第61話

「はー、モフモフやぁ~」


「えーい、貴様! さっさと離れんか!」


 巨大なモフモフは、ジタバタと暴れるがヤツフサで鍛えた上級モフりテクニックの敵ではない。


「ほら、ここか? ここがええのんか?」


「や、やめ……おふぅ」


 モフモフは、俺のテクニックにより少しずつ動きがゆっくりになっていく。

 くっくっく、俺の手に掛かればどんなモフモフもあっという間に籠絡よ。


「や……やめんかぁ!」


「グホァ!?」


 背中に突然衝撃が来ると、俺は思わずモフモフから手を放してもんどりうってしまう。

 どうやら、モフモフが仰向けになったせいで地面に叩きつけられたようだ。


「全く……召喚されたと思ったらいきなりワシの体を弄繰り回しおって!」


「……申し訳ないです。予想外のモフモフが現れたので我を失ってました」


 俺は我に返ると、プリプリと怒るモフモフ……もといモグラさんに謝る。


「――まあいい。それで? 何のためにワシを召喚したのだ?」


 モグラさんは、ため息を一度付くと俺に尋ねてくる。


「え? いや、僕が召喚したのはグランド・ドラゴンなんですけど……」


 あの本に書いてあった通りの魔法陣で召喚したので、間違ってもモグラを召喚するはずもない。


「だから、ワシがそのグランド・ドラゴンだ」


「……は?」


 いやいや、冗談でしょ?

 モグラさんの言葉に俺は苦笑いをしながら、エストレア先生の方を向く。


「確かにグランド・ドラゴンだぞ?」


「いやいや、そんな騙されませんよ。だって、どう見ても体の大きいモグラじゃないですか」


「誰がモグラだ! ワシをあんな、姿が似てるだけで魔法も使えないちっこい奴と一緒にするな!」


 あ、そっちの世界にもモグラっているんだ。

 巨大モグラさんの言葉から察するに、俺の知ってるモグラと大差ないように感じる。


「年こそ、まだ100歳程度の若造だがワシは立派なグランド・ドラゴンだ!」


 そんなこと言われてもなぁー。どっからどう見てもモグラ……あ。

 そこで俺は気づいてしまう。

 モグラは土竜と書くことを……。

 グランド・ドラゴンも、もし漢字で書くなら土の竜で土竜グランド・ドラゴンとなるだろう。

 つまりはそういうことだ。

 ……だ、騙されたああああああああああ!

 くそう! 本には絵が無かったし、ドラゴンって名前が付くから結構カッコいいのを想像してたのに!

 実際出て来たのは、巨大なモグラかよ!

 ――――まあいいか、可愛いし。

 可愛いは正義である。

 それに、見た目こそ土竜であるが曲がりなりにもドラゴンよ名がつく種族だ。

 戦闘面でも期待できるだろう。


「……グランド・ドラゴンさん」


「なんだ」


 俺が笑みを浮かべて近づくと、あからさまに警戒をしながら答える。

 もう、そんなに警戒しなくていいのに。照れ屋さんなんだから。


「僕と契約してくれませんか? 元々、そう言うつもりで貴方を召喚したんですし」


「お前とだとぉ?」


 モグ……グランド・ドラゴンさんは、俺の提案にあからさまに嫌そうにする。

 まあ、知らなかったとはいえモグラ扱いしてしまったし、出会い頭にモフってしまったので仕方ないと言えば仕方あるまい。


「ふーむ……」


 グランド・ドラゴンさんは、その愛らしい顔を近づけながら俺を観察し鼻をスンスンと動かす。

 そういえば、目は普通に見えてるんだな。モグラって確か視力が悪かったような気がするけど……。

 やっぱり、そこらへんも違うのだろう。


「一応聞くが、貴様は人間か?」


「両親が人間なら僕も人間ですね」


 実は親が魔族でしたーとかだったら、俺も人外となるのだろうが……まあ、まずそれは無いだろうな。

 仮にそうだったとしてもあの強さなら逆に納得である。


「貴様からは、何処となく同胞はらからの匂いを感じるのだ」


「それって、もしかして僕が土属性だからじゃないですかね?」


 生憎、前世から探ってもモグラの親類に心当たりはない。


「それとはまた違うのだが……まあいい。失礼なガキだが、その魔力や匂いは興味深い。契約してやろう」


「本当ですか?」


「ああ。だからせいぜい、ワシに似合う名前を付けるがいい」


 名前?

