第91話 致命的なミス

「・・・私は文学少女に憧れてました。それに、電話やメールで呼び出して拓真先輩とお喋りしたいのではなく、ただ単に隣にいられるだけで良かったんです・・・いつか、拓真先輩がわたしの想いに気付いてくれた時には、そっと靴箱に手紙を入れて、わたしの想いを伝えるつもりでいつも鞄の中に便せんと封筒を何枚か用意してあったんです・・・でも『唯先輩は邪魔だ、拓真先輩はわたしの物だ』という想いが強くなって、とうとうわたしは物理・化学・生物地学の先生たちの準備室にあるプリンターを使ってあの手紙を書き、唯先輩にあの手紙を送り付けるつもりで靴箱まで行きました。でも、その時に生徒指導室の通達に引っ掛かるって気付いたんです。『ミス・トキコーに出場しようとしている生徒に圧力をかけて辞退に追い込む行為は指導の対象とする』という通達事項のに引っ掛かるって気付いた時、わたしは目の前が真っ暗になりました。どうやったら唯先輩にこの手紙を渡す事が出来るか、必死になって考えた結果が拓真先輩の靴箱に入れる事でした・・・」

「・・・舞さんの考えが分からないでもないわ。普通、男子に対して『別れろ』という手紙を送り付けるのは、交際相手の女の子に興味を示している男子と考えるから、仮に拓真君が唯さんにこの手紙を見せても女子が送り付けて来たなんて想像できないわ。実際、私もそうだったのは認めるわ。しかも、唯さんに直接手紙を出さなければ通達事項にも引っ掛からない。まあ、あきらかにこの通達は唯さんを守るため、つまり藤本さんファンクラブと相沢さんファンクラブが暴走しない為に出された通達なのは見え見えよ。しかも表向きは唯さんは彼氏がいない事になっているから交際相手が脅迫されるというのを考慮してない、私から言わせれば欠陥通達ね」

 たしかに藍の言う通りだ。実際、表立ってファンクラブが唯を出場辞退に追い込むような事をしてないので一定の効果があったのは間違いないが、抜け道はいくらでもあるという事だ。唯もそれを恐れているのは事実だ。

「・・・藍先輩、一つだけ教えて下さい」

「・・・何を?」

「まさか藍先輩と拓真先輩が手を組んでいたとは思ってませんでした。どうして拓真先輩の味方をしたんですか?藍先輩が以前から拓真先輩を狙っているというのは薄々気付いてました。だから藍先輩が拓真先輩に協力する可能性を排除していましたし先週の藍先輩の演技を見抜けませんでした。どうして唯先輩を守るために拓真先輩に協力したのか、その理由を教えて下さい」

「・・・その前に、あなたの致命的なミスを指摘してあげるわ」

「致命的なミス?」

「まさにあなたは現代の女シャーロックホームズね。自らの豊富な知識とわずかな手がかりから必要な情報を読み取り、正解を導き出すなんて私には到底無理な話よ。だけど、あなたはリアル脱出ゲームの会場で致命的なミスを犯したのよ。それがこれよ!」

 そう言うと藍はブレザーのポケットからスマホを取り出した。

 舞は一瞬だが目を丸くして藍が取り出したスマホを見たが、すぐに納得したかのような顔に戻った。

「・・・そういう事でしたか・・・藍先輩も同じストラップを持っていたという事は、藍先輩も拓真先輩も、それに唯先輩も単に「2年A組の佐藤さんトリオ」以上のつながりがあったという事だったんですね・・・たしかにわたしはここで致命的なミスを犯しました。もしこれに気付いていれば、藍先輩が唯先輩の為に拓真先輩と手を組む可能性があるという事に行きつくから、藍先輩の演技を見抜けたと思います。わたしもまだまだですね・・・」

「・・・そういう事よ。じゃあ、さっきの答えだけど、唯さんは叩き潰すべき存在であり、同時に守るべき子よ」

「守るべき子?・・・矛盾しているように思えるのですが・・・」

「拓真君・・・あなたと私、唯さんの関係をどこまでなら話していいかしら?」

「・・・全部教える方が舞の為になるとは思うが、知らない方が舞の為かもしれないという部分もある・・・俺が話してもいいか?」

 藍は俺の顔を見るなり「はー」と短いため息をついたが、やがて諦めたような顔をしたかと思うと、いつものクールな笑みを浮かべた。

「・・・拓真君の好きにしなさい。この子が聞いたら卒倒しそうな事まで喋っても私は文句を言わないわ」

 だが、舞は藍の言葉を聞いた直後に一瞬だが驚愕の表情を見せた。そして深刻な顔をして考え始めた。だから逆に俺は話すのを躊躇してしまった。

「・・・卒倒?・・・藍先輩・・・まさかとは思いますが・・・元カノですか?」

「・・・世間ではそう呼ぶわね。でも私から言わせれば拓真君を一時的に唯さんに貸してるだけ。もっとも唯さんは私と拓真君の関係を知らないわ。まあ、あなたが言った所で唯さんが信じるとは思えないけど」

「そうですね。わたしが言っても信用ゼロになってしまったので唯先輩は信じないでしょうね。それと、確信があって言った訳ではないです。半分は勘ですよ。でも、それを聞いて何故拓真先輩に執着しているのか分かりました。しかも『ミス・トキコー』と『準ミス・トキコー』が揃ってわたしの前に立ちはだかっているのだから勝ち目はないですね・・・」

「あーあ、たった一言で拓真君が話す前に自分で半分の結論を導き出しちゃったわよ。この推理力、ますます恐ろしくなってきたわ」

 藍はさっきまでのクールな笑みではなく、サバサバした表情になった。俺も舞があの一言だけで俺と藍の関係を見破るとは思ってなく、舞の推理力が逆に恐ろしくなってきた。これ以上喋ると「俺たちは義理とはいえ、本当のきょうだい」という事にも気付かれそうで、冷や汗が出てきた。

「・・・残る半分はもういいです。これ以上聞くと逆に決心が鈍りそうなので」

「決心?何の事だ?」

 俺は舞の言葉に半分ホッとしたが、半分疑問が残った。舞は何を決心したんだろう・・・だが、あまり追及しない方が俺自身の為なのかもしれない・・・。

「・・・拓真先輩、お願いがあります」

「・・・俺に出来る事ならば聞いてやるぞ」

「気持ちの整理をつける意味でも、先輩に告白させて下さい。答えは聞く前から分かっていますが、言わせてください」

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