143話
「ふはは、到着でちー! 流石は、私の馬車。受付開始の前日に着いたでち」
「ウボァー……」
「うぇー……」
「……なんでちなんでち。そんなゾンビみたいな声出して」
バトロアを前にしてテンションが上がっていたエレメアは、グロッキー状態になっている俺とフラムの方へと振り向くと不機嫌そうに言う。
「そんなこと言っても……此処に到着するまでずっとあの馬車に乗ってたんだから仕方ないでしょう……」
俺は、こみ上げる吐き気を我慢しながらエレメアに答える。
ジェットコースター等の絶叫マシン系は苦手ではないし、むしろ好きな方なのだが、流石に1日中乗りっぱなしプラス連日となれば、精神的に参っても仕方ない事だ。
「まったく、若い者が情けないでちね。アルディ達を見習うでちよ」
フンと鼻を鳴らしながら、エレメアはアルディ達の方を見る。
「うわーうわー! すっごい面白かった! ねえ、ケット。またあの馬車乗ろうよ!」
「それはご主人様に言うたってーな。ま、ワイも久しぶりに乗って楽しかったけどなぁ」
「私としても、あのような刺激的な体験をもう一度体験したい所存でありますな」
俺とフラムとは正反対にアルディ達は、あの馬車について楽しそうに語っていた。
分かんねぇ……ケットとリズはともかく、長年一緒に居たはずのアルディの感性がまるで分かんねぇよ。
◆
グロッキー状態からなんとか回復し、街に入ると喧騒に包まれる。
「さぁ! うちの武器はこの都市でも一級品だ! 武闘大会では、ぜひうちの武器を使っていってくれ!」
「そこの店のは粗悪品だから騙されちゃダメだよぉー! うちの店の装備こそ至高だから!」
「なにおう⁉」
「やんのかこら!」
店の通りでは、あちこちで客引きをしお互いにけなしあったかと思うと、喧嘩をおっぱじめたりとかなり自由だ。
しかも、その喧嘩の周りに野次馬が集まってさらに騒々しくなっている。
「良いんですか? 道の真ん中で喧嘩なんかしちゃってますけど」
衛兵とかがすぐに取り押さえに来るんじゃなかろうか。
「あれが、この街の特色でち。闘技場が3つもあるだけあって、この街に住む奴や観光に来るやつのほとんどは、戦いが三度の飯より好きな奴らばかりでち。ああいう喧嘩も日常茶飯事で珍しくないでちよ」
俺の質問に対し、エレメアはさらっとそう答える。
喧嘩が日常茶飯事とか物騒な街だな。紳士な俺にはあまり向いてなさそうだ。
「はー、凄いですわねー。なんかこう……血沸き肉躍ると言いますか……ワクワクしてきますわ」
対して、俺の隣にいるフラムは目の前の光景に目を輝かせていた。
フラムはまぁ……うん。結構好戦的な性格だしな。ある意味納得ではある。
「あたっ⁉」
周りの喧騒に圧倒されながら歩いていると、壁にぶつかってこけてしまう。
「おっと、すまんな嬢ちゃん」
俺がぶつけた鼻をさすっていると、壁が話しかけてくる。
どうやら、壁だと思っていたのは恐ろしくデカい男の人の様だった。
多分、ヤツフサよりデカいんじゃなかろうか。
筋骨隆々で両手は赤い鱗に覆われており、頭の部分は蜥蜴のような顔だった。
「ちっこくて気づかなかったよ。まぁ、許してくれや」
蜥蜴のあんちゃんは、豪快に笑いながら手を差し伸べてくる。
「いえ……こちらこそすみません。それと、僕は一応男ですから」
差し伸べられた手を掴みながら、もはや恒例となった性別の訂正をする。
多少身長が伸びたとはいえ、自分で言うのもなんだが顔は相変わらず可愛らしいままだ。
声変わりもしてないし、間違われても仕方ないといえば仕方ない。
「おっと、こいつは重ね重ね失礼。坊主達は闘技大会を見に来たのか?」
まぁ、見た目だけなら子供しかいないこの面子では、そう思うのも無理はない。
「ちなみに、俺は肉弾戦専門の大会に出る竜亜人族のコモドってんだ。良かったら、俺の試合を見てってくれよな」
コモドと名乗るあんちゃんは、そう自己紹介をする。
「蜥蜴のおっちゃん! 私も同じ大会に出るんだよ! よろしくねー!」
コモドの言葉に、アルディは嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねて叫ぶ。
「へ? 嬢ちゃんが大会に参加するのか?」
アルディの言葉に、コモドは驚いた表情を浮かべる。
まあ、普通は驚くよな。
「ふん、そこの竜亜人族の男。アルディを甘く見てたら痛い目見るでちよ」
エレメアは、コモドを見上げながら言う。
コモドの推定身長が2m以上に対し、エレメアはチビな俺よりも更に小さいので身長差がえらい事になっている。
「いやー……魔法ありならともかく、肉弾戦オンリーだとキツイんじゃないか?」
「むぅ、私だって強いんだぞ! 覚悟しておけよ、おっちゃん!」
コモドの言葉に気分を害したのか、アルディはシュッシュッとシャドウボクシングをしながら叫ぶ。
「そうかそうか。人を見かけで判断しちゃ悪いもんな。とりあえず、本戦に来れるよう祈っておくよ。そんじゃ、人を待たしてるから俺は行くな?」
コモドは、アルディの主張を軽く流すと用事があるからと手を振りながら立ち去ってしまう。
「くそう、あのおっちゃん信じてないな……」
「まあ、明日証明すれば良い話だよ。それよりもエレメアさん。本戦ってなんですか?」