 俺がグランド・ドラゴンさんの言葉に首を傾げているとエストレア先生が説明してくれる。


「召喚の契約は基本、召喚者が召喚対象に対して名前を付けることで成立する。ピリカも私が名付けたんだ」


 へー、そうだったんだ。

 名前かぁー。ぶっちゃけ、俺にはネーミングセンスがあまりない。

 なので急に言われてもパッと思いつかない。


「うーん……グラ?」


 俺は、しばし悩んで自信なさげに言う。


「一応聞くが、そう名付けた理由は?」


「えーと、モグラの……じゃなかった。グランド・ドラゴンだからグラです」


 モグラのグラと言おうとしたが、グランド・ドラゴンさんから物凄い殺気を感じたので慌てて訂正する。


「ふむ、少々安直な気がしないでもないがいいだろう。そういえば、貴様の名をまだ聞いていなかったな」


「あ、アルバです」


「ふむ、良い名だ。……我が名は『グラ』! 召喚者『アルバ』に名前を与えられし者! 今ここに、彼の者と契約することを此処に誓う!」


 グランド・ドラゴン改めグラさんは、そう叫ぶと俺とグラさんの間に魔力が通ったような感覚になり右手に紋様が浮かび上がる。


「それが契約紋だ。それさえあれば、召喚される側が拒否しない限りいつでも呼び出すことが出来るぞ。お前にお手本を見せる為に魔法陣を書いたが、一度契約すれば基本は魔法陣をいちいち書かなくても呪文と名前を呼ぶだけで召喚することが可能だ」


