153話
ウサギが立っている。
これだけ聞けば、何を言っているのかと思うのかもしれない。
だが、事実なのだ。
見た目は確かに巨大なウサギなのだが、直立で立っているのだ。
ミーアキャットなんかを想像してもらえると分かるかもしれない。
ちなみに、ウサギのタイプはロップイヤーである。
「って、あ! いつの間にかエスペーロ居ねーし!」
巨大なウサギの登場に気を取られており、気が付けばエスペーロの姿が消えていた。
「み、みなさーん! 慌てないでください! じゅ、順序良く並んで避難してくださーい!」
会場は悲鳴や怒号で溢れており、避難する人達でごった返していた。
「やっぱり、起きてしまったでちか……」
「あ、エレメアさん! これはどういう事なんですか!」
いつの間にか、俺の傍に居たエレメアが真面目な顔して立っていた。
「……森に居た時に占ったんでちよ。その時に、この街で大会開催中に邪神関連で何かが起きるってあったんでち。だから、アルバに気を付けろって言ったんで」
「だったら、最初からそう言ってくれればいいじゃないですか」
そうすれば、対策なりなんなりできたのに。
「私の占いは完全に当たるわけじゃないでち。そもそも占いは趣味でちからね。だから、確定するまで言えなかったんでちよ。もちろん、街のお偉いさんには伝えたでちよ? だけど、英雄と名乗る小娘が危険だって言っても聞き入れるわけが無かったでち」
まあ、普通はそうだよなぁ。
五英雄だって名乗るちびっ子が、占いで危険だって結果が出たから対策しろって言っても普通は信じない。
俺だって、アヤメさんの紹介じゃなきゃ目の前の人物を五英雄の一人だなんて思わないしな。
「ま、こうなった以上お前はさっさと逃げるでち」
「エレメアさんはどうするんですか?」
「私でちか? 私は、過去の不始末のケリをつけるでちよ。邪神の欠片を封印する前にあの魔物に取り込まれたのは私達のミスでちからね」
エレメアはそう言うと、指輪から箒を取り出し跨る。
魔女に箒とかまたベタな。
「って、なんで乗ってるでちか?」
エレメアの後ろに乗っている俺を見ると、エレメアは目を丸くしながら驚いたように言う。
「……生憎、僕は捻くれ者なので、逃げろって言われて、はいそうですかとはいかないんですよ」
かつての英雄とはいえ、今は弱体化しているし任せっきりにするには少々気が重い。
それに、他の闘技場にはフラム達も居るしどっちにしろ奴の居る方向へ行かなければいかない。
フラム達も多分同じことを考えているはずだ。転移装置も、この非常時じゃ動いてないだろうしな。
「お前は、本当に馬鹿でちね」
「自覚してます」
お互いに見つめながら、同時に不敵に笑う。
「それじゃ、ちょっと魔物退治といくでちよ。舌噛むから口開いたら駄目でちよ」
「それはどういうぉぉぉぉぉぉ⁉」
理由を聞こうとした所で、いきなり慣性が働き後ろへ吹き飛ばされそうになる。
「ひゃっはー! でちー!」
エレメアが箒を強く握ると、物凄い速度で空へと向かって飛んでいく。
いや、射出と言った方がしっくりくるかもしれないくらいの勢いだった。
「近くで見ると、なおさらでっけーな……」
ギガに近づくにつれて、速度が落ち着いてきたので俺は改めてギガを眺める。
正確な高さは分からないが、目測では東京タワーと同じかそれ以上に見える。
見た目はウサギなので、非常に愛くるしいのだが邪神の欠片を取り込んでいるせいか禍々しさや威圧感が半端じゃない。
ギガの周りには、奴を倒そうと色んな人達が集まっている。
流石、戦いの街。こんだけデカい奴を目の当たりにしても逃げ出さないとか筋金入りすぎる。
「まったく、お前と同じ馬鹿が多いようでちね」
エレメアが、下を見ながら呆れたように言う。
「それで? どうやって、あいつを倒すんですか?」
「奴の弱点は、額の赤い宝石でち。ただ、当時は私達が傍に居なかったから封印という手段を取ったみたいでちがね。今回は、私が居るから奴を倒すでち」
額に赤い宝石か……なんか、そんな伝説の魔物の伝承が地球にもあったような気がするな……。
「元々、あいつはカーバンクルっていう種族で魔物にしては珍しく、心優しい魔物だったでち。ただ、邪神の欠片を取り込んだせいであんな風になってしまったんでちよ」
あー! そうだ、カーバンクルだ!
