第42話 小悪魔を通り越して

「正直に言うけど、誰かに見られて欲しくて手を繋いでいたのは認めるわ。で、あの子だけは別。ここであの子に見付かるのはマズい」

「あの子?」

「ええ。私たちがコンタクトを取るべき子があそこにいるわ」

「コンタクトを取るべき・・・おいおい、取ってつけたような展開は、まさか・・・」

「そのまさかよ。ほら、道路の向こうで信号待ちしているわ。おそらくあっちは私たちに気付いてないわ」

 そう言われて俺は藍の視線の先にいる人物を見た。そこには、俺たちが山口先生に約束した人物、舞が信号待ちでスマホを操作しながら立っていたのだ。俺たちと違い、舞は横断する形で信号を待っている。しかもその方向は、俺たちの向かうべき方向だ

「おいおい、こんな簡単にあいつに会うって、あまりにも出来過ぎじゃあないのか?」

「その通りね。多分、信号が変われば歩きだすわ。もしかしたら目的地が同じかもしれないわよ」

「ああ。あいつの事だからあり得るよな。『新作の推理小説が出たから買いにきた』とか言い出しそうだぞ」

「でも、折角のチャンスだからこの機会を逃すのは勿体ないわ。『鉄は熱いうちに打て』よ」

「勘弁しれくれよー。『慌てる乞食は貰いが少ない』とも言うぞ。いや、『急いては事を仕損じる』の方が正しいかも。どっちの格言が正解かは分からんけど、いくら何でも早すぎないか?俺はどうやって話すべきか何にも考えてなかったぞ」

「それは私も同じよ。だけど、どうせ『出たとこ勝負』で説得するしかないのだから、やりましょう」

「分かった。取りあえず、俺が声を掛けるから、藍は少し待っていてくれ」

「どうして?」

「二人並んで声を掛けたら、あいつに『デートしていた』とか言われるぞ」

「それもそうね。じゃあ私はわざと信号を渡らないで後ろへ下がるから、拓真君は走って舞さんの所へ行って。そのまま信号を渡った所で舞さんを足止めしてくれれば、私は拓真君のスマホを鳴らすから、偶然あなたを見かけて連絡したっていう事で合流して、後は私の方でうまく話を持って行くわ」

「分かった。それでいこう」

「頼んだわよ」

 そう言うと藍は後ろへ下がった。舞はいまだに俺たちに気付いた様子はないから、俺たちのわざとらしい演出にも気付かないはずだ。

 俺は信号が青に変わると同時に歩き出した。舞も歩き出したが、まだ俺に気付いてない。ここで俺は舞に気付いたフリをして走り出した。そして舞が信号を渡り終えた直後に舞の斜め後ろから追いつく形で声を掛けた。

「おーい、舞!」

「え?えー!拓真先輩じゃあありませんか!?」

「いやー、偶然だな。お前、どこへ行くつもりだったんだ」

「伊勢国書店ですよ。西野圭吾さんの新作が出たので買いにきたんですよ」

「西野圭吾?誰だ?」

「えー!知らないんですかあ!?拓真先輩も酷すぎますー!あまりにも無神経な発言に抗議します、ぷんぷん!!」

「わりー、わりー」

「まあ、それはともかく、こんな所で立ち話も何ですから、一緒に伊勢国書店へ行きませんか?」

「あー、それは別に構わないけど・・・」

 おい、藍の奴、遅いぞ!早く電話を鳴らさないと俺と舞の二人だけで伊勢国書店へ行く事になっちまうぞ。それとも、バッテリー切れなどというアホな結末で電話出来ないとか言い出さないだろうな。

 そんな俺の心配をよそに、舞はニコニコ顔だ。さっきまでは無表情のままスマホの画面を見ていたのに、まるで「俺に会えて感激です!」と言わんばかりの表情だ。

「さあ、拓真先輩、一緒に伊勢国書店へ行きましょう!」

「おい、ちょっと待て!俺の用事はどうなる?」

「どうせ暇で適当にブラブラしてたんでしょ?それとも誰かと待ち合わせでもしていたんですか?」

「あ、いやー、たしかに何も予定がないからブラブラしていただけだが・・・」

「じゃあ、決まりです。わたしが拓真先輩の暇つぶしの相手をしてあげますから、一緒に行きましょう!」

「はー・・・分かった。じゃあ、行こうかあ」

「わーい、やったあ」

 そう言うと舞は俺の右に立って、俺たちは並んで歩き始めた。おいおい、話が違うぞ!藍のやつ、一体、どこで何をしているんだ?しかも、この立ち位置は・・・普通に考えたらデートじゃあないか!?

