第86話
目が覚めると俺は、救護室のベッドで横になっていた。
「アルバ! 目が覚めたんだね!」
「まったく……心配かけさせおって」
目の前にはアルディの顔があり、俺が目が覚めたのを見ると嬉しそうな顔をする。
すぐ近くにはグラさんも居り安堵した表情を浮かべていた。
「アルディにグラさん……? あれ、俺ってどうしたんだっけ……って、体が超痛い!」
確かアルマンド達の後を追いかけて邪神の部屋に行って……そこまで思い出しかけたところで、まるで関取にボディプレスでもされたかのように体が軋んで痛い事に気づく。
「いつつ……って、フラム! フラムは無事なのか!?」
あの時の事を思い出した俺は、フラムの事が心配になり体の痛みを我慢しつつ周りを見渡す。
「私ならこちらですわ」
声のした方を見ると右腕にギプスを付けたフラムと、アコルスさんによく似ているメイド服を着た小柄な少女とオマケでミリアーナが立っていた。
「良かった……無事だったんだねフラム……」
右腕を斬られた時は、生きた心地がしなかったが元気なようで安心した。
「腕の方は、綺麗に斬れてたことで治癒魔法で何とかくっつけることができたわ。まあ、もっともしばらくは絶対安静だけどね」
アコルスさんに似た少女がそう説明する。
「え、と……君は?」
「ん? ああ、この姿じゃピンと来ないか。ちょっと縮んでるけどアコルスよ」
「アコルスさんってもっと大きくなかった? それに口調も違うような……」
「ふむ……そこらへんも含めて説明する必要があるわね。どうやら、覚えてないらしいし」
何を覚えてないのだろうか?
フラムの腕が斬りおとされた後の事がいまいち思い出せないがそのことだろうか……。
「その前に誰も入って来れない様にしなきゃね……おい、ジジイ!」
「まったく、貴女の方が年上じゃろうに……」
アコルス(仮)さんが叫ぶと、神出鬼没に定評のある学園長が愚痴りながら現れる。
「何か言ったかしら?」
「結界を張ったと言ったのう」
アコルス(仮)さんが殺気を込めた笑顔を学園長に向けるが学園長は、それをさらっと流す。
「……まあいいわ。これで邪魔者は入ってこないだろうしね。この話はあんまり広めたくないし」
アコルス(仮)さんは、そう言うとコホンと咳払いをする。
「アルバ君。君は何処まで覚えてる?」
「えーと……フラムの腕がエスペーロに斬りおとされた所までです。その後、頭の中に声が響いてきて……そこから記憶があやふやですね」
「その声って言うのは邪神のものなのよ。邪神は負の感情が好物でね。エスペーロに対して抱いた怒りの感情に目を付けられたってわけ」
「あれ? 邪神って封印されてたんじゃ……」
「力はね。でも、溢れ出る奴の意思までは完全に抑えきれないのよ。普通ならそれも心配する必要は無かったんだけど、同じ空間に居たから影響を受けちゃったってわけ。それで、まんまと乗っ取られた貴方は限界以上の力を無理矢理引き出されて……結果、今ものっすごい反動が体を襲ってるて感じよ」
その時の事は覚えてないが、彼女の説明で自分の体が痛い理由に納得がいった。
「封印されてるとはいえ流石邪神よね。ちょっと油断したら私の体がボロボロよ。おかげでスペアの体を使う事になったし」
「スペア……?」
「この体の事よ。私の今の体と貴方達に最初に会った時の体は人形の体だったの。簡単に言えば、そこのアルディちゃんと似た状態ね。精神体だけが人形に入ってる感じよ」
「……えーと、聞きたいことは色々あるんですが、アコルスさん本人って事ですか?」
「だから最初からそう言ってるじゃない。なによ、私の言う事が信じられないっていうの?」
「いやだって……その、口調が全然違うので」
俺の知ってるアコルスさんは、もっとこう大和撫子的な口調だったはずだ。
少なくとも、目の前の少女の様なあっけらかんとした口調では無い。
「こっちが私の素なのよ。ああいうキャラを演じてた方が相手は油断するし色々便利なの」
……ああ、それは何となくわかる。
丁寧と言うか物腰を低くしてればコミュニケーションが取りやすいのだ。
それが理由で俺も敬語キャラを演じてたしな。
「えーと、それじゃあアコルスさん本人として……なんで人形の体なんですか?」
「うーん……ねえ、ジジイ。この子たちに話しちゃってもいいと思う?」
俺の言葉に、アコルスさんは腕組みをして悩みながら学園長に尋ねる。
「この子達になら言っても構わないと思うのう。無暗に話を広げないと約束するのなら……じゃがな」
学園長の声に俺達は顔を見合わせ頷くと、他言はしないと約束する。
「それじゃ話すわよ。まず、私の名前はアコルスじゃないわ。アヤメ……って言えば分かるかしら」
俺は、名前を聞いてとある情報に思い当ったがすぐに否定する。
しかし、確かめないわけにも行かないので俺は恐る恐る尋ねてみる。
「もしかして……もしかしてなんですけど、五英雄の1人『串刺女帝』のアヤメ……?」
「ふっ、そのまさかよ! どう? 驚いた? ねえ、驚いた?」
アコルスさん改めアヤメさんは、誰かに言いたくて仕方なかったのか俺の反応を確かめてくる。
そこのミリアーナといいアヤメさんといい……なんか五英雄のイメージがどんどん崩れていく。
ミリアーナの方は別として、アヤメさんの方は学園長が何も言わないのでおそらく真実なのだろう。
そう考えれば、邪神が学園の深部に封印されていると言うのも納得がいく。