見た目も、地球の創作に出てくる奴に似てなくもないし、まさにそれだ。
まさか、地球でも有名な奴をこの世界で見ることになるとは思わなかった。
「それで、奴には絶対に使ったらダメな魔法があるでち。それは……マズいでち!」
ギガに標的にされないように空を旋回しながらエレメアが、ギガについて説明していると何かを見つけたのか慌てたように急直下していく。
「あばばばばばっ⁉」
俺は、振り落されないようにしがみつくのが精一杯だった。
「そこの筋肉達磨ー! 風属性は……風属性だけは使うなでちー!」
エレメアの言葉に、そちらを見れば筋肉ムキムキマッチョマンがまさに風属性である雷魔法を放つところだった。
「へ? ……あ」
突然、空から現れたエレメアに驚いたマッチョマンは一瞬動きを止めるが、勢い余って雷魔法をギガに向かって放ってしまう。
「くっ……! 間に合え……っ!」
「あだっ⁉」
エレメアは、俺を振り落すとかなり焦ったような表情で雷魔法を追いかける。
しかし、いくらエレメアのスピードが速いとはいえ、雷の速度に勝てる筈がなく魔法はギガへと当たってしまう。
「グルアアアアアアアァ!」
雷魔法が当たったギガは、雄たけびを上げると帯電し始める。
あ、これダメな奴だ。
本能的にこれが本気でやばい奴だと悟った俺は、魔法で耐電性に優れたシェルターを作り出す。時間が無かったため、俺一人を包み込むので精一杯だった。
帯電し始めたギガは、額の宝石に雷を集約し始める。
「――――!」
声にならない叫びをギガが上げた瞬間、奴は両手を地面に叩きつけると漆黒の雷が地面を縦横無尽に走る。
響く轟音の中に混じる悲鳴に、俺は耳を塞ぐ。
やがて、轟音が聞こえなくなったので俺はシェルターから顔を出す。
「……ひでぇ」
目の前に広がる光景は、まさに酷いとしか言えなかった。
ギガを中心に地面は黒く焦げており、周りにあった建物は全て吹き飛んでいる。
周りに居る奴らも、死んではいないが火傷により全員苦しそうにしていた。
エレメアが、風属性だけはダメだって言ってたのは、これが理由か。
ギガは、放電をしてすっきりしたのか今は大人しくしている。
「アルバ様ー!」
俺が周りの惨状に気おくれしていると、聞き覚えのある声が聞こえる。
そちらを見れば、フラム、アルディだけでなく、リズやケットに加えてスターディやカルネージまで居るというフルメンバー状態だった。
「アルバ様! 無事でしたのでね」
「そっちこそ、無事だったんだね」
息を切らしながら、こちらへやってきたフラム達を見ながら俺は安堵する。
「ええ、あの巨大なウサギの魔物が黒い雷を放った時はダメだと思いましたが、スターディさんが守ってくれましたので」
「えへへー、私だって防御力に磨きをかけてましたからねー。アルディちゃんにも手伝ってもらいましたー」
スターディは、自慢げにそう言うが鎧は黒く煤けており、所々ひび割れて肌が露出していた。
「アルバ! 私、頑張ったよ! 褒めて褒めて!」
「うん、皆を守ってくれてありがとう、アルディ。それにスターディも」
「それで、これは一体どういう事でありますか?」
アルディやスターディにお礼を言っていると、リズが尋ねてきたのでエスペーロやエレメアから聞いた事を話す。
「そんな事が……」
「リズさんは知らなかったんですか?」
「ええ。私は、今はこちら側でありますからな。あちらの情報は分からないんでありますよ」
とりあえず、嘘を言っているようには見えない。リズの嘘は割と分かりやすいので、これが演技だったら逆に称賛ものだ。
「超獣ギガかぁ……流石に、魔法の使えないワイじゃ手に負えなさそうやなぁ」
俺の話を聞いたケットは、冷や汗を流しながら言う。
「うう……怖いです」
カルネージは、自分の両肩を抱きながら震えている。まぁ、無理もあるまい。
「でも、ギガの攻撃は思ったより大した事は無かったよねー。なんだかんだで、皆生きてるんだもん」
確かに、アルディの言う通りかもしれない。
魔法で防御したとはいえ、俺達はほぼ無傷。周りの連中も重傷だが死んではないし。
「それは、奴が目覚めたばかりだからでち」
と、そこへエレメアがボロボロになりながら戻ってくる。
「もし奴が本調子なら、さっきの攻撃でこの街は地図から消えていたでちよ」
その言葉に、誰も言い返せなかった。
それは、エレメアの表情が真実だと物語っていたからだ。
「だから、倒すなら今がチャンスなんでち。お前達は、合流したんならさっさと逃げるでちよ」
「エレメア様はどうするんですの?」
「私は、奴を倒すでちよ」
傾きかける夕日の中、エレメアはフッと笑いながら俺に対して答えた時と同じセリフを言う。
「そんな……! 私達も……」