 そんな俺の心配(?)を知らない舞はニコニコ顔のまま俺の横を歩いている。そして、そのまま伊勢国書店へ行き、ドアを開けて店内に入ったその瞬間に

「あらー?お二人さん、いつの間に仲が良くなっていたの?それとも、今日は最初からデートだったの?」

 と後ろから声を掛けられて、舞はビクッとなって慌てて俺から距離を取った。おいおい、この声は・・・いくら何でもやりすぎだろ?しかも最初の約束とは違うぞ。

 俺と舞は後ろを振り返った。そこにはニコニコ顔をした藍が立っていた。まるで、さっき山口先生が俺たちにした事をそのまま真似したかのようなセリフと登場方法だ。藍のやつ、小悪魔を通り越してほとんど悪魔だな。

「藍先輩、これは、そのー、ぐ、偶然です。ホントにさっき信号を渡った所で拓真先輩から声を掛けられて、た、た、たまたま目的地が同じ場所だったので一緒にこの店に来ただけです」

「あらそう?後ろから見ていたら結構いい雰囲気のように思えたけど、気のせいかしら?」

「そ、そんな事はありません!拓真先輩とは単なる中学の先輩後輩の仲です」

「おーい、藍、あんまり後輩を揶揄うなよ。舞がビビっているぞ」

「はー、さすが拓真君はお見通しね。舞さん、冗談だから気にしないでね」

「藍先輩、あんまり脅かさないで下さいよー。心臓に良くないですー」

「私も可愛い後輩をいじめたくて言ってる訳じゃあないから安心してね。ただ、拓真君が結構鼻の下を伸ばしているように思えたから揶揄いたくて声を掛けただけ。別にあなたを疑ってないから大丈夫よ。私もここに用があって来ただけなので、良かったら一緒に買わない?」

「あー、別に構いませんよ。藍先輩は何を買うんですか?」

「行けば分かるわ」

 そう言うと藍は店の奥へ入って行った。まるで最初から俺がいなかったのように。

 舞も舞で、まるで俺がいなかったかのように藍と一緒に並んで歩いて行った。しかも二人でお喋りしながら歩いているぞ。おいおい、この変わり身の早さは一体何だあ!?

 仕方ないから俺は一人で雑誌コーナーへ行き、アニメ雑誌の立ち読みを始めた。元々俺は藍に連れ出されての外出だから、何も予定がない。それでいて昨日、唯のおねだり(?)で結構な出費を強いられているから、これ以上やられたら俺は2日にしてイエローゾーン突入だ。今日は藍に頼まれても払わないぞ。

 まあ、あいつの女王様としてのプライドが邪魔をして俺に「買ってね」などと言い出すとは思えないから、それが救いでもある。それに舞の目もあるから、今日は大丈夫だろう。多分、時間的にどこかで軽くお昼ご飯を食べてから帰る事になるだろうけど、今日はせめてWcD程度で済ませて、これ以上財布が軽くなるのを防がないといけないな。

 だが、もう1時間にもなるのに、何もアクションがない。もし買い物が終わったのなら、藍からメールなり電話があってもおかしくない。二人だけでさっさと買い物をして帰ってしまうというのも、当初の目的から外れるからあり得ない。でも俺から二人のどちらかに連絡するのも不自然だ。やはり藍からの連絡を待つしかなさそうだ。

 さらに1時間経ったが、まだ連絡はない。おいおい、いくら何でももう2時間経過したぞ。まさかとは思うが、俺の存在を忘れているんじゃあないだろうな!?俺があいつらを探した方がいいのか?それとも待つべきなのか?どっちだ!?

 いや、やはりここは藍を信じて待つべきだろう。あいつならうまくやってくれる筈だ。もしかしたら、既に二人だけで話をしているのかもしれない。それで話が終わっているのなら、俺としても万々歳だ。

“ブーブーブーブー”

 その時、俺のスマホが規則正しく振動を始めた。この振動はメールだ!マナーモードにしているからメロディは鳴らないけど、多分藍だ!そう思った俺はスマホを取り出し画面をみたが、やはり藍からのメールだった。

『これから舞さんと札幌駅南口にあるスナバに行こうと思います。もしまだ近くにいて拓真君の予定に支障が無いようなら、一緒に行きませんか? 藍より』

 わざとらしいメールだけど、ようやく連絡が来た。どうやら舞を連れ出す事に成功して話はスナバでするつもりだろうな。それなら俺も一緒に行くべきだろう。俺は藍にメールで『今は伊勢国書店のアニメ雑誌のコーナーにいる。一緒に行っても構わない』と送信した所、すぐに返信がきて、舞と二人でそちらへ向かうとの事だったので、俺はここで待っている事にした。

 俺たち三人は合流した後、スナバに行った。だが、そこで俺と藍は信じ難い言葉を聞く事になる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る