だった。でも、教育実習が終わった後ならばいいとの事だったので、日を改めて会ってもらう約束を取り付ける事が出来た。

 俺たちはWcDに行って1時間以上もお喋りしながら食べていたけど、どうも俺はかなりハイテンションだったらしい。その証拠に

「拓真君、今日の昼休みの時より饒舌ね」

と藍から突っ込まれるし、唯も唯で

「そうそう、なーんか朝から夏バテみたいな雰囲気だったけど、ようやくこの時間になって絶好調になったみたいね。たっくんは暑いのが苦手だったのかなあ」

とか言ってる。

 まあ、唯の場合、あきらかに藍に調子を合わせただけなのはすぐに分かり、片目を瞑って合図していた。

 俺は唯がちょっとだけ中座してトイレに行った瞬間が一番怖かったが、藍は特に変わった事を言わなかった。俺は内心、唯との事を言われると思ってヒヤヒヤしていたが全然別の事を話してきたので拍子抜けしたくらいだ。どうやら本当に藍も気付いてないようで、マジでホッとした。唯がこの件でボロを出すとは思い難い。となると、ボロを出しそうなのは俺の方だ。今は緊張感があるから出さないと思うけど、どこかのタイミングで緊張感が薄れた時が怖い。いずれはバレるとは思うが・・・。

 俺たちはいつも通り東西線に乗って帰り、いつもの駅で降りた後は徒歩で家に向かった。その時にも俺は藍と唯の前を歩いた。二人は俺の後ろでお喋りしながら歩いていたが、その会話を聞きながら、俺はある事をずっと考え続けていた。

 ある事とは・・・唯との距離感だ。

 放課後、俺は唯と並んで歩いたが、その時、俺は唯と並んで歩けなくなっている事、正確には『どれだけの距離感を取って歩けばいいのか』が分からなくなっている事に気付いたからだ。

 近すぎると校内の誰かに俺と唯が彼氏彼女の関係だという事に気付かれる。それに藍も絶対に「一線を超えた」と気付く。でも、遠すぎると唯が不信感を持つ。

 これがうまくいかないと本当に「佐藤きょうだい」が崩壊する。既に俺の心の中は崩壊が始まっているのかもしれない。先週の金曜日までなら唯と廊下を歩くのも平気だったが、今は逆に歩けなくなっている。ただ、藍とは今日も何度か並んで歩いたが藍との距離感は覚えていた。でも、藍と歩く時の距離は唯との距離と違う。どうしてこんな簡単な事もできなくなったのか・・・。

 いずれ唯もこの事に気付く可能性がある。その時に俺はどう説明すればいいのか、その答えが見つからない。

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