 俺の右手を見ながらエストレア先生が説明してくれる。


「拒否される事ってあるんですか?」


「まあ、召喚される側にも生活はあるからな。都合が悪ければ召喚に応じんさ」


 普通に考えたらそりゃそうか。食事中ならまだいいが、これがもし就寝中だったり、トイレ中だったりしたら大変なことになるだろう。


「これで、貴様とワシは主従関係だ。必要とあらばいつでも呼ぶがいい」


「はい、よろしくお願いします」


「うむ、それではワシは一度帰ろう。またな」


 そう言うと、グラさんは元の世界へと帰っていった。


「へー、アルバってドラゴンと契約したんだぁ。流石だね」


 放課後、学園内の一角にあるカフェに集まって今日あった事を報告すると、ヤツフサが目を輝かせながら話す。


「と言っても、契約した理由が仲間の匂いがしたからって理由だけどね」


「実はアルバ様はドラゴンだったのですわね」


「ええ、そうだったのアルバ!?」


「そんなわけないでしょうが」


 フラムが冗談めかしてそんな事を言うとアルディが大げさに驚いたので俺はすぐに否定する。


「アルバさんは普通に人間ですよね?」


「両親が人間ならね」


「ドラゴンに仲間の匂いがすると言わせる人間……なんだか、神秘的ですね」


 カルネージは、今すぐにでも謎を解明したいと言いたいような表情で話す。

 うーむ、この子ったら仮面が無くてもどことなく中二っぽい。


「まあ、とにかくこれで戦力アップは出来そうだね。ただ、結構体が大きいから迷宮で呼べるかは分からないけど」


「小さくなったりできませんの?」


「どうなんだろう? ただ、今日は召喚したばっかりだからまた今度聞いてみるよ」


「それじゃ、今日はいつものメンバーだね」


 ヤツフサの言葉に俺は頷く。


「よし、それじゃあ早速行こうか……って言いたいところだけどちょっとスターディに聞きたいことがあるんだ」


「ほえ? 私ですかぁ?」


 自分に話を振られると思っていなかったのか、スターディはキョトンとする。


「スターディの使ってる盾ってさ。どこかで買った物だったりする?」


 俺がこんなことを聞いたのには理由がある。

 『ペルソナシリーズ』と呼ばれる身に着けることで人格が変わる魔法具があるというのは、以前カルネージから聞いていた。

 それなら、もしかしたらスターディもそれが原因で戦闘中にいきなり性格が変わってしまっているのではないかと思ったのだ。

 いつも戦闘が始まってから性格が変わると言う条件から考えて、盾が最もペルソナシリーズである可能性が高いため、スターディに尋ねたと言うわけだ。


「私の盾ですかぁ? えーとですね、これは我が家に代々伝わる盾なんですよ。なんか結構凄い人が使ってた盾みたいで凄い頑丈なんです」


 スターディは、壁に立てかけていた大盾を誇らしげに見ながら説明する。


「……ちなみにその盾の名前は?」


「名前、ですかぁ? えーと『被虐の女王』ですね」


 あ、間違いなくそれだわ。

 カルネージの仮面も『傲慢の仮面』なんて分かりやすい名前が付いてたし、ペルソナシリーズと見ていいだろう。

 カルネージの方をチラリと見ると、カルネージも俺の意図を察したのか裏付けるように頷く。


「なになに? 何か、気になる事でもあったの?」


 ヤツフサは気づいていないのか、状況が把握できていないと言う感じで尋ねてくる。


「えーと、カルネージの仮面については聞いたよね?」


「あ、うん。確か……ペルソナシリーズだっけ? 性格が変わるとかっていう」


「アルバ様、もしかして……」


「うん、そのもしかして。スターディの盾も多分ペルソナシリーズだ」


「えーーー!? そうだったんですかぁ!?」


 フラムも察したのか半ば確信めいたように尋ねて来たので俺が頷いて答えると、持ち主であるスターディが一番驚いていた。

 持ち主が一番驚いてどうするんだよと思うが、親も何も言わなかったことから多分気づいてなかったんだろう。


「あれ? でも、普段も背中に背負ってますけどその時は平気ですよぉ?」


「多分、背負ってるだけなら大丈夫なんだと思う。仮面なら顔に付けなきゃいけないみたいに、盾もちゃんと構えなきゃ効果が無いんだと思う」


「んー……まさか、盾にそんな秘密があったなんて知りませんでしたぁ」


 まあ、それを知ってたらもっと早くに対策してただろうしね。


「とりあえず、他の人が装備したらどうなるか見てみようか」


 誰が良いかな。ここはやはり、言い出しっぺの自分がやるべきだろうな。


「私が試しますわ」


 自分がやる。と言おうとしたところでフラムが手を挙げる。


「え? いいの?」


「はい、アルバ様のお役に立てるなら私で良いならいつでもやりますわ」


 うーん。他人に試させるってのは、あんまりいい気はしないがフラムが此処まで言っている以上無碍にも出来ない。


「……分かった。それじゃあお願いできる?」


「分かりましたわ。それでは、スターディさん。お借りしますわね?」


 俺の言葉にフラムは頷くと、スターディから大盾を借りてふらつきながらも両手で装備をする。


「……どう?」


「ほ……ほーっほっほっほ! さあ、私様に跪きなさい! そして私が満足するまで責め立てるのよ!」


「うわぁ……」


 まるでスターディの様なキャラになったフラムを見て何とも言えない感覚になる。

 フラムの見た目が金髪縦ロールのこてこてのお嬢様タイプなだけに女王様キャラが妙にハマっているから困る。

 装備した途端、性格が変わるっていうのは分かってたけどいざ目の当たりにすると、結構やばい魔法具なんじゃないかと思う。

 その後、ドM女王になったフラムから盾を引っぺがし、『被虐の女王』はスターディの実家に封印することになり、別の大盾を装備することとなった。


 おかげで、ドM女王という属性過多は無くなりMだけが残るという平和な結果になったとさ。

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