第66話

 あの後、何とか脱ごうとしたがミリアーナの怨念によりまったく脱げず結局俺が買いとる事となってしまった。

 ミリアーナの姿はメイド服を着ている俺以外には見えず、脱ぎたくても脱げないと説明しても、おっちゃんは単に俺が気に入ったのを照れ隠しで誤魔化しているだけだと思ったのか、すべてを悟ったような顔をして頷くだけだった。

 幸いなのは、おっちゃん自身もこのメイド服を早く処分したかったのでかなり格安で譲ってもらった事だ。

 どうあがいても脱げなかったので、メイド服を着たまま俺はフラムやアルディと一緒に買い物を再開するのだった。


「あー……本当最悪だぁ……」


 何が悲しくてメイド服で街を歩かなければならないのだ。

 なんか皆がさっきからチラチラ見てるような気がするし……。


「とっても似合ってるわよぉん」


 元凶が何かほざいてるが無視だ無視。


「アルバ様ったら、そんな言い訳をなさらなくてもよろしいですのに……気に入ったなら気に入ったと素直に言えば良いではありませんか」


「いやだって、男がメイド服気に入ったとか言えるわけないでしょ? そもそも、本当に脱ぎたくても脱げないんだよ。そこに居るマッチョの幽霊のせいで」


 俺がじろりとミリアーナを睨むが、本人は俺に注目してもらったのがうれしいのか、ポージングをしてピクピクと筋肉を動かす。うぜえ……。


「うーん、そう言われましても私は見えませんわ。信じたいところですが、流石に見えないことには……アルディさんは見えます?」


「私も見えなーい。アルバ? 正直になっていいんだよ? だって、凄い可愛いもん」


 ええい、俺に味方は居ないのか!

 くそ、こうなったらさっさと帰って俺の大親友であるヤツフサに慰めてもらう事にしよう。

 ……それにしても、女ってなんでミニスカート履いてても平気なんだろうか。

 さっきからめっちゃスースーしてすげえ居心地悪いんだけど。

 俺がモジモジしながらスカートを抑えて歩いていると、横からハァハァと荒い息遣いが聞こえてくる。

 そちらを見れば、フラムとアルディが何故か鼻を押さえて呼吸を荒くしていた。


「…………何やってんの2人とも」


 言っちゃ悪いが、凄い変態くさい。


「き、気にしないでくださいませ」


 フラムはそう言うが、隣でそう息を荒くされると気にするなと言う方が難しい。


「アルディも何で鼻押さえてんの。君、鼻血とか出ないでしょうが」


「なんかノリで」


 ノリかよ。なんというか、ホント悪い意味で人間臭くなってるな。

 一体誰の影響だ。あ、俺か。


 俺が恥じらったり、フラムが興奮したりと色々あったがなんとか目的の店まで辿り着いた俺達は、メイド服と執事服を受け取ると学園へと向かう事にする。

 それぞれが10着前後あり、服とはいえ装飾品などもあり、子供の力だとそれなりの重さになる。

 

「ふぅ……ふぅ……結構重いですわね」


 額に汗を浮かべながらフラムは、執事服を抱えなおす。

 行きは気持ちよかった日の光も今は、鬱陶しく感じてしまう。

 

「フラム、僕が半分持とうか?」


 子供とは言え、流石に俺は男なのでフラムよりは力がある。

 しかも普段から、金属の籠手を装備してるのでこれくらいなら重くはあるが結構余裕だったりする。


「い、いえ……ご心配には及びませんわ。これくらい出来なくてはアルバ様に追いつけませんもの」


 いや、たかが荷物を運ぶだけでそこまで思いつめなくていいと思うのだが。

 フラムの好意は嬉しくもあるが、まだ子供なんだからもう少し力を抜いても良いと思う。

 まあ、それはそれとして申し出た以上、あっさり引き下がって女の子に重い物を持たせたままというのは男としてアレなので、有無を言わさずフラムから半分ほど受け持つ。


「あ、アルバ様! 何をなさるんですの!」


 俺の行動にフラムが非難の声をあげるが俺は知らん顔をしてそのまま進む。


「もう……アルバ様ったら……」


 俺がフラムの声を無視していると、彼女の方が折れてため息を尽きつつ俺の隣を歩く。

 …………うん、なんかいいなこういう感じ。

 甘酸っぱいと言うかなんというか、前世の俺には縁のない雰囲気だ。


「うふん、青春ねー。アタシも若いころを思い出しちゃうわー」


「お前は黙ってろよ!」


 ええい、発言するたびにクネクネして気持ち悪い!