五英雄の1人が直々に封印していれば、最強のセキュリティである。
「あの……少しよろしいでしょうか?」
そこへ、フラムがおずおずと左手を挙げて尋ねる。
「アコルスさん……いえ、アヤメさんが五英雄の1人なのはわかったのですが邪神は数百年前に倒されたはずですわよね? そうすると今も生きていると言うのはどういうことなのでしょうか? 人形の体とは別に本体がご存命ということですよね?」
確かに、仮の体と言ってたし本体が生きているのは間違いないだろう。
「ま、あれよ。邪神を倒した時に私達は何かしらの呪いを奴から受けたってとこよ。そこのウォーエムルは成仏できない呪い。私は不死の呪いよ。不死って聞けば権力者の夢だから良い事に聞こえるかもしれないけど死にたくても死ねないってのは地獄なのよ」
そう説明するアヤメさんは、何処となく寂しそうな顔をする。
「まっ、逆にそれを利用して私の本体が邪神の一部を永久的に封印できてるんだけどねっ。精神は人形の方に移せば若さを堪能できるし! 1つ問題を挙げるとすれば、全力の10分の1しか力が出せないってところかしら」
あれで10分の1とか流石は五英雄の1人……化物である。
ていうか、さりげなくミリアーナも呪いに掛かってたんだな。
うざい奴とは思ってたが、アヤメさんの話を聞くと少し同情してしまう。
「そういえば、ミリアーナさん。さっきから随分大人しいですね」
先程からアヤメさんの傍に立っており、何やら青ざめた顔をしている。
「ああ、それは単に貴方から引き離されたから落ち込んでるのよ。“お話”したら快く貴方から離れてくれたわよ。いやー、それにしてもこのメイド服中々着心地良いわね」
「……うう。なんでよりにもよって貴女に着られなきゃいけないのよ……もっとアルバちゅわんに着ていてもらいたかったのに」
言われてみると、確かにアヤメさんの着ているメイド服は、俺が着ていたメイド服だ。
俺の今の服装を確認してみると、病院などで着る貫頭衣に似たものを着ていた。
久しぶりのメイド服以外の服装に少し感動してしまう。
「こいつには、これから色々働いてもらうからね。悪いけど、貴方から譲り受けるわよ」
「あ、それはもう喜んで。ぜひ持って行ってください」
「そんな酷い! アタシと過ごしたあの熱い夜は遊びだったのね!」
いつお前と熱い夜を過ごしたんだ。
ほら、アルディとグラさんが若干引いてるから嘘を言うな。
フラムにはミリアーナの声が聞こえていない為、頭に疑問符を浮かべて首を傾げている。
「……さて、アルバ君」
ギャーギャー騒ぐミリアーナを無視し学園長が口を開く。
「君達を危険な目に合わせてしまい申し訳ないと思っている」
そう言うと学園長は、頭を深く下げる。
「そんな……僕達が勝手に危険な事をしただけですよ」
「そうですわ。学園長が頭を下げることはありませんわ!」
「……いや、やはり我々が悪いんじゃよ。高等学部に流れる邪神の噂は覚えているかね?」
ああ、あの七不思議の時の奴だよな。
それで図書室から邪神の居る所に行けるって知ったんだし。
「実はあれは餌だったんじゃ。邪神復活を狙う不届き者をおびき寄せるためのな」
「それって……エスペーロみたいな奴をって事ですか?」
「うむ、わざわざ学園外から冒険者を講師として雇っているのもそう言った噂を広げるためにある。そして、学園祭などで一般に開放したときを狙ってきた輩を一網打尽にするというわけじゃ。この期間中は、噂に引き寄せられた輩が面白いくらい引っかかるからのう。その対応に追われて君達を助けにいけなかったんじゃ」
なるほど、それで鈴を鳴らしても来なかったのか。
「私は武闘大会を中心に見てたのよ。奴らはどこにでも紛れ込むからね。……っていうのは、建前で強い子と戦いたかったってのが大きいけど。ヤツフサ君とかは中々見どころあって楽しかったわね」
うわぁ、アヤメさんって戦闘狂タイプなのか……。
「アルバちゅわん。前に言ったでしょ? 傍若無人な仲間が居たって……それがアヤメよ」
げっそりとした顔をしながらミリアーナが説明する。
目の前のアヤメさんを見るとなんか納得である。
「そういえば……エスペーロはどうなったんですか?」
「あいつは、邪神モードになった貴方にコテンパンにやられて重傷だから療養中よ。ある程度治ったら色々“お話”をするつもりよ」
なんだろう。言い方は柔らかいが、物凄いえげつないことをしそうな雰囲気がプンプン漂っている。
「ま、あいつのことは私に任せなさいな。さて、もう聞きたいことは無いかしら?」
そう言ってアヤメさんはウィンクをする。
「あ、じゃあ最後に1つだけ……アコルス・カラムスって名前に何か意味あったんですか?」
偽名だから適当だと言われればそれまでなのだが、何にも意味が無いようには何故か思えなかったのだ。
「あーそれね。アコルス・カラムス……“和名”はショウブの多年草って言えば分かるかしら?」
ショウブ? ……って確か漢字だと菖蒲……あ。
名前自体が伏線とか気づかねーよ!
「って、ちょっと待ってください。今、和名って……」
「ふふ、まあ此処ではあえて言わないけど、多分貴方の想像通りよ?」
アヤメさんは、俺の言葉を聞くと悪戯っぽく軽く笑うのだった。
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