第90話 小さな幸せを壊す存在

「分かった。だからもう土下座なんかしなくていいから、その代わり、全部正直に話してくれないか?」

「・・・わかりました」

 そう言うと舞はヨロヨロと立ち上がった。そのまま俺に向かって深々と頭を下げた後、頭を上げ真っすぐ俺の方を向いてから喋りだした。

「・・・わたしが最初に拓真先輩と唯先輩の仲を疑ったのは宿泊研修から帰ってきた日の事です・・・」

「えっ?お前、どうしてそんなタイミングで疑ったんだ?」

「・・・拓真先輩は気付いてなかったと思いますけど、あの日、拓真先輩は唯先輩と一緒の東西線に乗って帰りましたよね。私もすぐ近くに乗っていたのに全然気付く事なく、ずっと二人で喋っていたから、その時点で『もしかしたら』って思ったんです・・・」

「「・・・・・」」

「・・・それからずっと気になっていたから、さりげなく唯先輩の観察をしていたんです。それで、リアル脱出ゲームの時に拓真先輩とお揃いのストラップをスマホのケースに着けている事に気付いたんです。あれをお揃いで持っているからには絶対に怪しいって・・・」

「おいおい、『はじっこぐらし』のストラップで怪しまれるとは・・・うちのクラスでも男女問わず使っている奴はかなりいるぞ」

「・・・あのストラップ、実は限定品で販売開始2日で全国の店頭から消えたレア物なんです。しかもネットオークションでは売値の5倍以上もの値段で取引されている位だから、それをお二人が揃って持っているという事で『おかしい、絶対に何かある』と思ったんです」

「「・・・・・」」

「・・・リアル脱出ゲームが終わった後、わたしは村山先輩と一緒に帰りましたけど、その帰り道に2時間くらいマイスドで喋っていたんですよ。わたしは村山先輩から唯先輩について色々聞きました。御両親を亡くされた事、でも、その後も佐藤姓を名乗っている事から、おそらく親戚の佐藤さんの家に引き取られたんじゃあないかって村山先輩は言ってました。女子高生が一人で学費を確保しつつ生活できているとも思えないし、しかも私立高校にそのまま通っている事から見て、わたしも村山先輩の考え通りだと思いました。そして、わたしは第1回のトキコー祭実行委員会があった日の放課後、2年B組でミステリー研究会の活動をしていた時に、拓真先輩と唯先輩が揃ってA組から出て来た事に気付いたんですが、その時の唯先輩はあきらかにおかしかったです。こういう失礼かもしれませんが、憔悴しきったというか不気味なくらいに無表情で、拓真先輩の方が逆に倒れそうなくらいに心配そうな顔をしていたので『あー、多分、唯先輩の家へ送って行くんだ』って気付いたんです。それで、悪い事とは思いつつ二人の後をこっそりとつけていったんです。安の定、拓真先輩は心配そうな顔をしつつ唯先輩と一緒に『佐藤』と表札が出ていた家に入って行きました。状況からして拓真先輩が唯先輩を自宅に連れ込んだとは到底思えないので、ここが唯先輩が引き取られた家なのかなあって思ってそのまま歩いて自分の家へ帰りました。でも、それだけでは拓真先輩と唯先輩が付き合っているという証拠にならないので、何らかの決定的な物が欲しいと思いました」

「その決定的な物というのが、拓真君と唯さんが手を繋いでいるシーンという事ね」

 舞は一瞬だけ戸惑った顔を見せたが、藍の方を向くと小さく頷いた。

「・・・唯先輩は藍先輩と一緒にいると、たとえ拓真先輩がいても優等生の顔をして絶対に甘えた顔を見せないし、生徒会の帰りもだいたい藍先輩と二人揃って帰る事をわたしは知ってましたから、もし甘えた顔を見せるとしたら藍先輩がいないタイミング、そのタイミングは藍先輩が風紀委員として早く行く時しかないと思いました。だからあの日、わたしはコンビニで立ち読みするフリをして唯先輩が本当に甘えた顔をしているのかどうか見るつもりでした。でも、その時に拓真先輩と唯先輩が二人で手を繋いで歩いて来たのを見た事で、二人は付き合っていると確信しました」

「「・・・・・」」

「・・・拓真先輩は厚別西中学でわたしに声をかけてくれたただ一人の男の人で、先輩は私の全てであこがれの存在です!だから3年生の時の私は孤独そのものでした。拓真先輩がトキコーの特進コースに進んだのを知っていたから、わたしは先輩と同じ特進コースを受験しました。でも特進コースは合格できず、普通科では合格できたから普通科に進学しました。そして入学式の朝、拓真先輩が受付をしていた事に気付きました。でも拓真先輩はわたしに気付かなったようだったので、ずっと話し掛けるタイミングを狙ってました。そのタイミングを掴むのに二週間かかりましたが、拓真先輩がわたしの事を覚えていてくれて嬉しかった。わたしは拓真先輩が近くにいてくれるだけで幸せでした・・・だけど、わたしのそんな小さな幸せを壊す存在がある事に気付いた時に、わたしの心に黒い物が生まれた。そこからのわたしは仮面を被った鬼か悪魔でした・・・本当にごめんなさい・・・」

 こういうと舞は再び泣き出した。

 しばらく泣いていたけど、気持ちが落ち着いたのか、真っすぐに俺の方を向いて再び頭を下げた。俺は

「舞、もう俺は気にしてないから頭を下げなくてもいいぞ」

「でも、わたしがした事は表沙汰になれば少なくとも厳重注意、下手をすれば停学処分にもなりかねない行為です。いくら謝っても足りない位です。すみませんでした」

 そう言って、また舞は深々を頭を下げた。

 はー・・・俺は別に舞を責めるつもりは全くなく、ただ真相を知りたいだけなのに・・・どうして俺にあの手紙を送り付けたのかを知りたいだけなのに・・・こっちから聞くしかなさそうだな。

「でもさあ、お前は俺のメルアドも番号も知っていた。だったら俺を呼びだして直接会う機会はいくらでも作れたはずだぞ。何も手紙などという古典的な手段を使う必要もなかったはずだが・・・」

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