「いや、お前達では無理でち。 奴の弱点である額の宝石に届かないでちからね。この中で、届くのは私だけでち」
確かに、そらを飛べるのはエレメアだけだ。
アルディも飛べるといえば飛べるが、あそこまで高くは飛べない。
「それじゃ、私は行くでちよ」
俺達の止める声も聞かず、エレメアは再び飛び去っていく。
「……カルネージ」
「どうしました? アルバさん」
俺は一度深呼吸をして、無理矢理心を落ち着かせるとカルネージを呼ぶ。
「周りの人達に回復魔法を掛けてあげて、フラム達はカルネージの手伝いと避難の手助けを」
「アルバ様は……どうするんですの?」
「僕は……あいつを倒す」
正直、体の震えが止まらない。
あんな巨大な奴に立ち向かっても、象が蟻を潰すようにプチッとやられてしまうだろう。
だけど……エレメアのあんな表情を見て放っておけるわけがない。
「そんな! アルバ様が行くなら私も「ダメだ!」……アルバ様?」
一緒についていこうとするフラムを俺は恫喝して止める。
「もし、フラム達が死んだら僕には耐えれそうにない……」
「それは私も一緒だよ!」
「そうですよー!」
俺の言葉に、アルディとスターディが反論する。
「大丈夫。僕には、他にはない奥の手があるしね」
「奥の手……なるほど、魔人モードでありますか」
リズが、納得したような表情を浮かべながら頷く。
そう。魔人モードになれば、魔力や身体能力が飛躍的に上がる。
ギガの弱点が分かっている以上、魔人モードならば勝てるかもしれない。
スターディとカルネージが疑問符を浮かべているが、今は説明している余裕がない。
俺達は、ギガから離れているから大丈夫だが、奴の付近では今も魔法が飛び交っている。
おそらく、エレメア含め無事な奴らが戦っているのだろう。
「で、ですが……」
それでもやはり不安なのか、フラムは泣きそうな顔でこちらを見ている。
俺は、短剣を作り出すと自分の髪に当ててざっくりと切る。
「流石に、一気に切ると体が少し軽くなるなぁ」
俺の手には、長くて赤い髪が握られている。
よく、何かを決意するときに長髪キャラが髪を切っているのを真似した見たのだが、中々気合が入るものだ。
「フラム……これを僕の代わりだと思って持ってて」
「……」
俺が髪の毛を差し出すと、フラムは黙ってそれを受け取る。
「帰ってきたら、今まで秘密にしてた事を打ち明けるよ。だから、ぼ……俺は死なない。絶対、帰ってくるから」
今まで、“アルバ”として接していた俺は“俺”としてフラムを見つめる。
「…………分かりましたわ。必ず、戻ってきてくださいね?」
しばしの沈黙の後、いきなり変わった俺の一人称に戸惑っていたようだが、しっかり頷くながらこちらを見つめる。
「アルバ……」
「アルディ。フラム達を頼んだよ」
「……うん」
「リズさん。貴女が昔、何かをしていたかは詮索しません。今は、俺達の仲間です。だから、皆を守ってください」
「了解であります」
その後、ケットやスターディ達にも同じく皆の事を頼む。
「それじゃ、行ってくるよ」
俺は、そのまま振り返らずに走り出す。
「ふー……はっ!」
走りながら、俺は魔力を集中させて爆発させる。
ギガの中にある邪神の欠片に反応しているのか、いつにも増して邪神の魔力がざわついている。
俺は、魔人モードになると更に速度を上げてギガの元へと向かう。
「出でよ、グラさん!」
俺は走りながら、召喚獣であるグラさんを召喚する。
「なんじゃ、アルバ。久しぶりじゃのう」
「久しぶりです。実は……」
巨大なモグラの姿で現れたグラさんに俺は飛び乗ると説明をする。
「はー、久方ぶりに呼んだかと思うと、いきなり面倒なことに巻き込まれてるのう」
「はは、すみません。だけど……今は、貴方の力が必要なんです」
「……やれやれ、仕方ないのう。しかし、それだけの為にワシを召喚するとは、本当にお主は変わっておるな」
俺の下に居るグラさんが、ため息を吐きながら愚痴をこぼす。
「文句は後で受け付けますよ。それじゃ、全員の避難、よろしくお願いします」
「ナナバチョコで手を打とう。……生きて帰って来るんじゃよ」
俺は、グラさんにそうお願いすると、地面に潜り始める彼から飛び降りて魔法の詠唱をする。
俺がお願いしたのは、ギガの周りで戦っている奴らの強制避難だ。
今から使う魔法は、確実に周りを巻き込むので人が居たら危険なのだ。
グラさんならば、強制的に奴らを避難させられるだろうからお願いしたのだ。
「……魔装
俺は、魔人モード限定で使える魔装を纏いギガへと立ち向かうのだった。
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