コモドの方を睨みながらガルルと唸るアルディを宥めながら、先程彼が言っていた本戦についてエレメアに尋ねる。
「武闘大会は、毎年かなりの人数の参加者が集まるでち。いちいち、そいつら全員を一対一で戦わせてたらいつまでも終わらないでちからね。バトルロワイヤル方式で予選をやって人数を絞るんでちよ」
あー、魔法学園の時の武闘大会と一緒ってことか。
「ちなみに、本戦に出れるのは1つの大会につき16人。参加者は1万を余裕で超えるでち」
うはぁ……狭き門にも程があるだろ。倍率どんだけたけーんだよ。
「ま、いくら有象無象が集まった所で、そこら辺の雑魚に負けるほどヤワな育て方はしてないから安心するでち」
そこら辺の雑魚。というワードに、周りに居た参加予定の人達の視線が突き刺さる。
ははは、超ハードル高くなったわ。
「私なら、その1万人を同時に相手にしても勝つ自信があるであります」
だから、煽るのをやめんか。
リズならやってのけるんだろうけど、公衆の面前でそれはダメだ。ますます、視線が痛くなった。
多分、リズはわざと煽ってるんだろうけどな。ドMだし。
「とりあえず、受付は明日からだから、まずは宿を取るで……なんか騒がしいでちね」
エレメアが最後まで言い終わらない内に、なにやらすぐ近くで黄色い声が聞こえてきたので、全員の視線がそちらに向かう。
「女性達の黄色い声が凄いですわね」
「なんやアイドルでも来てるんかいな」
俺達が、黄色い声の相手について考えていると、近くに居た女性冒険者の声が聞こえてくる。
「ねぇ、本当に居たの⁉」
「ホントよ! ほら、あそこに他の女達が集まってるでしょ! 絶対あそこだわ!」
「あ、すみません。あそこに一体、誰が居るんですか?」
慌てたように走ってきた女性冒険者達に話しかけると、露骨に嫌そうな顔をしながらも立ち止まってくれる。
「あのお方が来てるのよ! あの
「教えたから行くわね? 行くわよ? 行くんだからどらああああ!」
女性は、それだけ告げると凄まじい剣幕で黄色い声の中心へと向かっていく。
「
「おそらくそうでしょうね。しかも、それなりに実力がある方でしょうね」
この世界では、実力があってそれなりに実績を上げていれば自然と二つ名がつく。
俺で言えば…………いや、俺のはいいか。
フラムなら『
自分で決めれるのが一番いいのだが、普通はその人の戦い方などで勝手に呼ばれ始めるのだ。
もちろん、二つ名があるからといって、全員が知っているわけではない。
この世界は広いので、活躍している場所が違えば知らないこともあり得る。
現に、俺達も
「どうするでち? 見に行くでちか?」
「そうですね。二つ名からして、僕かフラムと戦うかもしれない相手ですし、見て損は無いでしょう」
エレメアの提案に俺はそう答える。
フラム達も同意したので、早速向かう事にする。
「……とはいえ、人ごみが凄くて近寄れないなぁ」
近づいてみると、人間団子と言っても差支えないレベルで女性陣が詰め寄ってより、無理矢理押しのけて進む隙間すらない。
「……仕方ない」
俺は、地面が石造りなのを確認すると片足をトントンと鳴らす。
すると俺達を中心に地面が盛り上がり始め、中心の人物を確認できる位置まで上昇する。
「便利ですわねー……」
俺が何気なく使った魔法を見て、フラムは感心したように言う。
ふはは、そうだろうそうだろう。汎用性はピカ一の土属性! 土属性をよろしくお願いします。
こほん。それはさておき、あまり長居しても邪魔になるだけなので、俺達はさっさと
「……あれ?」
天然パーマの金色の髪に端正な顔立ち。
「アルバ様。あの方、どこかで見たことがありません?」
「あ、フラムもそう思った? 僕もなんだよね」
「なんだか、私も見たことある気がするー」
アルディもか。うーん、すんごい見覚えがあるんだよなぁ。
ただ、目の前の人物とイメージがかけ離れているような気がして、該当の人物が出てこない。
「うーん、私はあまり好みでは無いであります。どちらかというとアルバ殿のような可愛らしい男子の方が」
お前もショタコンかよ。なんだろうか、俺は変態に好かれやすいフェロモンでも出してるのだろうか。
「なんだ、3人とも知り合いでちか?」
「いやぁ、そんな気はするんですけどねぇ……喉元までは出かかってるんですが……」
どこで会ったんだっけかなぁ。
俺は、金髪の男の顔をジーっと見つめながら記憶を探る。
金髪の男は、俺達に気づいたのかこちらを見るとギョッとしたような表情を浮かべる。
「私達を見て驚きましたわね」
そうだな。明らかにこちらを見て驚いている。
男は、こらちを指差しパクパクと口を動かし声にならない声を出している。
「ア、アルバーーーー!」
「お呼びでありますよ、アルバ殿」
「……あああああああ!」
思い出した! 声を聞いて思い出した! あいつ、ブラハリーだ!
なんか身長もたけーし、爽やか青年になってるしで全然思い出せなかった!
そうだよな、俺達ももう17歳だ。普通なら、あれくらいになっててもおかしくない。
ていうか、なんでこんな女にキャーキャー言われてるんだよ!
女性達を掻き分けてやってくるブラハリーを見ながら、俺は脳内で色々ツッコむのだった。
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