「ア、アルバ様……? わ、私なにかしましたでしょうか……?」


 アホマッチョの声が聞こえないフラムは、自分が怒鳴られたと思ってオロオロとする。


「ああ! ち、違うんだよフラム。別に君に向かって怒鳴ったわけじゃないんだ。ちょっとそこのアホマッチョに……」


「いゃん! ミリアーナって呼んで!」


「うるさいよ! お前の顔はどう見てもミリアーナって顔じゃねーよ!」


「ミリアーナってアルバの妄想のキャラだよね? 今、アルバの中ではミリアーナは何してるの?」


 ああもう! ミリアーナの姿が見えないせいでめんどくせぇ! 

 いっそこうなったら、ダメージ覚悟でこの服燃やしてやろうか……。


「ふふん、今これを燃やしても第二第三のアタシが現れて貴方を男の娘の道へと引きずり込むわよ」


 俺の考えを察したのか、ミリアーナがポージングしつつ喋る。

 お前は何処の魔王だ。

 実際は、そんな事ないと思うが完全に無いと言いきれないところがコイツの怖さである。

 そんな感じで、見事に空気をぶち壊してくれたアホマッチョのせいで騒いで無駄に疲れながら学園と到着したのだった。


「おかえりー……って、もうメイド服に着替えてるの? 随分やる気だねアルバ」


 無駄に疲弊して店員組の居る教室に戻ってくると、演技の練習をしていたヤツフサが出迎えてくれる。


「僕の名誉のために言っておくけど、好きで着てるわけじゃないからね?」


「どういうこと?」


「何でも、ミリアーナさんという筋肉質な男性の霊がアルバ様に憑りついてメイド服を脱がせない様にしているらしいですわ」


 俺が説明しようとすると、フラムがかわりに説明してくれる。


「ええ!? 本当なのアルバ! 大変だったんだね……」


 フラムの説明を聞いて、ヤツフサは心の底から心配そうな顔をする。


「ああ、ヤツフサ。僕の言葉を信じてくれるのは君だけだよ。流石は僕の親友だ」


 俺は、ミリアーナに呪われてから初めて心配してくれた親友に感極まって思わず抱きしめる。

 別に、俺がそっち系とかじゃなくて単純に友情のハグだからな。


「わ、私も信じてますわよ! だから、こちらにも抱き着いてくださいませ!」


 俺とヤツフサの様子を見て、フラムが慌てながら腕を広げてくる。

 いや君、興奮して結構大胆なこと言ってますよ。


「アタシにも抱き着いて欲しいわー。ていうか、ヤツフサ君とやらに抱き着きたい。何気に好みよん」


「な!? ヤツフサは渡さないぞ!」


 まさかのヤツフサの貞操のピンチに俺は、ヤツフサを庇うように前に立つ。


「ええ!? ア、アルバ……気持ちは嬉しいけど……お、俺達は男同士なんだよ?」


 ヤツフサは、困ったように耳をぺたんとさせながら言うが、何故か尻尾は密かに揺れていた。


「アルバってそっちの趣味があったんだ……」


「そんな……アルバ様が同性愛者だったなんて……い、いえ……アルバ様のご趣味が何であろうと私はアルバ様について行きますわ!」


「え? あ! ち、違うよ! そういう意味で言ったんじゃないからね!? ミリアーナがヤツフサを狙ってたから!」


「ミリアーナはアルバの妄想……つまり、ミリアーナ=アルバの趣味だから」


 おいアルディ! 火に油を注ぐ様な発言をするな!


「あらあら、なんだか凄い事になってるわねぇん」


 誰のせいだ誰のせい!

 ちょっと、誰かマジでこいつ滅ぼしてくれ。

 成仏とか生易しいから存在ごと消し去ってくれ。


「ほらほら、そこで修羅場繰り広げてなくていいからさっさと衣装配ってくれよ」


 と、そこへ救世主ベーチェルが割って入ってくる。

 おかげで、カオスになりかけていた空間が収まり改めて衣装を配る。

 衣装に関しては、本番前に汚したりしても困るので軽くサイズ合わせをした後は、各自で保管することになりそれまでは制服でこれまで通り執事、メイド研修をする事になる。俺を除いて。

 クラスの奴らに変な目で見られるかもと思ったが、意外と誰も俺の事を笑わないでいてくれた。

 そのことをヤツフサに話したら


「似合いすぎてて誰も茶化せないんだと思うよ」


 ヤツフサのそんなセリフにミリアーナがドヤ顔していたので腹いせに食堂から塩を借りて振りまいてやった。

 塩をまくと意外と奴に効果があったので、俺が満足するまで塩をぶちまけたのだった。

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