第61話 ・・・たっくん、やろうよ

 さすがに帰宅ラッシュと重なった事もあり俺も唯も最初は立っていたが、座席が1つだけ空いたので俺は唯を座らせ、その前に俺は立った。唯は座ってからもずっと無表情で、普段のような笑顔を見せる事は一切なかった。あきらかにおかしい。

 それは東西線を降りてからも変わらなかった。歩みはかなり遅かったが、足取りは普段と変わらなかった。ただ、家に着くまで一言も喋る事はなく、ましてや普段のように元気よく「ただいま」と言って玄関のドアを開ける事もしなかった。父さんは時間的にまだ帰ってきている時間帯はなく、また今日は母さんは親戚の家へ行ってるので、帰ってくるのは遅い筈だから家の中は誰もいない状態だ。

 そのまま俺と唯は階段を上がり、俺は自分の部屋へ入った。だが、唯は自分の部屋へ行く事はなく、俺に続いて部屋に入ってきた。

 そのまま唯は部屋のドアを後ろ手に締めると、鞄だけ床に置いたまま無表情で俺を見ていた。俺は逆に唯が何を考えているのか分からず困惑していたが、とりあえず俺は鞄を机の横に置き、ブレザーだけ脱いでクローゼットのハンガーに掛けた。

 そのまま1分位沈黙が続いた。が、唯が無表情のまま口を開いた。

「・・・たっくん、やろうよ」

「へ?・・・何を?」

「セックス」


 そう言うと、いきなり唯は俺に向かって歩き出した。俺は唯が無表情なので何を考えているのかが全く分からず、混乱していた。そんな俺の事を無視して唯は俺の肩を掴むと、そのまま俺をベッドの方へ押していき、ついには俺をベッドに押し倒した。

「!!!(おい、唯!何を考えているんだ!!)!!!」

 俺は言葉を発しようとしたが声を出す事が出来なかった。それに、手も足も全然動かない。まるで俺自身が金縛りにあったかのように、自由が効かないのだ。

 その時、唯がニコッとした。だが、いつも見せる唯のニコッとした笑顔とは全然違う。そう、藍を思わせるような、クールな微笑みだ。そのまま唯は俺の上にのしかかると、ヨイショと言わんばかりの勢いで、俺のお腹の上に座り込んだ。

「!!!(うぐっ!い、息が出来ない)!!!」

 だが、再び俺は声を出す事が出来ない。手も足も動かせない。

「・・・たっくん、そんな顔をしていたら唯は悲しくなっちゃうなあ。もっと楽しい顔をしてよ。顔が引き攣ってるよ」

 そう唯は言ったかと思うと、ブレザーを脱ぎ捨てた。

 俺はこの時分かった。俺は藍を、そして唯をかつて押し倒した。それと逆の立場になって押し倒された事で、自分が常に思っていた罪悪感が表に出て来て、俺自身の恐怖心を煽っている事に、そして「お前が犯した罪を自分が体験して思い知れ」と言わんばかりに俺の心を、体を縛り付けている事に。

「!!!(唯、やめろ!)!!!」

 俺は声を出したくても声を出せない。そんな俺を見下ろしながら唯はネクタイも外し、とうとうブラウスのボタンを全て外して脱ぎ捨て、上はブラジャーだけだ。そのままスカートのファスナーを下ろして、スカートも服を脱ぐような恰好で脱ぎ捨てた。

 唯は自分の背中に手を伸ばした。そう、ブラジャーを外すために。

「・・・たっくん、もっと楽しい顔をしてよー。折角唯が自分から初めてをあげる気になったのにさあ」

 そう言うとブラジャーの背中のホックをゆっくり外し、ニコッとした。そう、この時はいつもの唯の顔になって。

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